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祝福祭(社交の戦場にて)


 テネーブル大公。初めて聞く名前だ。

 大公ということは、公爵家よりも高い地位にいるわけだが……精霊が神様と同格扱いされるこの国で、王族と加護の家門の間に君臨するとはこれいかに?


「申し訳ないが、話なら手短にお願いします。僕のパートナーが目を離した隙に、怪我をしてしまったようなので」

「今までどんな場所にも姿を見せなかった貴殿が、何故……私の婚約者と祝福祭に参加している」

「殿下の婚約者……? あぁ、そうでしたか。なにぶん社交の場は随分と久しぶりで、世情に疎くなっていたようです」


 周囲の女性陣は「ヤダ、これって……」「きっとそうよ!」「「三角関係!?」」と、色めき立っている。

 私に言えるのは、そんなわけないでしょ。この一言に尽きる。


「しかし、変ですね? この国ではいつから婚約者をエスコートしないことになったのです?」

「それは……っ!」

「わかっておりますよ、殿下。今日はめでたい祝福祭。殿下は国民のための式典とパレードで、午前中は目も回るような忙しさだったのでしょう? 貴族を集めた夜会までの空き時間では、婚約者を迎えに行けないほどに」


 私と王太子のやり取りを最初から見ていたのかと思うほど、テネーブル大公が私の代わりに王太子を追い詰めている。

 正直、胸がスッとすく思いだ。


「それから、私が祝福祭に参加した理由は1つです」


 王太子に半分背を向けながら、テネーブル大公が私の方を見た。


「興味が湧いたんですよ」


 何故だろう。その言葉は私に向けられている気がした。


「さて、お待たせ致しました。参りましょうか」

「……はい」


 気遣ってくれたテネーブル大公には悪いけど、私の性格は決して褒められたものじゃない。

 わざとらしくならないよう、まだ赤みと手形の消えない腕をさり気なくアピールする。視線の大半は王太子を言い負かした、謎めいた大公に向けられているが、その大公が庇った悪女の腕も無視できないだろう。


