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トラ トラ トラ!  作者: 悠鬼由宇
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新しい職場に全く溶け込めずやる気の失せているアラフォー美人教師がちょっと心ときめく話

やっぱサッカーはいい。メチャ疲れるけど、いい。

幼い頃に父親を亡くし、母親は仕事で忙しく兄弟もおらず、寅にとってサッカーボールが唯一のトモダチだった。

そのトモダチから派生し、唯一無二の友達が数多く出来た。

その多くが今のサッカー部の仲間だ。断じて駅前のケンカ仲間達では無い。

父親譲りで小さい頃から体がデカく、それでいて敏捷性に富んでいる。あと他人には説明出来ないのだが、寅にはボールや仲間や敵の動きが止まって見える瞬間がある。

それは今の所、サッカーの試合よりもケンカで大いに役に立っているのが残念なのだが。


中三。中学最後の年。あいつらとサッカーやれる、最後の年。

人数は、まあ何とかなった。そして何より。ちゃんとした指導者を拾ってくることが出来た。そうあのオヤジはまさにトラが拾ってきたようなものだ。

もしあの時助けてやらなかったら、未だに河原の葦の下に埋もれてんじゃねえかな。だから、無償で俺らのコーチやる位、人として当然だろう。

そう寅はタカを括っていた。

どうやら指導者としての経験はなさそうだ。だが心からサッカーを愛していることは感じ取れるし、大企業の重役(では無いのだが。彼は役員と部長の区別が未だつかない)やってた程の人格者みたいなので(それもどうかと…)、このまま面倒見てもらおう。

全てが寅の思ういい方向に向かっている。

ベットに寝転びながら、寅は独りニヤケ顔が治らない。


但し。オフクロの様子がこないだからちょっと変だ。何か、ウキウキしてる。何故にあんなしょぼくれたオヤジにウキウキすんのか、寅にはさっぱりわからんかった。


     *     *     *     *     *     *


「うそ…でしょ… マジで… あの、深川のクイーンが… きゃあーーーーーーー」

三度目の練習日の夜。『スナック あゆみ』が亜弓の絶叫で震えた。

こうして改めて眺めてみると、クイーンと亜弓はやはり似ている。体型はモデル体型の亜弓と小柄でほっそりとしたクイーンは全く違うが、学歴を超越した知性、この平成末期に奇跡的に存在する人情味、そして男を寄せ付けない女王然としたオーラ。

まあ、クイーンにしろ亜弓にしろ、俺には高嶺の花子さんだ。好きなアイスの味もわからないし。健太は諦めに似た苦笑いを冷たいビールで流し込む。

「で、いついついつ? いつ門仲連れてってくれるの?」

デートの誘いとは程遠い言葉尻に軽く溜息をつきながら、

「トラのサッカーが落ち着いたらな。俺もサッカー部のコーチなんて初めての経験だし。暫くはそっちに集中したいし」

隣の席に置いたリュックに入っているサッカーシューズ。不思議な程に健太の足にフィットしていた。今日の練習でも幾つか子供らに手本を見せてやれる程に。

特にシュートに関しては、

「コーチ。手の骨折れちゃうだろ! もっと手加減してくれよ!」

と小谷が泣きべそをかく程の威力を見せつけてやったものだった。


「でもトラちゃん、顔付き変わったよねママ」

とホステスのミキが呟いた。

「小学生のサッカーに燃えてた頃のトラちゃんみたいだよ、最近さあ」

「そうなのか?」

ミキはタバコに火をつけながら、

「そう。あの頃はさ、俺はプロになって母さんに楽させてやるー、なんて殊勝なこと言っちゃっててさ。ホント良い子だったんだよ。あ、今も良い子だけどね」

「でも、ケンカだの少年院はマズいだろう」

「それも、ねえ… 別にトラちゃんが仕掛けた訳じゃなかったし…」

そう言えば健太は、トラのケンカ沙汰について詳しく知らなかった。

「いつの頃からかなあ、あの子身体大きいじゃん、それに目付き悪いじゃん、街歩いてるとさ、よく絡まれちゃうんだよ。そんで両親譲りの戦闘力じゃん、相手が何人でもケンカで負けたこと無いんじゃない?」

健太はゴクリと唾を飲み込んだ。

「あれって小四の時だっけママ? 試合の後にさ、相手チームのワルに絡まれて、逆にボコボコにしちゃったのさ。それが問題になってチーム辞めさせられて。その辺りからかなあ、どのチームからも入団を断られてさ。仕方なく小学校のチームでずっとやってたんだけど、すっごく弱くって。その内トラちゃんイライラしてすぐケンカするよーになっちゃって。」

街クラブやJクラブどころの話ではなかったんだ。トラは理不尽にも大人達からサッカーを取り上げられてしまったのだ。

「中学入る頃には蒲田辺りでは一端のワルで有名になっちゃって。それでも中学のサッカー部では真面目に楽しくやってたのよ、ずっと。でもね、……」

ママが冷蔵庫から新しいビールを出し、健太のグラスに注ぎながら、

「あれは川崎の中学と試合した時。試合中から揉めに揉めて、試合後の帰り道に岡谷クンが相手の子達に捕まっちゃったのよ。そして、」

多摩川の河川敷で袋叩きにされ、着ている物を剥がされ川に投げ捨てられたという。それはあまりにも…

「素っ裸で泣きながらこの店入ってきた時は蒼ざめたわー。今時ここまでヤるバカがいるとはってね。そしたらトラが何も言わず店を飛び出していってー」

川を渡り、相手の子達の溜まり場に乱入し、全員を半殺しにしたらしい。

「お店のマスターが通報して、マッポが来てトラを止めようとしたんだけどさ。そこは父親譲りと言うか…」

警官と刑事を蹴り倒してしまったのだった。

その刑事は安曇と言って、亜弓の頃から少年課の有名な刑事だったという。

「アタシが謝りに行ったらさ、スッゲー懐かしい顔があって。そう、アタシがあん頃に散々メーワクかけたデカだったんだわ。そしたら向こうもさ、オマエひょっとして「テポドンあゆみ」かって。え? それアタシのあだ名だよ、若けー頃の」

「有名だったのよお、蒲田のレディース「デビルキャッツ」の「テポドンあゆみ」って。この長い脚が相手の後頭部をガツーンてヒットすると、みんな物も言わず倒れちゃうって」

「でもよ、何だよその「テポドン」って。ダサ。今改めて言われると、マジダサ…」

あのトラにしてこの母有り。成る程、と健太は深く頷いた。「テポドン あゆみ」。確かにダサ過ぎる。そこも深く頷く。

「でさ、そん時にその安曇ってデカに言われたんだよね。お前の息子はホントのワルじゃない。根は真っ直ぐで良いヤツだ。でもな、ちゃんと周りの大人が支えてやらねえとこんな事になっちまうんだぞって。あれは効いたわー。その通りだもんなあ…」

