第1話 山都マウシニア①
遅れましたが、新章突入です
「ソラ君、雲が近いね……」
「頑張れ。高山病の対策は俺がするからな」
「え?」
「高山病って何?」
「説明は難しいんだが……頭痛がしたら言ってくれよ」
山の中、ソラ達はずっと歩き続けていた。既に標高は1500m近いだろう。確かに道はあるのだが、この先に町があると言われても信じがたい場所だった。
ミリアとフリスは今まで本格的な登山などしたことが無いため、特に高山病が心配だった。高度的にはまだ大丈夫な範囲で、まだ誰にも高山病の症状は出ていないが、ソラは周囲に空気を集めて対処していた。どこまで効果があるかは不明だが。
なお、なぜこんな山の中に町があるのか、ということは分からない。鉱山が関係しているそうだが、利が出るようなものなのだろうか?
「今が夏で助かったか……」
「どうしてよ?」
「冬だと雪が積もってるだろうからな。登りにくい上に雪崩の危険もある」
「なだれって?」
「雪が鉄砲水みたいに大量に流れてくる現象だな。普通、巻き込まれたら死ぬ」
「ソラなら問題無さそうそうね」
「登りづらいことに変わりはないだろ」
確かにソラなら、雪崩を氷魔法で操作したり、火魔法で溶かしたりできるだろう。埋もれた人の救助も、魔力探知と氷魔法の合わせ技で幾らでもできる。ソラがいれば、恐る必要は無いだろう。
3人はこんな風に、ゆっくり話しながら歩いていると、フリスが見つけた。
「ねえソラ君。あれ町じゃないかな?」
「本当ね、たぶん城壁よ」
「ここからは下りか。落ちないように気をつけろよ」
「うん。大丈夫だよ」
町が見えてやけに元気になったフリスとともに、3人は山を下りていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「美味しー!」
町の中、チーズやハムなどを挟んだサンドイッチを両手に持ち、笑顔で頬張るフリス。その後ろでは、ソラとミリアの2人もサンドイッチを食べている。
「本当、美味しいわね」
「牧場みたいなのはあるが……魔獣は出ないのか?」
日本でも、高地の牧場はよくある。だが魔獣という危険が存在するベフィアにおいて、牧草地に覆われた牧場というものは滅多に無い。そんなレアものが、この町にはあった。
「その言い方だと……町の外にあるってことよね?」
「そんなことがあるの?」
「あの山の途中に、柵みたいなものがあるだろ?おそらくはアレだ」
ソラが向けた視線の先、そこには広い範囲を覆う柵とその中にある小屋があった。村などと同じように見えるが、村より柵は低く弱く、人も少なそうだ。魔獣に襲われたらひとたまりも無いように思われる。
「魔獣が出ないからやってるのよね?」
「分からないけどな。もしかしたら、あの柵は別の物かもしれないが」
「あの柵なら、普通の魔獣は越えれなさそうだし、大丈夫なんじゃないかな?あの中に強い人が住んでるのかもしれないし」
「そうね。元冒険者かもしれないわよ」
「まあ、ありえなくは無いか」
実際、元冒険者が経営する酒場や宿屋はある。そういった所は騒動が起きづらいため、護衛にさける金の少ない行商人や吟遊詩人などには重宝されている。勿論、大抵騒ぎの主がボコボコにされるからだ。
「そのおかげで、美味しいものが多いのよね?」
「それは間違いないだろうな。土地柄もありそうだが」
「そうなの?」
「山の上だと農業は難しいし、保存食が発達するのかもな。生産性だけじゃなく、味もだ」
「その保存食って、チーズとかハムとか?」
「ああ」
「だからこんなに美味しいのね。少し多めに買っておこうかしら?」
スイスなどの山間部でチーズやハムなどが発達したことを考えると、ありえない話ではない。ミリアにとっては、良い材料を得られることの方が重要なようだが。
それはある意味、ソラも同じだった。
「山の中の町でチーズが美味い……これなら、アレがあるか?」
「アレ?」
「探してみないと分からないけどな」
「ふーん」
ソラは目をつけたものに関して何も言わなかったが、ミリアとフリスにとってはそんなに重要ではない。雑談をしながら通りを歩いていると、近くの露店での会話が聞こえた。
「最近、鳥がいなくなったなぁ……」
「確かに。朝にさえずりが聞こえないってのは変な感じだよな」
