↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゾンビサイド ― 俺は、まだ人間か ―  作者: MOON RAKER 503
ゾンビサイド第3部「蠢動《しゅんどう》」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/101

第41話「沈黙の契約」

渋谷。


かつて若者の街と呼ばれた場所。


今は、死者の街でしかない。


109ビルは、外壁が剥がれ落ちている。


中のブティックは、荒らされている。


マネキンが倒れ、服が散乱している。


もう誰も、ファッションを楽しむことはない。


スクランブル交差点は、放置された車で埋まっている。


タクシー。


バス。


トラック。


全てが、錆び始めている。


センター街は、崩れた店舗で塞がれている。


カラオケ店。


ゲームセンター。


居酒屋。


全ての看板が、色褪せている。


道路には、ゴミが散乱している。


ペットボトル。


ビニール袋。


そして――骨。


人間の、骨。


もう、肉はない。


全て、食い尽くされた。


全てが、静寂に包まれていた。


風が吹けば、ゴミが舞う。


それだけが、動くもの。


だが――


今日は、違った。


そこに、二つの群れが集まっていた。


東から来た群れ。


藤原京が率いる、数千のゾンビ。


彼らは整然と並び、静かに立っている。


まるで、軍隊のように。


規律正しく。


統制されて。


一糸乱れぬ隊列。


その中心に、京が立つ。


金色の瞳が、前を見ている。


西から来た群れ。


神谷刃が率いる、数千のゾンビ。


彼らは不規則に蠢き、低く唸っている。


まるで、獣の群れのように。


本能のままに。


野性的に。


だが、それでも刃に従っている。


その中心に、刃が立つ。


紅色の瞳が、敵を睨んでいる。


二つの群れが、向かい合っていた。


交差点を挟んで。


百メートルの距離を置いて。


その中心に――


二人の王が、立っていた。



藤原京。


金色の瞳を持つ、理性の王。


彼は、動かない。


ただ、相手を見ている。


冷静に。


観察するように。


分析している。


この相手の力を。


危険度を。


そして――可能性を。


京の周囲には、力場が展開されている。


虚界展開。


半径五十メートル。


その中では、京の意思が絶対だ。


神谷刃。


紅色の瞳を持つ、破壊の鬼。


彼も、動かない。


だが、その体は緊張している。


いつでも、動ける姿勢。


筋肉が、張り詰めている。


呼吸が、浅く速い。


本能が、警告している。


危険だ、と。


この相手は、自分と同格だ、と。


刃の周囲には、見えない刃がある。


空間を切り裂く、斬撃。


いつでも、放てる。


二人の距離は、十メートル。


その間には、何もない。


ただ、空気だけがある。


だが――その空気が、重い。


二人から発せられる圧力で。


見えないエネルギーで。


空間そのものが、歪んでいる。


まるで、ガラスが歪むように。


光が、屈折している。


音が、遅れて届く。


重力さえも、狂っている。


これは――


二つの力場の、衝突。


虚界と、斬界の。


支配と、破壊の。



先に口を開いたのは、京だった。


「……お前が、Z-02か」


低く、静かな声。


だが、その声には力があった。


刃は、何も答えない。


ただ、京を睨んでいる。


紅い瞳が、金色を映す。


「人間は、お前を紅の鬼神と呼んでいる」


京が続ける。


「だが、お前は……何だ」


刃の口が、開く。


「……知らん」


掠れた声。


「お前は?」


「藤原京」


京が答える。


「かつて、人間だった」


「……俺も、だ」


刃が呟く。


「神谷刃」


沈黙。


二人は、互いを見つめる。


理解しようとする。


相手が、何者なのかを。



京の周囲に、力場が展開される。


虚界展開。


空間が、歪む。


刃は、それを感じ取る。


本能で。


(……これは)


危険だ。


この領域に入れば、自分は自由に動けない。


刃の体が、熱を持ち始める。


紅い瞳が、強く光る。


対抗するために。


自分も、力を解放する。


刃の周囲の空気が、震える。


見えない刃が、空間を切り裂く。


京は、それを感じ取る。


(……斬撃か)