「いやいや。ママは良くやってると思うよ。ちゃんとご飯作ってるし、学校行事もよく見に行ってるし。でも、確かにこの年の男の子ってさ。父親、大事だよね…」

何故かミキがチラッと健太を見る。


健太はちょっと言いずらそうに、

「ママは、付き合ってる彼氏とか、いないの? 父親になってくれそうな人とかいないの?」

ミキがぶっと吹き出す。

「あのさあ永野さん。このママに釣り合う男、その辺に転がってると思う? 身長170センチ。スタイル抜群のモデル並みの容姿。ウソとしみったれが大嫌い。少なくともさ、この店に来るような男なんて箸にも棒にもかからないわよ」

その通りだと思う。この人に釣り合う男… 想像もつかない。

「ま、今は仕事忙しいし、トラの面倒も忙しいし。当分オトコは…いいわ…」

ちょっと寂しそうに呟くママに健太の胸の鼓動が早くなった。


     *     *     *     *     *     *


なんて退屈な春休みなのだろう。早く新学期が始まって欲しい。そう思いながら須坂あかねは塾からの帰り道をブラブラと歩いていた。

あかねは地元の中学校に進まず、受験して超有名大学の一貫校に通っている。合格した時の父の笑顔は今でもよく覚えている。父は有名メーカーの人事部長で次期役員候補の一人らしい。父の出身校でもあるこの学校は高校までは女子校なので、そこは男子が苦手、というよりは毛嫌いしているあかねには大いに救いなのである。

別にL G B Tな訳ではなく。男子が近寄るとゾゾ毛が立ってしまう。そのきっかけとなった出来事は去年の夏休み。

代々木にある塾の夏季講習を終え、J R蒲田駅を出て帰宅途中。コンビニの前に屯していた地元の不良達に絡まれたのだった。

ラグビーで鍛え抜かれた父と違い、あかねは母親似の小柄で華奢である。しかも元女子大のミスコン優勝の容姿の母親に似、今の学校でもクール美人キャラで通っている。

そんなあかねは、不良達にとってミシュラン五つ星ほどのご馳走に見えても仕方がなかった。そんな道を帰路に選んだあかねの間違えなのだ。

俺らが悪いんじゃねーぞ、お前が可愛すぎんからだぞ、と口々に言いながらあかねは不良達に拉致られようとしていた。両手を掴まれ、後ろから羽交い締めにされ。両胸を揉まれた時には気を失いそうになった。

通りすがりの誰も助けてくれないのがショックだった。一人の学生風が「やめろよ」と呟くも、不良達のひと睨みで慌てて走り去っていく後ろ姿に、人生の無常を感じた。


「オメーら。ダセーことやってんじゃねーよ」

黒色のワゴン車に押し込まれようとされていたその刹那。背後から野太い低い声が聞こえた。

「ああ? トラかテメエ。先輩が何しようとテメエに関係ねーだろ」

「何ならオマエも一緒に来るか? これは上玉だぞ。」

「オメー、ドーテーだろ? 捨てさせてやるから、一緒来いや」

トラ、と呼ばれた男がゆっくりと近寄ってきた。その場の誰よりも背が高くガッチリしている。建設作業員か何かだろう、どちらにしても不良感ハンパない…

絶望感にあかねが打ちのめされようとした、その時。

一閃の風が吹いた。

リーダー格の男が吹っ飛んだ。

そのトラと呼ばれる男が獣となった。

残りの二人の不良は声を上げる暇もなく、道路に崩れ去った。

呆然としているあかねの手を取り、トラは走り出した。あかねはされるがままに引き摺られて行った。


駅前の賑やかな通りに入り、トラは小走りをやめ手を振り解きながら、

「あれはオマエが半分以上悪い。こんな時間にあんな道通ったら、あーなるに決まってんだろが。バカかオマエ。ジョーシキがねーんだよ、ジョーシキが。」

他人に、ましてや大好きな父親からにさえ、これ程キツく窘められたのは幼い子供の頃以来だろうか。あかねは素直に、

「ありがとう、ゴメンなさい。」

と頭を下げ、改めてそのトラと呼ばれる男を見上げた。

ややロン毛で真っ赤な髪。ブカブカのTシャツ。ダブダブのカーゴパンツ。ごっついスニーカー。この蒸し暑い時期に蒸し暑い格好。誰がどう見ても立派な不良だ。

だが不思議とあかねに恐怖心は湧いてこなかった、そりゃそうだ、たった今女子として最悪の境地から救ってもらったのだから。

女子校に入り男子と喋る機会が塾しかないあかねは、普通ならこれ以上会話が続かなかっただろう。だが今はこんな状況のせいか、口が止まらなくなっていた。

「そうなの、いつもはあんなところ通らないのだけど。今日はこれから家で父の誕生パーティーがあるので、つい近道をと思って通ってしまったの。」

公立中学で共学のトラはフツーに女子と喋り慣れている。

「ったく。あそこは俺でも一人じゃあんま通らねえぞ。これからはよーく注意しろよっ」

「わかっている。二度と通らないよ。それにしても、えっと、トラくん?」

「あ?」

「トラくんって、メッチャ喧嘩強いんだね。あの人達二十歳ぐらいでしょ? あなた高校生?」

「いや。今中二だけど」

「え…… 私と一緒… じゃん…」

そこは普通にショックだった。どう見ても同じ中二には思えなかったから。

「それより… 大丈夫なの? 後で復讐されたりしない?」

「あー、あいつらは平気。チームにも入ってねーし、チャラ男だし。今度見かけたら更にブチのめすもある。」

「やめなって。喧嘩はダメだよ」

「でもオマエは喧嘩で助かった」

「それよ。人生って矛盾と無常だらけだと思わない? こんなに真面目にちゃんと生きている私があんな非道を働かれて。そしてそれを私が最もこの世で軽蔑する暴力で救われるなんて。一体この世の中はどうなっているのよ!」

「バーカ。結局、力があるヤツが権力を握るんだよ。サッカーも力があるヤツがプロになって札束貯められんだよ。力だよ、力。」

「でもそれは別に暴力とは限らないじゃない。あなたの言うサッカーの力って暴力? 違うでしょ。私が言っているのは、暴力が何故私を救ったのかってことなの。毛嫌いしているものに身を助けられた今の私の気持ち、あなたに想像できる? 冷たい烏龍茶かと思って一気飲みしたら実は蕎麦つゆだった位の衝撃なのよ、私には。」

トラという少年は何だか済まなそうな顔をしながら、

「オマエ、友達に「赤毛のアン」みたいって言われねえか?」


心外だ。あまりに心外である。あんな野蛮な男の子に、よりによって脳内お花畑少女呼ばわりされるとは。

怒りのあまり、あかねはお礼も言わず、さっさとタクシー乗り場に歩き出し、自宅までタクシーで帰宅した。

父親にこの顛末を三十分かけて話すと、

「あかね。いつかその少年に会ったら、ちゃんとお礼を言わなきゃダメだよ。そうでないと、その少年は救われないよ」

「? どういうこと?」

「その少年は危険を顧みず、あかねを助けてくれたんだよね。三人もの相手達に向かって行ってさ。だから、もしあかねがその行為に感謝しなければ、彼は自分の行為を正当化できなくなるんじゃないかな。もう二度と、他人の危機を救うことはなくなるんじゃないかな」

ハッとした。

父親の言う通りである。

あかねはトラの暴力行為にばかりに目が行ってしまい、人を助ける、というその素晴らしい行為自体に感謝と尊敬の念が至らなかったのだ。

アイスコーヒーを美味しそうに飲んでいる父親を見ながら、いつかトラにお礼をちゃんと言わねば。そう決心しー


時は流れー


春休みである。大好きな学友との新学期まで一週間もある。

新学期生活に夢を膨らませながら帰宅の途を辿っていると、地元の中学校の校庭の騒々しさにふとに目が吸い寄せられる。

見つけた!

