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第1話 「届かない約束」

第1話 届かない約束 


 夢を見ていた。


 あたり一面、雪に覆われた世界。


 空からは、音もなく雪が降り続いていた。


 目の前には、ひとりの少女が立っている。


 白い息を吐きながら、少女はアストに微笑んだ。


「ねえ、明人(アスト)」


「ん?」


「もし、アストが私のこと忘れちゃったらどうする?」


「は? 忘れるわけないだろ」


 アストは笑った。


「ずっと一緒にいるって、約束したじゃん」


 少女は、少しだけ目を伏せた。


「……そっか」


 その声が、妙に寂しく聞こえた。


 次の瞬間。


 少女の輪郭が、雪の向こうに滲み始めた。


「え……?」


 アストは目を見開いた。


「おい、どうしたんだよ!」


 駆け寄ろうとする。


 けれど、足が動かない。


 少女の顔が思い出せなくなっていく。


 笑い方も、声も、名前さえも。


 大切な人だった。


 それだけは、分かる。


 なのに。


 誰なのか、分からない。


「待ってくれ……!」


 アストは必死に手を伸ばした。


 少女もまた、こちらへ手を伸ばす。


 指先が触れる、その直前。


「アスト……」


 少女の声が、雪の中に消えていく。


「お願い……私を、忘れないで」


 少女の姿が消えた。


「……誰、だったんだ」


 胸が痛かった。


 泣きたいほど悲しいのに、何を失ったのかさえ分からない。


 その理由を知ることもできないまま――


「……っ!」


 アストは目を覚ました。


 見慣れた天井が目に入る。


 頬には、うっすらと汗が滲んでいた。


「……なんだ、今の夢」


 胸の奥に、言いようのない寂しさが残っている。


 けれど、何が悲しかったのかは分からない。


 しばらく天井を見つめていたアストは、小さく息を吐いた。


「……明日は卒業式かぁ」


 ふと思い浮かべるのは、幼馴染の顔。


 明日で、この学校ともお別れだ。


 毎日当たり前のように顔を合わせていた奏(カナデ)とも、今までと同じ関係ではいられなくなるのかもしれない。


 そんなことを考えていると、枕元のスマートフォンが鳴った。


 画面に表示されたのは、親友の名前だった。


「もしもし?」


『おう、まだ起きてたか?』


「もう寝ようとしてたところだけど。どうした?」


 電話の向こうで、憶人(オクト)が少しだけ声を潜めた。


『明日さ、卒業式の前に教室に来てくれないか』


「教室? なんで?」


『ちょっと話があるんだよ』


「今じゃ駄目なのか?」


『明日、直接話したいんだ』


 いつもと変わらない声。


 けれど、どこか引っかかるものがあった。


「……わかった。で、何の話だよ?」


『ああ、それとさ――』


 そのとき、オクトの部屋のドアが開いた。


『お兄ちゃん、まだ電話してるの? もういい加減にしてよ!』


『ちょ、待てって! 今、大事な話を――』


『はいはい、もうおしまい!』


『おい、詩音(シオン)! 勝手に切るなって!』


 プツッ。


「……は?」


 突然切れた通話を見つめ、アストはしばらく黙り込んだ。


「……なんなんだよ、あいつ」


 思わず苦笑する。


 さっきまで胸に残っていた寂しさも、少しだけ薄れた気がした。


 アストはスマートフォンを枕元に置き、再び天井を見上げた。


 明日は卒業式。


 幼馴染と、親友と、いつも通りに笑い合う。


 そんな一日になるはずだった。


 それが、いつもと変わらない日常の終わりになるなんて。


 このときのアストは、知る由もなかった。

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