24話 アメリ(1)
王立貴族学院のお昼の休憩時間。
「アメリ様、少しお時間をいただきたいの」
昼食の後、アメリ・エルマンは学院のカフェテラスで友人たちとくつろいでいた。
そのアメリ達のテーブルに来て、そう声を掛けた女生徒がいた。
声を掛けて来たのは新しく王太子の婚約者となったラルベル公爵令嬢セリーヌ。
セリーヌの後ろにはガイヤール辺境伯令嬢ブランシュが控えている。
二人とも顔色が優れない。
「私たちのテーブルに来てくださる?」
「はい」
アメリは笑顔で答えると席を立ち、セリーヌたちの後に付いて別のテーブルに移動した。
(フェリシア様のことね)
アメリにはセリーヌの話の内容が予想できた。
それまでセリーヌは学院では女王のように振る舞っていて、ルシアン王子の婚約者だったモンフォール公爵令嬢フェリシアを声高に批判していた。
そしてセリーヌはフェリシアを蹴落とし、ルシアン王子の婚約者となってますます勢いを盛んにした。
しかし……。
その後すぐに、セリーヌは顔色が悪くなった。
(今までフェリシア様の試験結果の順位が低かったことをあげつらって、セリーヌ様はフェリシア様を不出来な令嬢と批判していたものね)
アメリは内心で苦笑した。
(一学年の最初の試験で、フェリシア様の実力は、解る者には解っていたというのに。解らない人たちにはそれが見えないから、解らないのよね)
◆
アメリは元平民で、商家の生まれだ。
商家といっても、そのへんの男爵や子爵よりよほど裕福な大商人の家だ。
上位貴族に遜色のない財産家で、アメリの母は元伯爵令嬢だった。
「て、て、天才!」
文字を習い始めた兄の真似をして、アメリは三歳のときに文字を書いた。
アメリが文字を書いたのを見た乳母が「お嬢様は天才です!」と大騒ぎをした。
両親も「アメリは天才だ!」「天才よ!」と大騒ぎをして、このことは祖父母たちにも伝わった。
そして両親と祖父母たちは、アメリの教育と進路について真剣に夢を語り合った。
「この子は天才だ。大発見をして偉い学者になるかもしれん」
「大臣を狙えるかもしれん。資金援助なら私に任せろ!」
「学者になるにも大臣になるにも、まずは大学へ行かねばならん。大学を目指すなら学院の卒業資格が必要だ。良い学院を選んでやらねば」
「女の子が通える学院で一番レベルが高いのは王立貴族学院だろう。私の養女にしよう」
母方の祖父エイデン伯爵は目を輝かせて夢を語った。
「伯爵家の娘になれば王立貴族学院に入学できる。そして大学に進学し、首席で大学を卒業し、初の女性大臣となるのだ! アメリほどの天才少女なら大臣も夢ではない! もしかしたら宰相にもなれるかもしれん!」
夢いっぱいの両親や祖父母たちの意向で、アメリは母方の祖父エイデン伯爵の養女となった。
そしてアメリは十五歳になるとエイデン伯爵家の娘として王立貴族学院に入学した。
(貴族にだって負けないわ)
上位貴族の子供は、幼い頃から最高の教育を受けているとアメリは聞いていた。
特に権威のある王族や公爵家ともなると、子供の教育のために、高名な学者を講師として招くのだという。
期せずしてアメリと同じ学年に、王子と公爵家の子女たちがいた。
(教育環境では負けているかもしれない。でも私には頭がある)
アメリは勉強が得意で、自分は優秀だという自信があった。
そして、待ちに待った最初の試験。
(簡単だわ)
最初の試験は、公用語の筆記試験だった。
この公用語の単語の意味を書けという、拍子抜けするような簡単な問題から始まっていた。
どれも授業で出て来た単語なので簡単だった。
そのあとに文章を翻訳する問題が続いていたが、それも授業で習った文章だったので簡単だった。
しかし……。
(何これ……)
最後の二問が難問だった。
(こんなの授業で習っていない……)
経済について母国語で書かれた文章が提示され、それを公用語に翻訳せよという問題だった。
しかし文章中の経済用語をアメリは知らなかった。
(『資金援助』なんて単語は知らない……。『お金をあげて助けた』と書けば意味は通じるから少しは点数が貰えるかしら)
アメリは知らない単語は、知っている単語を組み合わせた文章に置き換えて回答した。
そしてその次は、最後の問題。
最後の問題は、公用語で書かれている文章を母国語に翻訳する問題だった。
(さっぱり解らない……)
それは『宰相』と『学者』の二人の会話文だった。
宰相と学者がおそらく国政に関して話し合っているのだろうことは、知っている単語の部分から推測できたが、知らない単語が多すぎた。
(解らない部分は推測で書くしかないけれど……)
推測で書くにしても、この会話は政治経済の専門家同士の会話文だ。
専門的すぎて推測も容易ではない。
(この問題を正解できる人っているの?)
アメリはこの公用語の試験は、最後の二問を除いては完璧に回答できた。
他の教科の試験も、公用語の試験と出題方式は同じだった。
最初は基本問題、それから授業で習った範囲の応用問題、そして最後の二問あるいは三問がとんでもない難問という構成の試験だ。
(生徒が簡単に満点をとれないように調整しているのかしら)
そして各教科の試験が終わり、成績順位が発表された。
アメリは学年四位だった。
(……!)
そして一位は、公爵令嬢フェリシア・モンフォール。
(女子に……負けた……?)
最高の教育を受けている高位貴族の子弟の中に、優秀な頭脳と勤勉さとを兼ね備えている者がいたら、負ける可能性もあるかもしれないとアメリは考えていた。
だがアメリの上を行く者は、家の跡継ぎや重鎮の息子だと思っていた。
まさか女子に負けるとは思っていなかった。
(何、あの点数……)
当然ながら同じ内容の試験を受けていたアメリは、フェリシアの点数に驚嘆した。
(公用語が満点……?)
あの試験で満点をとれるなど只者ではない。
とんでもなく博識な秀才だ。
だが次の瞬間に、信じられる推測が浮かんだ。
(王太子の婚約者である公爵令嬢に、教師が忖度した?)
そう考えればフェリシアが一位であることは納得だ。
しかしそれなら最も身分の高いルシアン王子が、最も忖度されて一位になるはずだが……。
(ルシアン王子殿下は九十位。解せない……)
高名な学者たちを講師として、国中の誰より最高の教育を受けているはずのルシアン王子が九十位というのも別の意味で解せない。
得点から推測するに、ルシアン王子は授業で受けたことの半分も理解していないことになる。
(ルシアン殿下が不出来だから、王子の補佐ができる優秀な令嬢を婚約者に据えたの? だとすればあの成績は本物? でもあの成績が実力だとしたらとんでもない才女ということになる……)
アメリはフェリシアに興味を持った。
(フェリシア様とお話してみたい。彼女が本当に優秀なのかどうか確かめたい)