間違いない。トラだ。赤いロン毛にガッチリした体格。今も野太い声を出してチームメートに指示を出している。

あかねはサッカーのことは良く知らない。父親が昔ラグビーをしていて、たまに一緒に国立競技場に大学ラグビーを観に行っていたが、かと言ってラグビーにも興味は無かった。それよりもプレー中に頭を強打し失神した選手に、父曰く

「魔法の水」

をかけると摩訶不思議なことに、皆スクッと起き上がるのが印象的だった。

「お父さん、あのお水はどんな成分なの? お寺か神社で清められているとか?」

「はは、フツーの水だよ」

優しく頭を撫でながら可笑しそうに父は呟く。でもそれは絶対ウソだ! だってあんなにすぐに立ち上がれる筈ないもん。

あかねはいつかあの「魔法の水」の正体を突き止めてやろう、そんな事を考えながら観戦していたのだった。

そんな出来事をつい思い出し、一人含み笑いをしていると、

「テメー、どこのガッコだよ?」

と言って、見るからに頭の悪そうな女子が三名近づいてくる。

「慶王女子だけど。それが何か?」

二人はポカンと口を開けて何それ、と呟くのだが、一人は目を怒らせあかねに食ってかかる。

「て、てめえ… で、何スパイしてんだコラ!」

彼女の言葉が全く理解できなかった。あれ、頭悪いのはひょっとして私?

「あなたが何を言っているのかさっぱり分からないわ。まるで中華料理店でフォアグラのテリーヌをオーダーされた店主の気持ちがするのだけれども。」

茶髪の女子が呆然としてしまう。

「それとも羽田空港で新幹線のグリーン車の予約をされるカウンターの人の気持ちと言えば分かりやすいかしら。それよりもあなた達、あの赤毛の人はひょっとして「トラ」と呼ばれる人ではなくて?」

三人は唖然としながら首を縦に振る。

やはりそうだ。彼がトラなんだ。

父との約束を果たさなければならない。彼にあの時のお礼を言わなければならない。でないと彼は……


トラの行く末を案じているうちに気がつくと両手を掴まれ、あかねはその学校のグランドに連れ込まれていた。

丁度練習が終わり、背の高いがっしりした中年のコーチが生徒達にあれこれ話している。それが済むと茶髪の女子が、

「トラくーん。ちょっと来てーーー」

と叫ぶ。

トラのみならず、部員全員が何事かとこちらに歩いて来る。

地元の公立校らしく、皆不良っぽい。頭髪が黒い生徒は三人だけ。何人かは顔に傷があり、知らずあかねは足が震えている。

「コイツがさあ、トラくんのこと聞いてきたんだけどさあ。知ってんのコイツ?」

他の選手達が一斉にどよめく。口々に可愛いーだの可愛いだの超可愛いだの呟いている。それを無視して両手の縛を振り解き、あかねはトラの前にスタスタと歩いて行く。

「こんにちは。私の事覚えているわよね?」

トラは眼を細め、首を横に振る。

「は? 去年の夏に不覚ながらにも貴方に助けられた者ですが。まさかもう忘れたと言うのかしら? だとしたら貴方の記憶力は昆虫並みね。いえそれは昆虫に失礼だったかしら。」

何人かの生徒が吹き出す。こん虫ー、こんちゅう、何それウケるー

トラがああ思い出した、と言う顔になり、

「おおお、あん時の赤毛のアンか。元気だったか?」

全員の目が点になる。何事かと近寄ってきた中年コーチも目が点だ。

「須坂あかね。それが私の名前だけど。あかねとアンでは「あ」しか被ってないわよ。ああ、それと名前の最後にeが付くのは一緒ね。」

ジャージを素敵に着こなしている先生らしき綺麗なメガネをかけた女性が近づいてきて、皆と同じ様にポカンとしながらあかねの話を聞いている。

「申し訳ないけれど、今後赤毛のアン呼ばわりはやめて頂けないかしら。そもそも赤毛なのは私でなく貴方ですから」

全員が一歩引く。そして又一歩下がる。口々に片付けしなけりゃ、とか着替えようぜ、とか呟きながら気がつくと誰もいなくなっている。


二人きりになり、トラの挙動がおかしくなってくる。

「な、何だよ。何しに来たんだっつーの。練習で忙しーんだけど」

「は? 練習はもう終わったのではなくて? 貴方どんな状況認識力なの?」

「ハイハイハイ。そんで? 何の用?」

トラが面倒臭そうに吐き捨てる。

「お礼を言いに来たのだけれど。」

「はあ?」

「あの時のお礼。私あの時動転していて、貴方にちゃんとお礼を言っていなかったの。だからちゃんとお礼が言いたくて。」

「お、おお。あー、まあ、気にすんな。いーってことよ。」

気がつくと周りに人だかりが出来ている。

「何何何? トラにお礼ってなんだよ!」

「まさかのトラくん、人助けって奴ですかあ?」

「へー、今時ちゃんとお礼言いに来るなんて、出来た嫁だな。」

「よーしトラ、嫁ちゃんも「あゆみ」に拉致っちゃおうぜ!」

「いーねーいーねー。このお嬢っぷりがこのガッコには珍し過ぎてたまらない…」

「「「ハー? ケンカ売ってんのかコータ。殺す」」」

「まあまあ、姐さん方も落ち着いて。ささ、腹も減ったし、行きましょみんなで」

と二年生ながらに状況に応じた的確なコーチングを発揮する木崎がその場を纏め、何となくその場の全員で「あゆみ」で夕食会の流れとなるのだった。


     *     *     *     *     *     *


「あらおかえり… あらあら、女子が四人、トラちゃんモテモテねえ」

ミキが店の準備をしながら皆を出迎える。亜弓が健太を手招きして、

「何あの子達。どゆこと?」

「さあ。俺もよく知らない。あっちの三人は同中のトラのファンの子達かな。でもう一人は初めて見た。全然知らない。」

「ふーん。信じらんない位、美少女じゃん。やるなトラ〜」

健太は何度も頷きながら、

「確かに、何であんな子が… 正に、掃き溜めに鶴、だな」

「掃き溜めとは随分じゃない? 今夜から金取るよ!」

なんて話していると、

「なんかコーチとトラママ、いい感じじゃね?」

「だよな、前から思ってた。でも…」

「んーーー、コーチ。んーー、似合ってねえ。残念…」

「そ。ムリムリ。似合ってないっ」

「むしろ、上田B B Aと合ってんじゃね?」

「あるある! それある!」

「最近B B A気合入ってるもんなー、化粧キメてるし」

「あれ絶対美容院行ったな。蒲田の」

「いや、川崎っぽくね?」

これまでとは異なるテンションで店内は大盛り上がりである。同中の女子三人は皆二年生でトラのファンであると公言している。どの子もそれなりに可愛いのだが、やはりあかねは別格の存在感を示している。