空間を切る力。


危険だ。


この距離なら、一瞬で届く。



二人の力が、拮抗する。


支配と破壊。


秩序と混沌。


理性と本能。


どちらも、譲らない。


どちらも、引かない。


空気が、ピンと張り詰める。


まるで、糸のように。


いつ、切れてもおかしくない。


群れが、ざわめく。


双方の群れが、主の緊張を感じ取っている。


いつでも、戦える態勢。


だが――



京が、一歩前に出た。


刃の領域に、踏み込む。


群れが、一斉に唸り声を上げる。


ウォオオオオ……


刃の群れが、警告している。


近づくな、と。


主を脅かすな、と。


彼らは、動こうとする。


京を、襲おうとする。


だが――


刃が、手を上げる。


制止の、合図。


群れが、止まる。


従順に。


即座に。


刃は、京を見ている。


(……何のつもりだ)


近づいてくる。


敵意はない。


だが、油断もできない。


この距離なら、一瞬で攻撃できる。


だが――


京は止まらない。


もう一歩。


また一歩。


距離が、五メートルになる。


刃の手が、動く。


わずかに。


いつでも、斬れる。


空間ごと、両断できる。


だが――


刃は、動かない。


ただ、京を見ている。


何をするつもりだ、と。


なぜ、近づく、と。


京の顔が、はっきり見える。


若い顔。


二十代前半。


だが、その目は――


老人のように、深い。


多くを見てきた、目。


多くを経験した、目。



京が、立ち止まる。


距離、三メートル。


互いの顔が、はっきり見える距離。


京の瞳が、刃を捉える。


金色の光が、揺れる。


「……戦うつもりか?」


京が聞く。


刃は、答えない。


ただ、睨んでいる。


京は続ける。


「戦えば、どちらかが死ぬ」


「……だから、何だ」


刃が呟く。


「それが、この世界だ」


「違う」


京がきっぱりと言う。


「もう、違う」



京が、腕を広げる。


周囲を示すように。


廃墟を。


死んだ街を。


そして、二つの群れを。


「人間は、もう終わった」


京の声は、静かだ。


だが、確信に満ちている。


「……知ってる」


刃が答える。


「俺が、終わらせた」


「お前だけじゃない」


京が首を横に振る。


「俺も。そして、他の覚醒体も。みんなで、終わらせた」


「他?」


刃が眉をひそめる。


「他にも、いるのか」


「ああ」


京が頷く。


「世界中に。数十、いや、数百。覚醒している個体がいる」


刃は、驚く。


自分と京だけではない。


もっと、いる。


同じような、存在が。


「……それで」


刃が促す。


「だから、何だ」


「だから――」


京が、刃を真っ直ぐ見る。


「今は、我々の時代だ」


「我々?」


「そうだ」


京が言い切る。


「人間ではない。ゾンビでもない。新しい種族。我々、覚醒体の時代だ」



刃は、黙っている。


京の言葉を、噛み締めている。


我々の時代。


それは、何を意味する?


京が続ける。


「お前と俺が戦えば、多くの仲間が死ぬ」


「……仲間?」


刃が眉をひそめる。


「ゾンビが、仲間?」


「そうだ」


京が頷く。


「お前の群れも、俺の群れも。みんな、同じ種族だ」


「……」


刃は、何も言えない。


種族。


その言葉が、胸に刺さる。


そうか。


もう、人間ではない。


だが、ゾンビでもない。


新しい、何かだ。



京が、手を差し出す。


右手を。


刃に向かって。


「……何だ、それは」


刃が聞く。


「契約だ」


京が答える。


「お前と俺。戦わない。互いの領域を尊重する」


「……領域?」


「そうだ」


京が頷く。


「お前は西。俺は東。それでいい」


刃は、京の手を見る。


差し出された、手。


人間のような、仕草。


だが、意味は理解できる。


これは――


同盟の申し出だ。



刃は、迷う。


受け入れるべきか。


それとも、拒絶するべきか。


本能は、叫んでいる。


戦え、と。


この敵を、倒せ、と。


強者は、一人でいい。


二人は、いらない。


だが――


理性が、囁く。


待て、と。


考えろ、と。


この相手は、敵か?


