祝福祭(男女の戦場にて)
途中に修正箇所を発見し、修正させていただきました。
修正前にご覧になられた方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。
(8/22 12:35)
以前王都に向かった時は、テーマパークに行く前の子供状態だったわけだが、今回は違う。
ドレスアップされた姿に心は弾んでも、行き先を考えると相殺される。
既に窓の外は薄暗く、空を見れば、薄い紫から濃い紫、段々と黒に近くなる空の様子が見て取れる。
たまに、並走するシュヴァルトが乗る黒馬の鼻先も見える。
こんなことを思うのは駄目だろうけど、馬車の車輪が外れるとか、何かトラブルが起きてほしいと思うのは、想像以上に会場へ着いたのが早かったから。
同じく王宮に向かう馬車の行列を横目に、私の乗ったフリーパスの馬車は、スムーズに王宮前の馬車停めに停車した。
中から「開けて」の合図を出せば、シュヴァルトが扉を開けてくれる。
馬車に乗った時と同じように、手を借りて降りればいい……のだが、騎士服に身を包んだ恰幅のいい男性の代わりに、知らない人が手を差し出しながら立っていた。
「お手をどうぞ」
見るからに上等な黒の正装に身を包んだ、黒髪の(恐らく)イケメン。間違いなく、声はイケボです。
顔はわからない。流行ってるの? と聞きたくなる、情報屋クロウと同じペストマスク風のハーフマスクをつけているせいで。
強いていうなら、色が違う。クロウは黒いマスクで、目の前の人は白いマスク。
ついでに、声も違うから別人だと思う。
この人がシーラの言ってた人だ、と思い至るまで、そんなことを考えていた。
「本日はエスコートを引き受けていただき、ありがとうございます」
「こちらこそ、連絡をいただけて助かりました」
手を借りてステップを降りれば、流れるように誘導されて、自然と腕を組んだエスコートの形になる。
「シーラはよくやってますか?」
「えぇ、十分すぎるほどに。今日のことも含めて、私には勿体ないくらいの侍女です」
「それはよかった。以前から女性に仕えたいと言っていたので、話を聞くなり、自ら志願したんですよ」
紳士的イケメンと和やかな会話をしながら、内心は(誰?! 自己紹介のタイミングは!?)荒れている。
高貴な方とは聞いている。契約の都合上、詳しいことは話せないというのを理解した上で、シーラとシュヴァルトを採用した。私自身、口が固い人材を希望してたので、そこに不満はない。
なので、今の私には営業スマイルを浮かべ、そのうちタイミングがあるだろうと、無難な会話を続けることしかできない。
会場に着くまでの道すがら。王宮の内装はさすがといった風情で、海外旅行パンフレットの写真を見ているようだった。凝った装飾の柱があったり、高いんだろう絵画や彫刻、調度品が並ぶ廊下。
私たちと同じで、着飾った男女の姿を見ながら歩いていると、自己紹介のタイミングもなく、会場となる大ホールに着いてしまう。
会場の巨大な扉は出入りを自由にするためか、開け放たれているおかげで中の様子がよく見える。
キラキラした会場内は、赤や青、黄、緑……色の洪水かと思うほど、鮮やかなドレス姿の女性が目につく。傍らには、控えめな色でまとめた男性の姿も。
「会場内もご一緒しても構いませんか?」
「そうしていただけると助かります」
スルッ、と本心が出た。正直、気後れしてしまったのだ。
企業の社長やらが集まるパーティーに参加したことならある。
有名ホテルの一室を会場に、食事有り、イベント、その他有りの。内輪ではなく、仕事の一環で招待されるもので、男女共にドレスコードもあって……私の想像するパーティーイメージはそれだ。
但し、目の前の会場で行われているパーティーは全く違う。無性にそう感じた。