他の子達と全く違う社会階層から降りて来た風で、彼らの言動に驚き慄きつつも、しばらくすると一緒にいる違和感は全く感じられなくなっている。コミュニケーション能力が相当長けているのだ。

三人の女子は、初めは目の敵にしていたのだが、あかねの同級生に誰もが知る超有名な天才子役がいると聞いてから態度が一変し、

「あかねお姐さま〜」

と懐いてしまっている。


「へーー。トラがあのハンパ野郎達から、あかねちゃんを助けたんだ。流石じゃん。」

「でもトラ、気を付けろよ。アイツらネチッこいからな。俺のダチの姉貴も拉致られて打たれて、大変だったんだよなあ」

「ま、何か言って来たら、コウさん達に言えばいいよな」

「でもコウさん、アイツらにちょっと甘くね? もっとキッチリ絞めてくんねえかな」

「あかねちゃん、気を付けんだぜ。アイツら見かけたら、すぐトラに連絡すんだぜ」

「でも私、トラくんの連絡先知らないのだけれど」

「「「アタシも知らなーい」」」

どうやら皆で「蒲田 あゆみ組」と言うグループを結成したようだ。健太もいつの間にか招待されている…

「そーだ。永野サン、アタシにも連絡先教えてよ〜」

店内が騒然となる。

「よせ、トラママ! コイツ、絶対毎日エロメッセージ送ってくるぞ!」

「裸の写真送らないとトラを補欠にする! とか脅してくんぞ!」

「すでに上田のB B Aとは写真交換の仲かもよ」

その時。亜弓の目がギラリと光る。

「おいサワ。何だその上田って?」

店内が静寂に包まれる。

三年の沢渡が急に震えだし、

「いや… その… 四月から顧問になる… 体育の上田…っす」

「上田って、あの? それが永野サンと?」

嘗てない静けさ。誰かがスマホを滑らせる指の音が響く程である。

「永野サン? どゆこと?」

健太は上野先生とは業務連絡以外のメッセージ交換をした事はない。それを言おうと口を開くのだが、何故か言葉が出てこないー

亜弓の形相が恐ろしすぎるのだ…

健太は脇の下に汗が流れるのを感じながら、必死に言葉を紡ぎ出す。

「上野…先生とは、練習の連絡とか…しか、ない。です。」

スッと手を出すので、慌ててスマホを差し出す。

店内にゴクリと唾を飲み込む声が木霊する。

何度かフリックし、亜弓は健太の言葉にウソや誤魔化しが無いことを十分ほどかけて検証した。健太には一時間ほどの長さに感じた。

「アタシ、トラの保護者だよねえ?」

「はい」

「なのに連絡先をアタシより先に顧問に教えてイチャイチャメッセージ交換って、どゆこと?」

「べ、別にイチャイチャなんて…」

「絵文字使ってんじゃねえかコラ! んだよこの『明日の練習お願いします(絵文字)』ってよコラ! チャラチャラしてんじゃねえよ!」

男子達が一斉に首を傾げる。絵文字を使うとチャラチャラなのか… 三人の女子達も蒼ざめている… アタシら、チャラ子だったんだ… 絵文字使うと、トラママに殺される…

「ちょっと拝見しますね」

あああああ… 言葉にならない言葉が店内に響く。よせ… やめとけ… 殺されるぞ… 声なき声が木霊する中、平然と健太のスマホをあゆみから奪い取るあかねなのであった…

唖然とするあゆみを余所に、あかねはサクサクそのメッセージを検証し、

「これは上田先生による単なる永野コーチへの業務連絡に過ぎないと思われます。絵文字の使用も彼女個人の幼い感性の成せるもの、と推察されます。」

「え? そうなん?」

「それに対し。永野コーチは上田先生に、あくまで業務上のやり取りをしているだけである、と言えましょう。」

「ほ、ホントか?」

「ええ。例えるならば声の可愛い新人管制官にパイロットが毅然と応対している、そんな状況が想起されますね。」

「…は?」

「以上のことから。今現在の時点で、永野コーチは上田先生に何ら特別の想いを持っていらっしゃらない。同様に上田先生も永野コーチに特記すべき感情はない。そういった状況でしょう。」

「そ、そっか。それなら、よい。」

健太の元にようやくスマホが無事に返却される。

店内が再び騒然となる。それはあのトラママを完膚なまでに言いくるめ、永野コーチの危機を救ったあかねに対するものだ。

誰? 何者? 皆がトラに視線を向けるも、トラはスマホで欧州サッカーのダイジェストをぼんやり眺めていたものだった。


     *     *     *     *     *     *


「へーーーー。トラが、アンタをねえ。」

亜弓は焼酎の水割りを口に含みながらあかねを眺めている。

カウンターで健太の隣に座り、上品に今夜の夕食の焼うどんを上手にすすりながら、あかねがトラとの邂逅を亜弓と健太に話したのだ。

「でもアンタの父さんはちゃんとした人じゃんか。そうだよ、トラは自分の為にケンカなんてしねえんだよ。大体いつも仲間をコケにされたとか親をバカにされたとか、そんな理由でケンカすんだよ。」

「私、未だに暴力に対しては懐疑的なのですけど。それでもトラくんに女子としての最大の危機を救ってもらったことには変わりありませんから。そしてトラくんが一人の女子を救いその子と家族に大変感謝されている、と言う事実は知っておいてもらいたかったのです。実際父自身、いつかトラくんに直接礼がしたいそうです。」