本当に、敵なのか?


刃は、自分の中で戦っている。


本能と理性が。


破壊と創造が。


過去と未来が。


刃は、京を見た。


金色の瞳。


そこには、敵意がない。


殺意もない。


ただ――


理解がある。


同じ存在としての、理解。


仲間としての、認識。


(……仲間)


その言葉が、刃の胸に響く。


そうか。


もう、一人ではないのか。


孤独ではないのか。


同じ存在が、いる。


理解し合える、存在が。


刃の手が、動く。


ゆっくりと。


まるで、何か重いものを持ち上げるように。


躊躇いながら。


だが、確実に。



刃が、手を伸ばす。


ゆっくりと。


京の手に向かって。


群れが、静まる。


双方の群れが、息を呑む。


刃の手が、京の手に触れる。


握手。


人間のような、握手。


だが、その意味は――


契約。


無言の、契約。


二人の王が、同盟を結んだ。


理性と暴力が、手を取り合った。



その瞬間。


空間の緊張が、解ける。


張り詰めていた空気が、緩む。


群れが、安堵する。


戦わなくて、済む。


死ななくて、済む。


京が、手を離す。


刃も、手を引く。


二人は、向かい合っている。


だが、もう敵ではない。


同盟者だ。


「……これから、どうする」


刃が聞く。


「北だ」


京が答える。


「まだ、人間がいる。北海道に」


「……行くのか」


「ああ」


京が頷く。


「お前は?」


「……わからん」


刃が呟く。


「ただ……動きたい」


「なら、来い」


京が言う。


「一緒に、行こう」



刃は、考える。


一緒に、行く?


なぜ?


理由は?


だが――


悪くない。


一人よりも、二人。


二人の方が、強い。


刃が、頷く。


「……わかった」


京が、微笑む。


わずかに。


だが、確かに。


「では、行こう」


京が、踵を返す。


北へ。


刃も、それに従う。


二人が、並んで歩き始める。


京が右。


刃が左。


同じ歩幅で。


同じ速度で。


まるで、長年の戦友のように。


群れが、それに従う。


東からの群れ。


西からの群れ。


それらが、混ざり始める。


最初は、警戒していた。


互いの群れを。


だが、やがて理解する。


同じだ、と。


仲間だ、と。


敵ではない、と。


群れが、一つになる。


境界線が、消える。


もう、東も西もない。


ただ、一つの群れ。


一つの種族。


数千、数万のゾンビが、北へ進む。


その先頭に、二人の王。


金色と紅色。


理性と本能。


支配と破壊。


相反する二つが、並び立つ。


だが、それは矛盾ではない。


補完だ。


京には、刃の力が必要だ。


刃には、京の知恵が必要だ。


二人で、完全になる。



渋谷の廃墟を、黒い波が進んでいく。


その先頭に、二人の王。


金色の瞳と、紅色の瞳。


理性と暴力。


支配と破壊。


相反する二つが、並び立つ。


それは、新しい時代の象徴。


人間の時代は、終わった。


これからは――


覚醒体の時代。


そして、その時代の頂点に立つ、二人の王。


彼らが、世界を変える。


人類を、終わらせる。


そして――


新しい何かを、始める。



遠く、北の空。


そこには、まだ人間がいる。


抵抗している。


生き延びようとしている。


だが――


もう、時間の問題だ。


二人の王が、向かっている。


数万の群れを率いて。


人類最後の砦も、やがて陥落する。


それは、避けられない運命。


だが――


京と刃は、知らない。


その先に、何が待っているのかを。


新しい時代が、どうなるのかを。


ただ、進むだけ。


本能に従って。


運命に導かれて。



沈黙の契約。


それは、言葉ではなく。


誓いでもなく。


ただ、理解だけで結ばれた。


互いを認め合う、理解。


これが、新しい種族の流儀。


人間のような、複雑な契約はいらない。


ただ、意思だけで。


心だけで。


十分だ。


二人の王は、歩き続ける。


並んで。


同じ速度で。


同じ方向へ。


その姿は――


まるで、友のように見えた。



(了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。