第70話、本土空襲に対する危機感
B-25爆撃隊は全滅した。
出撃前、任務部隊指揮官ウィリアム・ハルゼー中将は、利息をつけて勲章を返してやれ、成功を祈る、と伝言していたと言うが、勲章の返却は受け取るものがいない結果に終わった。
空母『ホーネット』がB-25を全機発進させると、任務部隊はただちに反転、離脱した。
日本本土に敵機は侵入することなく、まして爆撃や銃撃による犠牲者も出なかった。
今回の事態に対して、天皇陛下は状況説明を求めたが、東久邇宮稔彦王防衛司令官は答えた。
「敵機は一機残らず撃墜いたしました。現状の防衛体制はまだまだ不足もありますが、海軍の新型戦闘機が充足配備されれば、国内の防衛は万全となるでしょう」
大本営もまた、日本本土空爆を企んだ米爆撃機を全機撃墜と発表。我が方の被害なしと声高に叫んだ。
撃墜したB-25の破片や脱出した爆撃機クルーの捕虜などの写真が新聞を賑わすことになる。
アメリカ側は、当初、日本側の発表をプロパガンダ、実際の被害から国民の目を逸らさせるものと受け取っていた。
だが、中国大陸で爆撃隊を回収する側の国民党軍からは、1機の到着も、クルーたちの脱出も確認できなかったと知らせがきて、日本の報道どおりの結果に終わったのだと認めざるをえなかった。
故に、日本本土空襲の件は、アメリカ政府は日本の発表に対するカウンターとして、『我が軍に該当する部隊はなし』と、すべてはなかったこととされた。
「――と、まあ、国民の士気を上げるアメリカの作戦は、頓挫したわけだ」
特破隊の神明 龍造大佐は、九頭島飛行場の格納庫にある十三試局地戦闘機の前で言った。
「16機、撃墜。さすがだな、須賀少尉」
「ありがとうございます」
あまりありがたみも感じない調子で、須賀 義二郎少尉は応じた。
彼の操縦した試製局地戦闘機は、すべての整備ハッチが開かれ、技師と整備員たちが、部品の点検と整備を行っていた。
少なくとも、燃料を入れたらすぐに飛べます、という状態ではない。
「拗ねているのか、少尉?」
「どういう意味でしょう?」
「せっかく新型で活躍したのに、発表された機体はこいつではなく、一式艦戦だったこと」
そうなのだ。侵入した米爆撃機を全機撃墜し、その功績で須賀 義二郎少尉は表彰され、新聞にも顔が載った。これ自体、別にうれしくはなかったが、掲載された戦闘機は、新型ではあるが十三試局戦ではなかった。
「試作機だったから出せなかった、そう解釈しています」
須賀が答えると、神明は背を向け、試製局戦を見た。
「マ式ジェットは、他国にない技術だ。我が国がこれを持っていることは、極力知られないようにしなければいけない」
「内地の防空隊に配備されれば、遅かれ早かれ敵にも伝わりますよ?」
率直に須賀が言えば、神明は小さく肩をすくめた。
「それでも、一日でも伝わるのが遅くなることに意味がある。この戦争は、軍首脳が考えるような短期で終わらない」
「そうなのですか?」
「そうとも。時間は、アメリカの味方であり敵でもある」
二年も粘れば、圧倒的多数の軍艦が前線に出てくる。一年もあれば、やはり圧倒的多数の航空機やその他兵器が出る。
時間を稼げば、日本軍を圧倒できる軍備が揃うのだから、慌てて講和や降伏などするわけがない。
「時間が敵というのは?」
「アメリカは民主主義国家だからな。戦争が長引けば、厭戦気分も高まる。そうなると、政府も国民の意向を無視できなくなる。……が、ルーズベルトが大統領である限りは、あることないこと吹き込んで国民を焚きつけるくらいはするだろう」
リメンバー・パールハーバーは見事な立ち回りだったと認めざるを得ない。奇襲を卑怯だとセンセーショナルに言い立てて、表向き国民士気を高めた。
それでも負け続ければ、ルーズベルトも支持を失う。世論も変われば、戦争の行く末も変わる。だがそのためには時間が必要だった。
「それはそれとして、今回の攻撃は、内地に被害はなかったが、首脳陣の動揺も大きかった」
神明は話題を変えた。
米空母の発見の通報があった時、まさか双発爆撃機が飛んでくるとは思わず、連合艦隊は、現地にいる艦隊に敵機動部隊の迎撃を命じた。
最初にその通報を受け取ったのが北方部隊だったこともあり、室蘭にいた重巡洋艦『那智』が細萱中将の命令を受けて出撃。
すでに海上にあった第21戦隊の軽巡洋艦『木曽』『多摩』と合流して追撃に移ったの皮切りに、横須賀にいた第二艦隊司令長官、近藤 信竹中将率いる重巡洋艦『愛宕』『高雄』、駆逐艦『嵐』『野分』、さらに呉の軽巡洋艦『神通』、柱島の重巡洋艦『羽黒』『妙高』、三河湾にいた重巡洋艦『摩耶』、空母『蒼鷹』『翠鷹』、カムラン湾から帰投中の重巡洋艦『鳥海』、東京湾で訓練中の空母『飛鶴』、『祥鳳』などを加えて迎撃に向かう。
さらにインド洋から内地に戻りつつあった南雲機動部隊にまで、敵空母捕捉の命令が出た。……もっとも南雲の第一航空艦隊はどうあがいても間に合わない位置ではあったのだが。
ともあれ、空母機の襲来は翌日とふんでいた連合艦隊だったが、結果は双発爆撃機をその日のうちに出して、米空母群はさっさと離脱してしまった。追撃は空振りに終わった。
「敵空母には一目散に逃げられた。航空機の航続距離の外で全力で逃げられれば、それは追いつけないな」
神明は振り返る。
「ただ、今回の件で、前々から山本長官が提唱されていたミッドウェー攻略作戦に火がついた。これまでは軍令部や上陸部隊を出す陸軍が渋っていたのだがな」
「日本本土への空襲が、上層部を動かした……」
須賀が言えば、神明は頷いた。
「そういうことだ。貴様の十三試局戦の活躍で、内地は無傷だったが、もしあの場にテスト中の貴様がいなかったら、どうなっていたか」
被害が出なかったからよかった、と考えるほど大本営もお気楽ではない。帝都空襲の危機に、これまで山本五十六連合艦隊司令長官が提唱していた米空母機動部隊の捕捉、撃滅の重要性がクローズアップされた、というところだろう。
特破隊は、インド洋を目指すが、逆にインド洋から南雲の第一航空艦隊が戻ってきたことで、状況が大きく動きそうではあった。