「へー。今時大した親じゃねえか。ねえ永野サン」

健太は全力で首を縦に振る。確かに今時、こんな不良に直接礼をしたいなんて言う親は珍しいのかもしれない。

「ま。いつか連れて来いよ。トラは照れまくるだろーな」

「あ。もう直ぐここに来ると思います、私を迎えに。」

「アハハー。溺愛されてんなオマエ。永野サンは息子だっけ? 娘はいないんだよね?」

「うんそう。娘かあ。いいな。確かに」

「永野さん、目がエロいぞコラ!」

時計を見ると八時過ぎだ。生徒の半分は帰宅し、残りはダラダラと過ごしている。もう直ぐ常連客が入ってくる時間だ。

「よーし、お前らそろそろお開きだ。そこの三人の女子をちゃんと送って行けよー」

「「「トラくーん、送ってー」」」

「ムーリー」

トラが素っ気なく言い返し、後輩に向かい

「カヤノー、岡谷ー、オマエら責任持って送ってけー」

「「ウイース」」

なんだかんだで、面倒見の良いトラなのである。


その時。入り口のドアがそっと開かれる。常連客がもう来たのだろうか。

健太は入り口を振り返り、そして大きく目を開いた。何でアイツが…

「…須坂… 何で、お前…」

その上品な男性は軽く店内を見廻し、カウンターのあかねを見つけ顔を綻ばせた後、その隣に座る健太を見て、硬直する。

「永野…」

亜弓は二人を交互に見比べ、

「あれ。お知り合い?」

健太は身動きが出来なかった。そして、あの日の須坂の言葉が脳裏に蘇って来た…

「永野の部長職の任を解きしかるべき部署に転属とすることを決定した。」

玉川エレクトロニクス本社人事部長の須坂崇志は、あの日と同じ冷たい瞳で健太を見つめた。


「あかね。どういうことなんだい。どうしてこの男と一緒なんだい。説明してくれ」

家庭では決して見せた事のない、冷たい立ち振る舞いにあかねは動顛する。

「え、えっと、永野さんはトラくんの中学のサッカー部のコーチをしていて… それで」

「コーチ? 確かこの男は自宅謹慎処分中の筈なのだが。そうだよな、永野?」

健太は項垂れて動けなくなっている。

「蒲田駅の繁華街で大乱闘して留置所に入った男が、中学サッカー部のコーチ? 自宅謹慎はどうしたんだ。説明してくれ永野。」

「そ、それは… たまたま…」

「あかね。この男はトラくんとは違うんだよ。酒に溺れ仕事や家庭の不満を暴力で解決しようとした、人間のクズなんだよ、クズ。」

亜弓がキッとなり、

「ちょっと。クズってなんだよ。それはいいすー」

須坂はムッとして、

「クズなんだよ! 時世を理解せずにパワハラを止めない。家事の一つもしないくせに家長として妻や子供に偉そうに振る舞う。挙げ句の果てに、酒に溺れ暴力に呑まれ警察の世話になる。一切自分を見つめ返そうとしない。何でも他人や会社や社会のせいにする。世間ではこのような人間をクズと呼ぶのではありませんか?」

亜弓は言葉が詰まり、何も言えなくなる。

「トラくんは暴力沙汰を起こしたものの、それは社会や自己に対する不満によるものなのではなく、それしか解決法のない他人を救う手段として行使した。もし彼が暴力を行使しなければ今頃娘は体と心に大変な痛手を負っていただろう。違うか、あかね?」

あかねは首を垂れる。

「それに対し。お前はどうなのだ永野。自分を省みたのかこの謹慎期間中。その結果がこれか。昔の栄光を振り翳してサッカーで中学生の指導だと? 全然反省してないじゃないか、ただサッカーに逃げているだけじゃないのか! 」

須坂の言葉が健太の胸に突き刺さる。

「どうして自分を省みないんだ! どうしてもっと周りを見ようとしないんだ、永野!」

須坂は吠えるように健太を責め立てる。

「そんなお前がこの子達にサッカーを指導? 笑わせるな! この子達に失礼だろう。お前みたいな自分を見つめ返そうとしないクズに指導されるなんて!」

残っていた生徒達は口をポカンと開けて、この上品な紳士の逆鱗を傍観している。この人が何を言っているのか、半分も理解できなかったが、どうやら永野コーチを悪く言っているのに間違いはない、そう感じた彼らは

「そーゆーの、イイっすから。俺ら、別に」

「実際、コーチ教えるの上手いし。サッカーもメチャ上手いし」

「てか、アンタ誰? 何勝手に語ってんだよ。アンタカンケーねーだろ」

健太はちょっとビックリした。こいつら、こんな事を言うなんて…


「いーんじゃねーか。サッカーに逃げたって。」

トラが立ち上がって須坂に向かい直る。

「何もしねえで酒に逃げ込むよか、よっぽどいーんじゃねーか。それに」

トラが健太に向き直る。

「昔のこの人のこと知らねえけど。昔はそんな人間じゃなかったんじゃねえの? サッカーに打ち込んでいた頃のこの人。」

須坂はトラの目をじっと見つめる。

「多分だけど。よく知んねーけど。その頃の顔になってんじゃねーの、今は?」

須坂は振り返って健太を見つめる。健太は須坂の目をしっかりと見据える。

そして、軽く顔を降り、

「そんな急に… 変わる訳が無い。」

と言って、あかねを促し

「さあ帰ろう。それと… 君がトラくんかな?」

「そーだけど」

「その節は娘を救って頂き、本当に感謝しています。ありがとう」

と言って深々と頭を下げた。

「そんなのどーでもいーけど。一つ訂正してくんねーかな」

「何を?」

「人間のクズ。俺のこと言われてるみたいで、気にくわねーんだよ」

「別に君のことを言った訳で…」

「人にクズなんて言っていい人間、いねーんだよ! たとえ神様でも」

嘗てラグビーで鍛えた立派な体躯の須坂を見下ろしながら、トラは睨みつける。

暫く須坂とトラは睨み合い、やがて

「社会人はな、結果が全てなんだよ」

ポツリと須坂が溢す。

「この男が、コーチとしてしっかりと結果を出したのなら、先ほどの訂正に応じよう。それでいいかな」

トラはニヤリと笑いながら、

「土下座、な。」

須坂は一瞬驚愕の顔を浮かべた後、ニヤリとして

「トラくん、言っただろ。結果が全てだ。結果が出たならそれに従おう。だが出なかった時はー」

「おう。コイツと一緒に、アンタに土下座してやる」

「そうか。しっかりと練習しておけよ。」

「サッカーのか?」

「土下座に決まっているだろう」

「よく言うよ」


『トラくん、なんかゴメンね… あんなお父さん初めて見た…』

『気にすんなよ』

『お父さんの土下座は見たくないのだけど(絵文字)』

既読スルー

『トラくんの土下座も見たくない』

『はあ。』

『何この展開。これではまるで、ロミオとジュリエットじゃない…いやそれより、ウエストサイド物語と言うべきか(絵文字)』

既読スルー

『ともかく。父がどうなろうと、トラくんは負けちゃダメ』(スタンプ)

『はあ。』

『もうすぐ試合でしょ? 応援行くから。絶対勝つこと(絵文字)』

『来んな』

『いいえ。行きますから』

『マジいいって。要らないって』

『覚えておいて。私、人に指図されるの大嫌いなの』(スタンプ)

『はあ。』

『で。初戦はいつ?何処?』

『…グループライン見ろ』

『そうします。おやすみなさい(絵文字)』(スタンプ)

ハーーー。

面倒くせー。

スマホを放り投げながら寅はベッドに身を投げ出す。これまでに寅は女子と付き合った事は無い。好きな女子はちょくちょく出来たが、告ったこともなく。

好きでも無い女子から告られるのはしょっちゅうだが、相手にした事はない。そんな訳で彼女を持った事のないどころか、女子とこれ程緊密なやりとりをしたことも、トラにはなかった。

放り投げたスマホを拾い上げ、さっきのやり取りを読み返す。

ハーー、面倒くせー。

でも。

悪くねえ。

あかねの容姿を脳裏に思い浮かべ、ゴクリと唾を飲み込む寅であった。


     *     *     *     *     *     *


保護者会に出席したのは、松本寅の母親。G K小谷の母親。M F岡谷の両親。そしてF W茅野の両親の四家庭のみであった。出席率は半分以下だ。それだけ子供の部活に興味がないのだろうか。

一美の前に勤めていた学校のバレー部では、保護者会の欠席はほぼゼロだった。試合ともなると両親のみならず兄弟、祖父母も駆けつけ、大変な盛り上がりを見せたものだった。

それが…

学校の会議室の空気が冷たく重い。それも全て、トラの母親が一美を全力で睨み付けているからなのだ。


亜弓の目には一美はチャラついた痛いアラフォーにしか見えなかった。スーツ姿に似合わないゆるいウエーブのかかった栗色の髪。まるでデパートの一階の化粧品売り場でメイクしてもらいましたとばかりの濃いメーク。首にはブランド物のネックレス。

