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復活の艦隊 太平洋戦記  作者: 柊遊馬


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103/103

第103話、連合艦隊、東へ出撃す


 5月25日、連合艦隊と第一航空艦隊の間で、MI作戦の最終的な打ち合わせが行われた。


 関係者の意思統一を図る――このタイミングになって、いまさら反対を言う者はいないと思うが、実際に戦う一航艦は、作戦にどう取り組むつもりか、確認するのである。


「――もし、ミッドウェーを攻撃中に、敵基地航空隊が不意をついてきた場合の対策は?」


 宇垣 纏連合艦隊参謀長が尋ねれば、出席していた源田 実 一航艦航空参謀は堂々と答えた。


「我が戦闘機をもってすれば、鎧袖一触であります!」


 図上演習や兵棋演習などもやったわけだが、連合艦隊司令部にしろ一航艦司令部にしろ、楽観的な雰囲気が見え隠れしていた。


 想定の甘さといえば、米機動部隊が現れるのがミッドウェー島を攻略した後であると、何故か決めつけていた。


 ミッドウェー島攻撃中に、敵空母が現れた場合については、宇垣が確認した意外で、誰も聞かないし言わなかった。そういうものだとすでに受け入れていたのである。


 その翌日、空母『赤城』にて、第一機動部隊内での作戦計画の説明、打ち合わせが実施された。少々の指摘や提案はあったものの、いまさら変更できるものでもなく、概ね計画どおりに進むことを確認して、その場は終了となった。


 かくて、MI作戦、それと同時に進行するAL作戦参加部隊が、それぞれ動き出した。


 5月26日、AL作戦を実行する第二機動部隊が、大湊を出撃した。


 第四航空戦隊を指揮する角田 覚治少将が指揮官を務めるこの機動部隊は、空母2、重巡洋艦2、駆逐艦3、タンカー1隻からなる。


 翌日、5月27日は、日本海海戦で連合艦隊が勝利をしたことを記念する海軍記念日であった。その日、第一航空艦隊が柱島を出撃した。


 同日、サイパンからミッドウェー島攻略部隊護衛隊が、グアム島から同攻略部隊支援隊が出撃した。


 28日。海軍陸戦隊と陸軍一木支隊を乗せたミッドウェー島占領部隊輸送船団が出航。また大湊から、キスカ島攻略部隊が出て、翌日29日にはアッツ島攻略部隊が北方の海へと漕ぎ出した。


 同29日、連合艦隊司令長官、山本 五十六大将指揮の主力部隊が、柱島を出た。


 なおこの頃、ハワイでも、アメリカ海軍第16、第17任務部隊が出撃し、ミッドウェー海域を目指していた。



  ・  ・  ・



 連合艦隊司令部としては、ミッドウェー島を、米機動部隊をおびき寄せて撃滅する場と考えていた。


 それ故に、アメリカ空母の動向、つまりミッドウェーに出撃してくるのか、その点について注意を払った。


 それが先遣隊による哨戒線の構築と、K作戦である。

 第六艦隊の潜水艦戦隊2個で、ハワイ、ミッドウェー間に哨戒線を形成し、『ミッドウェーを攻撃後』に出てくるだろうアメリカ空母を見張った。


 しかし、万が一、米機動部隊が動いていた場合に備えて、二式大艇によるミッドウェー偵察、そして第二次K作戦――こちらも二式大艇による偵察を進めていた。


 真珠湾に空母が停泊しているのか。それにより、ミッドウェーに米機動部隊がいつくるのか、その時期を図るのが目的である。


 だが、5月半ばに計画を通達された第六艦隊側は、頭を悩ませることになる。長距離哨戒に用いる潜水戦隊を集めたものの、連合艦隊から命じられた予定の6月2日までに哨戒線に間に合わない艦が発生したのである。


 これらが哨戒線に配置につき終わったのは6月4日のことであり、結果的に予定の2日の時点で、米機動部隊は通過していた。……もし予定通りに配置につけていたなら、南雲機動部隊は、事前に敵空母の存在を知った上でミッドウェーに挑めたことであろう。


 ではもう一つ、二式大艇を用いた二つの策はどうなったか?


 こちらも、予定通りにとはいかなかった。二式大艇を扱う搭乗員の練度、経由地点の変更など、どたばたした挙げ句、哨戒期間の短縮により、米艦隊を発見できなかったのである。


 またK作戦の方も、二式大艇の中間補給地であるフレンチフリゲート礁に、米軍が警戒部隊を派遣していたため、補給の潜水艦が近づくことができなかった。


 3月の第一次K作戦で真珠湾を空襲されたこともあって、アメリカ軍は再度の攻撃を警戒していた。通信の傍受で、日本軍潜水艦が進出してくると想定した太平洋艦隊司令部は、水上機母艦と駆逐艦の小部隊を派遣していたのであった。


 敵が見張っていては、とても二式大艇への洋上補給などできない。伊123潜は、作戦見込みなしと通信。これを受けて第十一航空艦隊は、5月31日に作戦中止を、実施部隊である二十四航戦に通達した。


 第二次K作戦は中止となり、連合艦隊司令部と南雲機動部隊にも伝えられたが、その反応はほとんど無反応といってよかった。どちらの司令部も、さほど重要な問題と捉えず、作戦にほとんど影響はないと考えていたのだった。


 だが、ここにK作戦支援に動いていた日本部隊がいた。


 軍令部作戦課からの要請を受けて、作戦のフォローにやってきた特破第一戦闘群C偵察隊であった。



  ・  ・  ・



「駆逐艦3隻に、小型タンカー1隻か」


 神明 龍造大佐は、水上偵察機からの報告に薄く笑みを浮かべた。


「なるほどな。これは潜水艦には手に余るかもしれない」


 C偵察隊の旗艦、戦艦『土佐』。司令である神明は海図台を見下ろす。


「どうでしょうか」


 先任参謀の諏訪 将治少佐は首をわずかに傾けた。


「我が特破の精鋭潜水艦ならば、単独でもこれくらいの敵は始末できますよ」


 フレンチフリゲート礁。北西ハワイ諸島最大の環礁であり、ホノルルから北西約487海里の位置にある。名前は、フランスの探検家の2隻のフリゲートが浅瀬を航行しようとしてそれを失いかけたことに由来するらしい。


「K作戦は中止されたが、まあ、ここまできたんだ。後は我々で引き継ごうではないか」


 神明は命じる。


「『早岐』の水上機部隊を発進させ、フレンチフリゲートの米部隊を叩け」

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― 新着の感想 ―
あの源田実が本当にこんなアホなことを打ち合わせの席上で言い放ったのなら、やはり史実通りこの作戦の先行きは真っ暗? 作戦実施までの日数に余裕がないせいか、間に合わない部隊がちらほらあるし、現にアメリカの…
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