「まぁ……見て、あの腕……」

「いくらブラウエル公爵令嬢が相手でも、アレはちょっとやりすぎじゃないか……?」

「今日はまだ何もしてないしな」

「仮にも婚約者が相手ですよ?」


 さざ波のように広がる悪女への同情の声に、居た堪れなくなったのか、王太子が逃げるように立ち去る姿が見えた。

 いい気味だと思いながら、小さくフンッと鼻を鳴らしてやった。


「ッククク……すみません。僕の気遣いは余計でしたね」


 見られた上に、笑われた。

 恥ずかしさで顔を俯ければ、周りが勝手に誤解して同情票が増えていくのも、今はやめてほしかった。

 私がそういう空気を作ろうとしたんだけども。


 大公の付き添いで会場を出ようとしたところ、一際強い視線を感じた。

 足が止まり、気になって周囲を見回せば……ある一ヶ所で全身が金縛りにあったかのように動かなくなる。


 まるで、漫画やドラマのワンシーン。

 ヒロインと、ヒロインを取り囲む攻略キャラたちと、視線が交錯するのがわかる。

 その瞬間だけは、周囲の人々が背景となって、自分たちだけにスポットライトが当てられているような感覚に陥った。


「お知り合い……お兄様がいらっしゃいますね。声をかけておきますか?」

「いいえ、必要ないです」


 ハッキリと口にすれば、動かなかった体が嘘のように動いた。

 結果として、「ちょっと顔を出して帰る」ことにはなった。


 テネーブル大公に連れて来られたのは、休憩室。

 本来は客室に使われているのか、王宮の客室は豪華で凄いだろう! ……を、全面に押し出した雰囲気がある。

 壁に飾られた絵画は派手派手しい金の額縁に収められていたり、棚に置いてある調度品も、花瓶もやたらと金色で、言いたくはないが趣味が悪い。

 部屋の真ん中に置いてあるソファーも、肘掛け部分が金装飾だった。


 ソファーに座るように促され、私がソファーに座ると、テネーブル大公が床に膝をついて手を差し出してくる。

 その姿が状況によっては勘違いしそうな光景だと思ってしまい、何となく顔を反らした。


「腕を見せてもらえますか?」


 誰もプロポーズだなんて思ってない。決して、断じて。

 テネーブル大公に言われた通り、持ち上げた左腕は多少赤みは引いたものの、それでもまだくっきりと手形が残っていた。


「痣にならないといいのですが……」

「この程度であればすぐに治りますから、心配いりませんよ」


 流石に腕を掴まれて痣になった経験はないが、いつの間にか痣ができてる……という経験はしょっちゅうあった。

 これもそれと同じだと思えばなんてことはない。


「それより、助かりました。あの場で来てくれたから、この程度で済んだんです。……ありがとうございます」


 ポロッ、と涙が落ちた。


「あれ……?」


 動かせば微妙に痛い程度で、握られてる時ほど痛くもないのに。

 意地でもあの場では泣かないと決めていたからか、ホッとしたら涙が出てきた。


 慌ててハンカチを取り出そうとすれば、膝の上に濃紺のハンカチが乗せられた。

 ハンカチを差し出してくれたテネーブル大公は、「何も見てません」と言うように、背中を向けてくれている。


「ありがとう、ございます……」

「さぁ、なんのことでしょう?」


 ありがたくハンカチを借りて、涙を押さえると鼻先で仄かにサボンの香りがした。


 私が落ち着いた頃を見計らい、テネーブル大公が怪我の手当てもしてくれた。

 その間に会話がなく、ソワソワした気になったのは、笑われたり、涙を見られた気恥ずかしさのせい。


「あくまで応急処置なので、帰ったら主治医に診てもらってください」

「大袈裟ですよ。ハンカチは洗ってお返し致します」

「ハンカチ? 僕は今日、ハンカチを忘れて来てしまったようです。紳士として恥ずかしいので、今の話は聞かなかったことにしてください」


 紳士的満点回答、とでも言えばいいのか……私の中でテネーブル大公の株は急上昇中だ。

 せっかくテネーブル大公がそう言ってくれているので、後日新しいハンカチを贈らせてもらおう。シーラに頼めば、届けてもらえるだろうし。


「馬車までお送りします」

「お願いします」


 来たときと同じように、流れるようなエスコートを受け、趣味の悪い休憩室を出た。

 

 気遣う歩調はゆっくりで、最初から最後まで助けられっぱなしだなと思いながら歩く。王宮の外に出ると、ひと騒動あった会場で流れているであろう、スローテンポな音楽が遠くに聞こえる。

 今頃、グレイスは攻略キャラたちと踊っているんだろう。

 画面越しに見ていた場面を、実際に見てみたかった気はする。


「今度はダンスのパートナーまでお願いしますね」

「……えっ!?」


 今度はない……と思いたいけど、メインの祝福祭が始まった以上、これから家門ごとの祝福祭も始まる。

 今日を見てわかる通り、エスコートは期待できない。

 公爵家を出るまでに今度があるかもしれないと思うと、嫌だと思う反面、テネーブル大公が相手ならいいかと思う単純さに、自分でも可笑しくなって笑ってしまう。


「それはお断りの笑いですか?」

「ふふっ、いいえ。テネーブル大公のお誘いなら喜んで、と思ってしまった自分の単純さが可笑しかっただけです」

「では、今度はこちらからお誘いしましょう」

「楽しみにお待ちしております」


 了承してから(……ダンス、踊れません)即座に後悔した。


 馬車の前で待機していたシュヴァルトは、私の腕の包帯を見るなり飛んで来た。

「何があったのですか!?」から始まり、最終的には「大丈夫ですか」まで、終始心配してくれたシュヴァルトは、テネーブル大公に「あとはキミに任せた」と言われ、これ以上ないほど背筋を正した。


「帰るだけだから、そんなに張り切らなくても……」

「「いいえ」」

 

 思わず声にしてしまった私の感想は、キレイに否定された。


 

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