こんな女が顧問とは… こんな女と永野さんは毎日連絡を取り合っている…

許せない。何コイツ。

保護者会が始まる。先生の横に妙にスーツが似合う永野サンがいる。なんてスーツが似合うんだろう、亜弓は自分の鼓動が高まるのを抑えることが出来ない。

似ても似つかない。亡くなった旦那とは。

旦那はあんな疲れた目をしていなかった。あんな白髪混じりの頭じゃなかった。あんなボソボソと話すヤツじゃなかった。

だのに。何故…

どうして永野サンが気になるんだろう。

亜弓は全然わからなかった。

あの日。トラと永野サンが紙切れ一つに熱く語り合っていたのを見た時。何か心の中で弾けるものを感じた。

これ。これよ。私とトラに足りなかったもの。

私に足りなかったもの。

それが何かを具象化する言葉を亜弓は知らない。

しかし本能的に、アタシは永野サンに惹かれている

その事実は間違いのないものだと思った。

そして

この事実に横槍を入れようとする人間を

アタシは決して許さない。


何でだろう。何故なの?

松本の母親が睨み続けている。

正直、この母親が怖くて仕方がない。

風の噂で、この母親が昔この辺りの有名な暴走族のリーダーだったと聞いた。バレーボール一筋で生きてきた一美にとって、暴走族の存在自体が何処か外国の出来事のような気がしてならない。

未だ嘗て付き合った事のない人種との関わり合い。これも教師の勤めなのだ。教職にある以上、避けては通れない道なのだ。それにしてもー

これだから、嫌なのだ。この様な底辺校の男子の部活の顧問なんて、やっていられない。どうしてこの私が、高校大学とバレー一筋でのし上がった私が、恐らく中卒の女に祟られなければならないのか。

隣に座るスーツ姿のコーチをチラリと眺める。

正直、見直した。

人はその姿佇まいが品格を示す。そう教わり実感してきた一美から見ても、今日の健太は普通の一部上場企業の管理職、にしか見えない。それも相当やり手の『出来る男』にしか見えない。

今までグランドで見てきた、かつての栄光をカサに威張り散らしている中年男、とは全く違う立派な紳士だ。

襟を正し、一美は保護者会を進めて行く。


「…という訳で、この度学校側からもお願いして、サッカー部のコーチに就任してくださった、永野さんです。永野さん、一言お願いします。」

健太は立ち上がり、エリートサラリーマン然としたお辞儀をする。保護者達はちょっと背筋を伸ばして黙礼する。

「この度、ご縁があってこの学校のサッカー部を指導することになりました永野健太です。サッカーは子供の頃からやっていまして、高校の時にインターハイに出場しました。」

おおお、と保護者がどよめく。

「大学でもインカレでベスト4に入りました。卒業後、玉川電機に入社しサッカー部でJリーグ昇格まで選手としてやっていました。」

すごい… 保護者達の目がウルウルしている。

「選手引退後は営業職に邁進し、去年まで営業部長を拝命しておりました。」

遂に拍手が起こる。勿論煽動しているのは松本の母親だ。

「そう。去年まで。」

健太は静かに着席する。保護者達は頭上にはてなマークを浮かべる。

「去年。私はパワハラで訴えられ、関連会社に左遷となりました。」

会議室がシーンと静まりかえる。

「同じ頃、妻に離婚を申し立てられ、独り身となりました。」

皆が健太の言葉に、息をするのも忘れるほど聞き入っている。

特に一美の衝撃は相当のものであった、まさかこんな立派な紳士がパワハラ? 離婚して独身? 信じられない…

「私は仕事と家庭の両方を失い、自暴自棄となり、昨年末暴力事件を起こしてしまい、現在会社から自宅謹慎処分を受けております。」

遠くの車のクラクションの音が会議室に響き渡る。一美は自分の息を呑む声が会議室に響いた気がする。

「そんな私がお子さん達を預かる資格があるでしょうか。おそらく保護者の皆さんは大変不安を持たれると思います。」

皆が、いやあゆみを除く皆が、軽く頷く。

「ですが。私はサッカーを愛しています!」

健太は急に立ち上がり、胸を張って声を高める。

「先日、数十年ぶりにスパイクを履きボールを蹴り、私にとって仕事や家庭を失っても、サッカーだけは失いようのない、掛け替えのないものだと再確認しました。サッカーは世界中で愛されているスポーツです。老いも若きも、富める者もそうでない者も、皆が等しく楽しめるスポーツなのです。そんなサッカーの魅力を私は皆さんのお子さんに伝えたい。勿論、勝利には拘ります。しかしそれ以前にこの世界中で愛されているサッカーを好きになってもらいたい。皆さんは学生時代、何かスポーツに打ち込んだ事はありますか?」

全員が首を横に振る。一美は一人首を縦に振る。

「学生時代、それはこの中学生時代も含めます、何かスポーツに打ち込めば、仲間が出来ます。それは一生付き合うことになるかけがえのない仲間が、です。」

ほーー。会議室に感嘆の声が流れる。

その通りだ。未だに月一で飲む友人は全て高校、大学時代のバレー部の面子だ。一美は健太の言葉に何度も頷く。

「そして。この最近の私の様に、この先の人生でへし折れることがあっても、スポーツがあれば、サッカーがあれば必ず立ち上がれます! 」

全員が、一美も亜弓も深く頷く。

「どうか皆さん。私にチャンスを頂けませんか。お子さんが人生のかけがえのないものを手にする手助けを、どうかさせて頂けませんか。お願いしますっ!」

健太は営業時代の頃よりも真摯に真剣に頭を下げた。


一美は己の中の閉じ込められた情熱が噴き出すのを感じている。前の中学のバレー部での指導を思い出す。生徒も自分も、そして保護者も一丸となりと大会を目指したあの日々。そしてその栄光を勝ち取り皆で抱き合い流した涙の熱さを。

この学校で、この区内最底辺の中学で、しかも男子だけのサッカー部で。私はまたあの栄光と興奮の日々を味わえるのだろうか?

直角に腰を曲げお辞儀をしている健太をじっと眺める。

この人と、一緒なら…

普段は単なる野蛮で薄汚い中年男。だが、こうしてやるときはやる男。こんな底辺の保護者にさえ深く頭を下げられる男の器の大きさ。

それと。

無精髭を剃り髪を整えた今日の健太の顔。実は一美のドストライクなのである。日焼けした端正な顔。太い眉毛。意志の強そうな目。

この人と、一緒なら…

一美もスクッと立ち上がり、保護者に向かって

「私はサッカーの事は何も知りません。ですが、永野コーチを支え、お子さん達にサッカーを通じて人生のかけがえのないものを掴んでもらいたいです! この学校の、この部活でしか手にできないものを! どうか皆さん、お願いします!」

叫ぶ様に言い放った後、頭を下げた。何度も、何度も頭を下げた。

そして程なくその想いは会議室の全員に伝わった。

「コーチ、お願いしますよ。もういうこと聞かなかったら、引っ叩いてやってください!」

「ウチのも全然いうこと聞かないんで。蹴っ飛ばしてやってくださいよ」

「先生、どうかよろしくね。」

「あのー、何か手伝いとかしましょうか、球拾いくらいなら僕にも出来そうなんですが…」

健太は一人一人の保護者の前に行き、手を握り頭を下げる。

顧問の一美もそれに倣い、一人一人の保護者に深く頭を下げる。頭を下げるたびに、心に熱い物が込み上げてくる。ああ、又味わえる、あの熱く燃えたぎるような情熱の日々が!