1歩、また1歩と会場に近付き、会場に足を踏み入れた途端……何百、何千の視線が肌に突き刺さる。
何もしてないのに、だ。
例えるなら、人通りがピークのスクランブル交差点で、見知らぬ人たちが一斉に自分を見る。そんな居心地の悪さ。
これのまた怖いところは、私を見る人たちの顔が表面上の笑顔を浮かべていること。
俯きそうになる私に、エスコート役の男性が少し身を寄せ、耳元で「どうやら、男は僕に嫉妬してるようですね」と言うから、自然と私の目は男性の顔を見るために上を向く。
「それなら、女性は私に嫉妬してるんですね?」
「美男美女は視線を集めて困りますね」
私は客観的な視点でリースベットも、この男性も美男美女と言えるけど、自画自賛しても嫌味っぽくないのは、やはりイケメンのなせる業だろうか。
人目を避けるように、会場の隅にあるソファーとテーブルが置いてあるだけの、簡易的な休憩スペースに私を座らせると「飲み物を取ってきます」と、イケメンは離れて行った。
いつまでもイケメンで通すわけにもいかないので、戻って来たら名前を聞こう。
そう意気込んでいたところに、周囲の人の声が耳に入って来る。
「殿下は朝からお忙しかったのでしょう?」
「それなら仕方ないわよ」
「だからって、ねぇ……お兄様がいらっしゃるのに、わざわざ他の殿方となんて……」
まさかの私──リースベットについての話だった。
チラッと横目で見れば、気合十分な女性が3人。リースベットには及ばないにしても、勝ち気な美人といった女性たち。それぞれのドレスが赤、青、緑なので、勝ち気三原色というイメージがついてしまった。
「仮に忙しくなかったとしても、殿下がエスコートをするとは思えませんわ」
「そんなこと言っては可哀想よ。いくら、加護の家に生まれた"たまたま"年齢の釣り合う女性だっただけとはいえ……」
「水の家門も大変ねぇ」
私が勝ち気三原色に気付いているように、向こうも私に気付いてる。
その上で、彼女たちは喧嘩を売っているわけだ。
残念ながら、買いませんよ?
理由は、単純。あまりにバカらしいから。
彼女たちが言いたいのは、家族にも婚約者にも相手にされない、可哀想な加護なし。
実は、リースベットには婚約者が居る。それが攻略キャラでも一番人気の王太子。
エスコートの話が出たとき、頭に浮かんだ人でもある。
まぁ、しかし……この婚約者との関係は言うまでもなく最悪だ。
お決まりの展開で、リースベットが王太子に一方的な執着を見せるわけだが、ゲームの中盤で婚約破棄される。とはいえ、婚約破棄は「真実の愛〜」ではなく、リースベットがやらかす悪行三昧のせい。
転生してから、さっさと婚約破棄しておきたい気持ちはあったが、"たまたま"とはいえ王族の婚約者は加護の家門から……と決まっている設定を無視して、「婚約破棄したいです」など無理な話。
そもそもヒロインとの進捗度もわかってなかったし、どうすることもできないから深く考えてなかった。
因みに転生してきてから手紙もなければ、来訪もない。
ついでに、ドレスが贈られることもない。
王太子にとっては形だけの婚約者なのだ、リースベットは。
そんなヤツに相手にされないからといって、私がムキになる理由などない。
「えっ、ちょっと!」
「ヤダ! こっちにいらっしゃるわ!」
「い、行きましょ!」
ドタバタというわけではないが、勝ち気三原色は退散して行った。
喧嘩は買わないが、できればリースベットの話はもっとしてほしかった。
「ここに居たのか」
何度も聞いた、聞き覚えのある声に思わず振り向いてしまう。
色素の薄い金髪。エメラルド色の瞳。いわゆる金髪碧眼の王子様がそこに居た。
「わざわざお忙しいところ、こちらまで足を運んでいただき光栄です」
残念ながら、王国式の貴族らしい挨拶の仕方なんてものは知らない。