「何かの前兆とかじゃないよな……?」
「おいおい、鳥がいなくなっただけじゃないか」
「まあそうか」
店主達からしたら、どうでもいいことだろう。だが、ソラにとっては違う。
「鳥がいなくなった、か……」
「どうしたの、ソラ君?」
「前の世界での話なんだけどな。何らかの災害がある前、鳥や動物がいなくなったって聞いたことがある」
「え⁉︎」
「……それって」
「ああ、何かある可能性が高いな。原因が何かは分からないが……」
実際、地震の前に鳥やネズミやカエルがいなくなったりしたという話はある。異世界だということを考えても、可能性は高いだろう。
「どうするの?」
「原因は分からないから、どうにもできないな……注意はしておけよ」
「そうね。私達がどうにかできるとは思えないけど、被害は受けたく無いもの」
「何があるかな?」
「可能性としては地震や嵐……謎の現象も考えられるか……魔獣の襲撃だったら楽だな」
「普通は違うわよね。私達だからこそだけど」
「魔獣だったら、倒すだけだもんね」
一般人からすれば恐ろしいことも、ソラ達にとっては簡単なことだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ここにするの?」
「ああ。こういった古い店の方が、きっと美味いぞ」
「その分、高いわよね。ランチはまだ安いけど、ディナーは来れる人が限られるくらいよ」
「そういう店だからな。まあ、俺達には問題無いが」
歴史のありそうな古い木造のレストラン、所謂老舗にソラ達は入っていく。ソラの目に狂いは無かったようで、まだ夕食の時間には早いにもかかわらず、8割ほどの席が埋まっていた。
「メニューは……お、あった」
「何があったの?」
「たぶん、この町でしか食べられないのだな。任せてもらっても良いか?」
「ええ、良いわよ」
「お願い」
元々、ソラが選んだ店だ。ミリアもフリスも異論は無い。
「ご注意はお決まりですか?」
「チーズフォンデュを3人前。チーズの種類は……エメンタールとグリュイエール、それとカマンベールの3つで」
「はい。こちらのスープもオススメですが」
「じゃあ、お願いします」
「3人前ですね?かしこまりました」
最初から探してたソラは自然に注文した。だが2人は知らなかったようで、疑問符を浮かべている。
「ちーずふぉんでゅ?」
「知らないわね……」
「多分、見たら驚くぞ」
「教えてくれないの?」
「教えたら、反応が面白くないからな」
他の料理とは毛色が違うので、きっと驚くだろう。教えても変わらない気もするが。
「お待たせしました」
「お、来たな」
運ばれてきたのは、中にチーズが入った鍋。それは薪が入った陶器に支えられており、常に加熱されている。
そしてソラの予想通り、ミリアとフリスは目を点にしていた。
「こちらの白い容器の物がエメンタールチーズ、こちらの赤い容器の物がグリュイエールチーズ、こちらの黄色の容器の物がカマンベールチーズです」
「えっと……これ?」
「溶けてる……のよね?」
「ああ。まあ、メインはあれだ」
「こちらが具材と追加のスープです。ご注文は以上でしょうか?」
「そうです」
「それでは、失礼します」
遅れて運ばれてきた皿の上には、フランスパンに似た固めのパン、ソーセージやベーコンにハム、ブロッコリー、茹でられた人参やジャガイモなど、定番のものがある。量が多いため、これだけでも十分だろう。また、先端が二股に分かれた串も10本ほど置かれていた。
「……どうやって食べるの?」
「こうやって、具材をチーズにつけて食べるものだ。美味いぞ」
「へぇ……あ、美味しいわ」
「面白いね!」
この3人、美味しいものを食べている時は話がはずむ。そして冒険者なのだから、こういった話題になるのも当然だった。
「それで……今度はどんなダンジョンなのかな?」
「少しは聞いてきたぞ。というか、見たことある感じだな」
「つまり、今まで見てきたダンジョンに似たものがあったってことよね?」
「ああ。商人の話だから正確かどうかは分からないが、対策も似た感じらしい」
「そっか。楽かな?」
「多分な。未踏破とはいえ、難易度は低そうだ」
「でもまずは、情報集めよね」
「ああ、当たり前だ」
とはいえ今は、3人とも夕食を楽しんでいる。