一美が亜弓に頭を下げ、そして亜弓の顔を見る。

「せんせ。おにぎり」

「は…?」

「試合の時。おにぎり。作ってくよ。みんなの分。」

「松本さん…」

「だから。試合の日。取りに来てよ。ウチの店に」

「あ…ありがとう…ございます」

不意に一美の目に涙が浮かぶ。さっきまで理由なく睨まれていた一美は

「至らない点ばかりだと思います… 私、サッカーのルールも知らないし… でも…頑張ります。この子達のために、頑張ります。何でもします。なので… 色々…」

亜弓が一美をしっかりと抱きしめる。互いに身長が170センチ近くあり、それはなかなかの迫力だ。そんな二人が涙を流して抱き合っている。

他の保護者は何事かと慄きつつも、温かい目でそれを見守っていた。


     *     *     *     *     *     *


「で。保護者会で永野さんがコーチを罷免されるかもしれないのね?」

「は? 避妊? へ?」

「…今度セクハラ発言をしたら、あなたのアカウントを削除します。」

「わーった。わーった。で? ヒメンって何だよ?」

保護者会が行われている土曜日の昼過ぎ。「蒲田 あゆみ組」のグループに招集がかかる。永野のオッさんが正式にコーチとして承認されるかどうか、どっかでお茶でもしながら見届けよう、と。

だが。

集合時間と場所に集まったのは、トラとあかねだけだった。

後で発覚した事なのだが、これはトラとあかねを二人きりにして何が起きるかを皆で楽しむ作戦だったのだ。二年の三人の女子、特にキョンは激怒したのだが、先輩であるコータとサワがタピオカミルクティーを奢る事でようやく納得し、彼らは今、トラとあかねがお茶しているカフェの向かい側のファミレスで、二人の様子を固唾を飲んで見守っている最中なのである。

誰一人、健太がコーチを降ろされる心配はせず。それよりもトラの挙動の方に、遥かに関心があるものだった…


「みんな遅いわね。一体どうしたのかしら」

「それな。連絡してもアイツら既読スルーだわ。」

「まあもう少し待つことにしましょう。それよりも、保護者会どうなっているのかしら。」

「何でオマエが心配してんだよ」

「だって… もし保護者側に否決されたら… コーチ無しで試合しなければならないのでしょ? 審判する人だっていないのだし。勝てるの? 言っておくけど私、負け犬は嫌いよ。」

「ハー? 俺ら九人だぞ。いつでも負けれるぞ。チョー負けれるぞ」

「あなたの日本語相当変よ。さておき。サッカーって一体何人でするスポーツなの?」

「…十一人」

「何よ。二人足りないだけじゃない。そんなの気合いでカバーしなさいよ。気合いで!」

「…オマエ、メチャ頭いいくせに、突然意味不… でも。まあ、気合いも必要だな。確かに」

トラはふと思いを巡らし、グループラインの音声会話をオンにする。既読スルーしていた他のメンバーが何事かと、続々とその音声会話に参入してくる。

目の前のあかねはそれに気付かず、益々テンションが上がってくる。


「何だか心許ないわね。あなたがそんなことでは、勝てる試合も落としそうな気がするわ」

「お、おま… サッカー知らねーくせに、よくもそんな…」

「だって。あなたとあなたの仲間は。勝つ為の準備をちゃんとしているの?」

「ハア?」

ファミレスでトラとあかねのイチャイチャを楽しもうとしていたコータ、サワ、その他のメンバーの表情が固まる。

「試験もスポーツも、事前の準備が勝敗を分ける。これは父の言葉なのだけれど。あなた方はその少ない人数でも勝つ為の準備をキチンとしているのかしら?」

「そ、それは…」

「私にはそうは思えない。何故なら練習が無い日にこんな無駄な時間を過ごして。もし本気で勝ちたいのなら他にすることがあるのじゃない?」

「な、何だよ。それ?」

「例えば。試合の相手はもう決まっているのよね?」

「お、おう。決まってるらしいぞ。四校でのリーグ戦だ」

「そう。それならその三校の偵察に何故行かないの?」

「んぐ… そ、それは…」

「本気で勝ちたいなら相手の情報が絶対必要よね。ましてやこちらは人数少ないのだし。人数を手分けしてスマホで動画撮影してそしてこのグループに流せばー あれ。何この音声オンって… あれ? え?」


