第105話、米空母は何処?
フレンチフリゲート礁に展開していたアメリカ警戒部隊は壊滅した。
4機の九九式水偵は、母艦である『早岐』に無事帰還した。
戦艦『土佐』にて、その報告を受けた神明 龍造大佐は、ただちに次の命令を発した。
「『龍飛』から零式哨戒機を出して、真珠湾を偵察せよ」
ハワイ、フレンチフリゲート礁の距離は487海里、およそ900キロといったところだ。零式哨戒機の航続距離ならば長時間の偵察をした上で余裕で往復できる。
諏訪 将治先任参謀は口を開いた。
「これで、アメリカ空母が真珠湾で居座っていれば、連合艦隊司令部が考えた通り、ミッドウェー島攻略後に出てくる、と。もしいなければ――」
「すでにミッドウェーに向かって出撃しているか、あるいは南太平洋から帰っていないか」
MO作戦を妨害しに現れた米機動部隊は、五航戦との戦いで『レキシントン』を失い、その後のトンガタプ島にて補給中の『ヨークタウン』が、神明の第一戦闘群によって撃沈された。
しかし他にヨークタウン級2隻――『エンタープライズ』と『ホーネット』をRY作戦部隊を支援する偵察機が発見しており、南太平洋にてまだ米空母が活動している可能性はあった。
諏訪は首をかしげる。
「前者ならば、連合艦隊の先鋒、第一機動部隊が危うく、後者であれば、作戦通り、何も心配はいらない。……極端ですな」
「だから偵察は大事なんだ」
神明は振り返った。
「『早岐』の水偵を出して、周辺警戒とハワイ、ミッドウェー間の索敵を行え」
「いいんですか? そっちは、第六艦隊の潜水艦が哨戒線を展開しているようですが」
「捜索の目は多いほうがいい」
神明は答えた。
「我が特破の潜水艦ならともかく、連合艦隊の潜水艦の索敵範囲はあまり期待できない。そもそも哨戒線自体、機雷原のようなものだからな」
通りかかる敵を待ち伏せる。通行の可能性の高い場所に貼りつくのであって、自分から積極的に探し回るわけではない。
実のところ、この時点ではまだ潜水戦隊の展開が終わっておらず、もし米機動部隊がすでに出撃していたら、哨戒線をすり抜けてしまう恐れもあった。
「それでなくても、太平洋は広いんだ。索敵範囲をかすめても、見逃すことだってある」
二重三重の注意が必要だ。
神明のもとに『土佐』艦長の阿久津 英正中佐がきた。
「司令、C偵察隊はどうしますか? このままフレンチフリゲート礁に乗り込みますか?」
K作戦は中止された。二式大艇は飛んでこないし、補給の潜水艦も去った今、環礁を制圧する意味はない。
「いや、我々はフレンチフリゲート礁から距離を取る。今頃、真珠湾から偵察の爆撃機なりPBYが向かっているだろうからな」
九九式水偵隊が攻撃したことは、米軍も通報している。その様子見や支援に真珠湾から航空機が飛んでくるのは間違いない。そこへわざわざ近づいて、位置を露呈してしまうのはよろしくない。
もし、米空母がミッドウェー島に向かって出撃していたなら、その艦載機で襲ってくる可能性も考えられた。……もっとも、その時点で、米空母がどこにいるのか露見することにもなるが。囮になれと命令はされていない。
特務艦『龍飛』の飛行甲板から、九頭島航空隊の零式哨戒機が転移板を踏んで発艦した。これは数時間をかけて飛行し、パールハーバーを偵察した。
対レーダー塗装の施された哨戒機は、高高度から観測し、港に米空母がいないことをマ式通信にてC偵察隊に通報してきた。
「真珠湾に米空母はあらず。――全軍に通報」
神明はただちにそう命じた。
その知らせは、ミッドウェーに進撃しつつある各部隊に伝達された。
主力部隊の旗艦、戦艦『大和』でもそれは受信された。
「真珠湾に空母はいない、か」
連合艦隊司令長官、山本 五十六大将は、それを口の中で反芻した。米空母を誘い出し、叩く――そのためのミッドウェー島攻略作戦だが、肝心の空母がハワイにいない。
黒島 亀人先任参謀は顔をしかめた。
「しかし、何故、特破隊から通報なのだ?」
このMI作戦に、特破隊の参加はない。作戦外の部隊からの連絡には眉をひそめるのである。そもそも特破隊は、連合艦隊とは指揮権が別にある余所の部署である。
「大方、軍令部が手を回したのでしょう」
三和 義勇作戦参謀が言った。
「K作戦が中止になった場合に備えていたのではないでしょうか」
思えば特破隊は、第一次K作戦に加わり、ハワイ夜間空襲をやり遂げた。二式大艇を活用しないルートではあるが、真珠湾への独自偵察ルートを持っているのかもしれない。
「経緯はどうあれ、すでに米空母がミッドウェーに出撃している可能性がある」
山本が言えば、黒島は告げる。
「まだ南太平洋から帰っていないだけかもしれません」
「警戒はすべきではないか?」
山本は顔をあげた。
「第一機動部隊には、警戒を強めるよう伝えるべきではないか?」
「まだ、確実にミッドウェーに来ているという確証はありません」
黒島は眉間にしわを寄せて考える。
「もう少し正確な情報が欲しいところです。それに現在、無線封鎖中ですから。こちらからの発信は控えるべきかと」
そもそも、機動部隊でも先ほどの通信を傍受していると思わる。念押しするようなことをして、逆に敵に探知されても面白くない。ミッドウェー島攻略にあたって、あくまで奇襲で先制する計画であるので、敵に察知されるリスクは避けねばならない。
そして現時点では、それで正解だった。特破隊C偵察隊の通信は、第一機動部隊でも傍受できていたからである。正しくは、無線は拾えなかったがマ式通信のほうで、六航戦の空母が受け取り、旗艦『赤城』に伝わったのだ。
ただ南雲機動部隊司令部でも、米空母不在がただちにミッドウェーに向かっているという風に直結はしなかった。ミッドウェー島に近づく際に、偵察により注意を払うことで話がまとまった。
それが変わったのは、6月2日。やはり特破隊C偵察隊の偵察機が、通報した。
『米空母を含む艦隊を発見。ミッドウェー島方面へ移動しつつあり』