どうせ悪女だし。……を言い訳に、その場で立ち上がって見様見真似のなんちゃってカーテシーを一瞬だけ披露する。
「あ、あぁ……それで、そなたのエスコート役はどこに?」
「彼でしたら、飲み物を取りに行っております」
「そうか。私の代わりにそなたのエスコートを務めてくれたこと、礼を言いたい」
ん……? と、思わず心の中で復唱する。
「王太子の代わりにエスコートを務めてくれたお礼」
捉えようによっては、王太子が頼んだように聞こえる。
「恐れながら殿下、礼は不要かと。殿下が彼に頼んだのであればいざ知らず、私が頼んでエスコートを引き受けてくださった方です。礼なら、私からさせていただきます」
「婚約者のエスコートを務めてくれた者に、私が礼を言う必要はない……と?」
これにはカチンときた。
いくら形だけの婚約者で、リースベットのことが嫌いだとしても、婚約者らしいことをしてないヤツが、こういう人の多い場所で婚約者面をするのはどうかと思う。
客観的に見ると、悪女に対しても親切な王太子に見える。
そして、ここに集まった第三者の殆どはそれを鵜呑みにするだろう。
「形だけの婚約者……でしょう?」
「仮にそうだとして、それでも婚約者に代わりはない」
「婚約者らしいことをしてから言っていただけますか?」
「ならば、婚約者らしく共に陛下の下へ挨拶をしに行こうか」
腹が立つ。自分に不利な話だからと、こっちの言葉を逆手に取って話をすり替えられた。
逃げ道はない。断れない。
表情を取り繕うこともなく、不満を全面に押し出しながら、差し出された手に自分の手を乗せた。
「いっ……!」
痛みに思わず声が出た。
王太子が手ではなく私の腕を力いっぱい掴んだせいで。
咄嗟に腕を引こうとしても、ビクともしない。
「指輪はどうした」
「指輪……?」
そう言われ、思い出した。
情報屋に査定してほしいと預けた指輪のことを。
その日の内にティナからも「指輪は?」と聞かれたが、適当に「なくした」と誤魔化した。思い返してみれば、あの時のティナは驚いた様子だった。高価なモノを「なくした」で済ませたことに驚いたのかと思っていたが、王太子の様子から察するに婚約指輪だった可能性がある。
「なくしました。ですが、構いません」
「なんだと?」
「必要ありませんから」
婚約者らしいこともしてないのに、指輪は大事にしろ。なんて、自分勝手もいいところだ。
コルネリウスの時も思ったけど、リースベットが悪いにしても、相手が悪いなら、何をしても許されるわけじゃない。
腕を掴む力が更に強くなっていくのを感じる。
ここで可愛く泣けば、庇護欲をそそるヒロインになれるんだろうけど、私は悪女だ。
意地でもこの場では泣かない。
「僕のパートナーに随分ですね、殿下」
「お前は……」
「リースベット嬢から手を離してください」
イケメンの登場ですんなり手を離してくれたのはいいが、白い腕は痛々しいほど赤くなって、くっきり手形が残っている。
「遅くなって申し訳ありません。貴女の好みを聞き忘れてしまって、アルコールの入っていないものを探していたら遅くなりました」
「わざわざありがとうございます」
「僕の言い訳より、手当てが先でしたね」
痛々しい腕を隠すためにジャケットを脱いで、肩にかけてくれる。
どっかの誰かさんたちとは大違いだ。
掴まれた腕とは反対の右手を取り、軽く腰に手を添え、会場の外へ促してくれる私たちの背に「おい!」と呼び止める声がする。
「待て! テネーブル大公!」
彼が足を止めるので、私の足も止まる。
周囲は一気にザワつき、会場に入った時のように視線が集中する。
「大公閣下……?」
「そう言えば、名乗っていませんでしたね。オリフィエル・テネーブルと申します」
「あ……リースベット・ブラウエルです」
こんな形で自己紹介するとは思ってなかった。