それから二分後。コータ、サワをはじめとする面々がカフェに上がってきた。

「あかねちゃん。ごめーん!」

「マジ感動。いい。それメチャいい!」

「流石、トラの嫁!」

トラとあかねの周りに人だかりができる。

「あれ、みんな… 何で?」

未だに状況が掴めていないあかねを無視して、

「そーだよな。やっぱ、勝ちてえよな…」

とトラが呟く様に言うと、皆が深く頷く。

「よし。ユーキ、それぞれのガッコの偵察を振り分けてくれ」

トラに無茶振りされた小谷が、

「っしゃ。やりますか。じゃ、ちょっと待ってー」

と言い、スマホで中体連のH Pを見つけ出し、対戦相手を調べる。

「っちゃー… つえートコばっかじゃん… マジかー。でも、まいっか。よーし、先ず初戦の相手―、品川区立大井三中、これは俺と木崎、飯森なー」

「「りょーです」」

「二回戦… 千代田区立番町中―、これはサワと岡谷、大町なー」

「「ほーい」」

「んで。三回戦…ウッソ! 港区の慶王中等部だってよ…」

あかねはビックリして、

「え? ウチの男子部と? え? どうして? ここ大田区だよね?」

「ああ、中体連って、支部ごとに分かれてんのよ。大田区はさ、品川区、港区、千代田区、あと大島とかの島嶼地。そん中でやるんだわ」

「そうなんだ… でもよりによって…」

「あかねちゃん、サッカー部で知ってる奴いる?」

「いない。私は中学から入ったから。でも初等部の子達は何か知ってるかも。学校で聞いてみるよ。」

「サンキュ。確か、去年のトレセン入ってる奴いたんだよな。調べておいてくれると助かるわ」

「トレセン?」

「そ。地区ごとの選抜選手。メチャ上手いってこと。」

「ちなみに、トラくん…」

下級生がクスクス笑い出す。

「アレさえなければ、トレセン入ってたんだよねー」

「おいおい。それを言うんじゃないよ。本人も深く反省してんだから」

アレのきっかけとなった、岡谷が泣きそうな顔になり、

「ほんっとすんませんっした… 俺のためにトラくん…」

トラはニッコリ笑いながら立ち上がり、岡谷の頭をクチャクチャにしながら、

「気にすんな。よーし。じゃ今からバラけるか。オレと茅野が慶王な。…須坂、練習場所知ってっか?」

「ちょっと待って。」

あかねはクラスメートに連絡を取る。すぐに既読が付き、何回かやりとりした後、

「うん、わかった。ウチの大学の敷地内らしいわ。麻布の慶王大グランドだって。」

「よっしゃ。見に行くぞ茅野。オマエ、ググって場所調べろ」

「ウイーっす。行きますか」

…あかねは呆然と立ち尽くし、

「ちょ…、何私を置いて行こうとしているのかしら…」

「は? オメーカンケーねーじゃん。ってか、むしろ敵じゃん」

「は? 男子部とは縁もゆかりもないのですが何か?」

トラが茅野を見ると、茅野はニヤニヤ笑いながら、

「トラくん、あかね姐さんに連れて行ってもらいましょうよ。それがスジってやつじゃないですかー」

「そ、そんなもんか…?」

「「「「そんなもんですから」」」」

そして渋々、いや内心ドキマギしながら、

「そっか。じゃ行くか」

とプイッと背を向けて出口に歩き出したものだから、あかねを除く皆は笑いを堪えるのに必死だったものだ。

中二の女子三人組である、もえ、りんりん、キョンは深く溜息をつきながら、

「ねーさん。仕方ねーから、トラ君のこと頼みましたよ。」

とあかねを送り出したのだった。ただ一人、キョンだけは二人の後ろ姿を睨み付けていたことには誰も気づかなかった…


     *     *     *     *     *     *


「なんか。いいね、思ったよりずっと、あのチャラ女。」

保護者会の帰り道。健太は亜弓と二人、学校を後にして歩いている。ソメイヨシノはすっかり満開となり、学校から雑色駅の途中の公園はピンク色に輝いて見える。

「意外と熱血なんだね。元々バレーの選手だったんだ。」

健太も先生の経歴は殆ど知らなかったので、それ程の人物とは思っていなかった。それに先日までの冷たい態度が今日は一体どうしたのであろう、保護者たちにあれ程頭を下げ協力を以来するとは夢にも思っていなかった。

顧問の協力、それも熱ければ熱いほど、良い。

これは、ひょっとすると。来月は面白い試合が多々見れるかもしれないな。

一人ニヤケ顔の健太の横顔を見ながら、亜弓は

「ねえ。河川敷の桜、観に行かない?」

健太は亜弓を振り返る。女性と花見、それも亜弓と…

「いいね。店の時間は大丈夫?」

徐々に顔が赤くなっていく健太が尋ねると、

「うん、まだ三時じゃん。五時頃に着ければいいや」

「よし。行こっか」

健太の心が春の日差しの様に暖まる。あゆみの頬が桜色に見えた健太は、改めて亜弓の美しさに見惚れてしまう。やはりどう見てもモデルかタレントだ。

元妻の良子とは上司の紹介で知り合ったので、見た目はあまり気にしなかった。それまで付き合った何人かの女性も、健太からではなく相手から告白されたので、即ち健太が好きになって告白したことは未だかつてなかった。

そして、これまで付き合った女性とはかけ離れた美しさの亜弓が、今こうして隣を歩いているのだ。

いや、美しさだけではない。健太はこれまで、これ程熱い魂を持った女性を知らなかった。彼女は困っている人間を決して放置せず、守るべきものを体を張ってでも守り通す。

そして正しいと思ったことは決して曲げずに貫き通す。そんな強さを持つ女性に未だかつて会った事はなかった。

俺には似合っていない。アイツらだってそう言っていたし。この間の「スナック あゆみ」での生徒たちの笑い声が脳裏に蘇る。そうだよな。これも別に大した意味はないんだよな。単に満開の桜が見たいだけなんだよな、この人は。

諦めの笑みが顔に広がる。


その笑みを横目で見ながら、亜弓は胸の鼓動が収まらなくなっている。

アタシとは住む世界が違う。過ごして来た環境が違いすぎる。

学生時代からサッカーの名選手で進学校から六大学。卒業後は世界的大メーカーに入社し、去年までは部長。有名大学生の息子もいる。

比べて、アタシ。高校中退。地元のチンケな族の出。スナック、キャバクラで働いて子供を育て、その子は少年院。

違いすぎる。あまりに、違いすぎる。

それに。亡くなった旦那程ではないが、体も大きく、顔だってかなりイケている。初めて店にきた日とは全くの別人の様である。

こんな人がトラの父親だったのなら。

ずっとそう思っていたのだが。

河川敷の桜を目を細めながら眺めている健太の横顔を見て、

ああ、この人がアタシの夫だったのなら

そんな叶う筈のない望みを飲み込んで、亜弓も多摩川を彩るソメイヨシノに目を向けるのだった。


「そう言えば。トラに助けられたのも、この辺だったよ」

「そうなん?」

「もしあの日。俺が夜桜を観ようとここに来なければ。今、俺たちこうしていないんだよなあ」

「あは、そりゃそーだ。それにさ。そのヤンチャ坊主たちが永野サンに絡まなきゃ、トラが助けることもなかったんだよね」

「そっか。そしたら、アイツらにも、感謝、だな」

亜弓はドキッとしながら、

「え…?」

健太は慌てて、

「あ、いや、アイツらに絡まれなきゃ、今こうして二人で桜観てない訳じゃない?」

しばらく二人は黙り込む。

川の向こうに日が沈んでいく。夕焼けに照らされたソメイヨシノのピンク色は、幻想的な色彩を帯びて二人の心を和ませる。

「もしさ、トラたちが予選勝ち抜いたらさ、」

亜弓が意を決して呟く。健太は優しい瞳で亜弓を見つめる。

『私と付き合ってください!』

その一言がどうしても口に出せない。何度も口にしようとするも、亡き夫以来、男とそんな雰囲気になったことの無かった亜弓には重たすぎる一言なのだ。

健太はそんな亜弓の意中を察する筈もなく、

「勝ち抜いたら、何?」

何コレ… 辛いんですけど…

絶対、断られるに決まってるのがキツいんですけど…

やだ。いやだ。も少しこのままでいたい。このままでいたいよ。

毎晩この人に夕飯作って、一緒に少しのビールを飲んで

世俗の愚痴を聞いて語って

毎日を過ごしたいよ…

だから神様、お願い

も少しこのままで、いさせてよ…

「クイーンの店、連れてってよ!」


あのお節介な高橋健太は何と言うだろう。こんな若くて綺麗な女を連れて行ったら。クイーンは何て言うだろう。テメエにはもったいねえ、と笑われるだろうな。

でも。

どんなに笑われてもいい。

どんなに貶されてもいい。

このソメイヨシノの花の色の様な

この人を側で感じていたい。

どん底だった俺の煤けた魂を

優しく彩ってくれる

この人の側に俺は居たい

「よし。行こう。リーグ戦勝ち上がったら、クイーンの店で祝杯あげよう!」


「約束、だよ。」

亜弓は震える小指を健太に差し出す。

健太も同じ様に震える小指をそっと差し出す。


その指と指が絡まる頃、真っ赤な夕陽が静かに多摩川の向こう側に沈んでいった。


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