27話 アメリ(4)
(あの人たちは何を言っているの? ルシアン王子がどうして?)
アメリは耳を疑った。
「母上は毎週時間をとって不出来なフェリシアを指導しているのだ」
ルシアン王子は婚約者フェリシアを「不出来」と批判していた。
「母上は二年前からフェリシアに直々に王妃教育を施しているのだ。だがフェリシアは物覚えが悪いらしくてな。まだ王妃教育を続けている」
ルシアン王子のフェリシア批判に、ラルベル公爵令嬢を始めとした令嬢たちが嬉々として相槌を打っていた。
「二年も?!」
「王妃教育とはそんなに大変なものなのですか?!」
令嬢たちの質問にルシアン王子は尊大な態度で答えた。
「フェリシアの出来が悪いだけだ。母上も、父上とご結婚される前に王妃教育を受けたそうだが、母上は一カ月で終わらせたそうだ」
「まあ!」
「王妃様はご優秀でいらしたのですね」
「王妃様が一カ月で修了した王妃教育を、フェリシア様は二年も続けていらっしゃるの?」
「フェリシア様はどれだけ物覚えが悪いのでしょう」
ルシアン王子は令嬢たちの言葉に満足そうに頷いた。
「まったくだ。母上のご負担を減らすためにも、フェリシアとの婚約は解消したほうが良いと私は思っているのだが……」
(不出来なルシアン殿下の補佐をするためにフェリシア様が王太子妃に抜擢されたのではないの?!)
アメリは混乱した。
ルシアン王子たちの会話は、アメリが推測していたことと矛盾していた。
(令嬢たちはともかく、フェリシア様の婚約者であるルシアン殿下が、どうしてフェリシア様の能力をご存知ではないの?!)
世界の矛盾にアメリは巨大な疑問符を浮かべた。
(フェリシア様の才能が知られていないなら、どうしてフェリシア様は王太子妃に抜擢されたのかしら。……フェリシア様は前回の試験で首席だったのに、王家にフェリシア様の才能が知られていないというのもおかしな話だけれど……)
アメリは学院から帰宅すると、社交界を知る祖父母に聞いてみることにした。
「お爺様、お婆様、お尋ねしたいことがあるのです」
アメリの実の祖父母エルマン伯爵夫妻は、アメリを養女としていたので養父母でもある。
「モンフォール公爵令嬢フェリシア様は、どうしてルシアン王子殿下の妃に選ばれたのですか?」
「公爵家の娘だからだろう」
祖父エルマン伯爵は即答した。
「いくつかある公爵家の中でモンフォール公爵家が一番無難だったからでしょうね」
祖母エルマン伯爵夫人は少し思案気にして言った。
「公爵たちはクセのある人が揃っているけれど、中でもモンフォール公爵は御しやすいと思ったのではないかしら」
祖母のその言葉に、祖父も頷いた。
「たしかに今のモンフォール公爵は凡庸だな。先代は切れ者だったが、今のモンフォール公爵は凡庸だ。御しやすかろう」
「フェリシア様は凡庸な公爵家の娘だから王太子妃に選ばれたのですか。才能があるからではなく?」
「そうだろうよ。アメリは知らないだろうが、国王陛下と王妃様は昔、ヴェルニエ公爵夫人と色々とあって仲が悪いのだ。王家は今でもヴェルニエ公爵家の派閥とは不仲だ。だから王子の妃には、家格が高く尚且つ無難な相手を選んだのだろう」
「モンフォール公爵は平凡だけれど、娘さんはとってもご優秀らしいわね」
祖母は社交界での噂をアメリに聞かせてくれた。
「モンフォール公爵令嬢は学院の試験で一番だったんですってね。とってもご優秀だと話題になっていたわ」
「学院の生徒の成績が、社交界で話題になるのですか?」
「ルシアン王子殿下が素晴らしい政策を打ち出していらっしゃるから、学院の試験ではさぞかし素晴らしい成績をお取りになるに違いないと、今年の学院の試験には皆様が注目していらしたのよ」
「なるほど……」
「ルシアン殿下の成績は今一つだったようだけれど……。ご婚約者のフェリシア様が一位でいらっしゃってその話題で持ち切りだったの」
そして祖母は少し得意そうな笑顔でアメリに言った。
「アメリが四位だったことも社交界の大勢の方々がご存知よ。並みいる高位貴族の令息たちを蹴散らして、伯爵家の娘が四位になったのですもの。大変な快挙だと皆様がアメリを賞賛なさっておいでよ。アメリのおかげで鼻が高いわ」
祖母の自慢話に、祖父も大喜びで相槌を打った。
「うむ。アメリは天才少女だからな。はっはっは!」
「今回アメリは三位だったのでしょう。ますます鼻が高いわ」
「アメリは我がエルマン伯爵家の誇りだな」
(今回フェリシア様が成績を落とされたことも直に社交界に広まるのかしら。成績が良いほうが社交界では評判が良いようだから、成績を落としたらフェリシア様の評判も落ちてしまう気がするけれど……。あえて成績を落とすことの利益が何かあるのかしら)
祖父母から話を聞いて、アメリはますます解らなくなった。
(フェリシア様は成績を落とされたことについて、諸事情でとおっしゃっていたから、必ず何かの理由があるはず……)
その後の試験でもフェリシアは実力を発揮することはなかった。
フェリシアはいつも学院では一人で自主学習をしていたので、勉強をしていないわけではない。
だが試験ではいつも実力を出さなかった。
アメリはフェリシアの行動に疑問を抱いたままで、一年余りの時を過ごすこととなった。
だが一年ほどが経過した、ある日……。
「セリーヌ様は王妃教育をご存知ないでしょうけれど」
フェリシアがセリーヌに言い放ったその言葉で、謎は解けた。
「ルシアン殿下の妃となるならば、ルシアン殿下の成績を超えてはいけないと、王妃様から言われているのです」
(はい?!)
「ですから私はルシアン殿下の成績に合わせて下げているのですわ」
(なるほど!)
それは試験結果の発表の日だった。
ラルベル公爵令嬢セリーヌとガイヤール辺境伯令嬢ブランシュが、フェリシアにつっかかっている現場をアメリは目撃した。
そしてその場でフェリシアは言った。
アメリが長い間抱えていた謎の答えを。
「王妃様とルシアン殿下は、私の案を流用なさっているのです!」
ずっとアメリの頭を悶々とさせていた謎が、そのとき全て解き明かされた。
(そういうことだったのね)
謎が解けて、アメリは爽快な気分になった。




