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真理はどこに

 人もまばらな茶屋で、ミーセスはアルベルトへの興味から、その背後に身を隠す様に座っているユリアーナへと視線を移した。

 そしてアルベルトは、構っていられないと席を立とうとした。


「お前、目ぇ付けられてるぞ」


 先程とは打って変わって、武人の顔をしているミーセス。

 アルベルトはその顔に、懐かしさを覚えた。


 裏切りミーセス。


 その異名が付いたのは、エルセンティアの第1王子と第3王子の継承権を巡った内紛からだった。


 騎士団は王族に忠誠を誓った貴族を長とした、平民混成の組織である。当然、第1王子を護衛対象とし、第3王子が挙兵した時点で討つべき敵と見なされた。


 しかし——


『我が第2騎士団は第3王子に加勢する』


 長の言葉は絶対。

 規律を守らねば組織形態が瓦解し、どんな作戦とて上手くは行かない。

 それは武力を国の守りとする者達なら、当然の理解だった。


 しかし、その長が第3王子を支持すると言った。


 志は立派だが、どうにも彼等が成功する様には見えなかった。

 だからこそ、ミーセスの命に皆が目を見開いた。


 結局、数人の隊員を除いて皆討ち死にした。


 国を裏切った『裏切り者達』。

 それが第2騎士団に付けられた名前となった。


 何故あの時ミーセスが第3王子に付いたのか。

 そんな事を聞いた時、彼の表情は今見せている物と同じだった。


「お前の運び荷……とんでもない奴に目を付けられてるぞ」


「……それは当然だ」


「誰だよ買い手」


「イシャバーム宰相閣下だ」


「はぁぁぁ……なるっほどなぁー」


 まるで、「助けようと思っていたのに、それは不要か」とでも言いたげに、背もたれにドカッと座り込んだミーセス。


 幾つもの対策を考えていたアルベルトは、焦る様な顔を見せる事も無くユリアーナの腕を掴んで立たせた。


「もういいか?」


「あぁ……会えて良かったよ、アルベルト」


「じゃあ、俺達は行く」


「……あの選択をした理由は、あったんだ」


 何の?


 と、アルベルトは聞かなかった。

 大方、過去の傷に対しての言い訳なのだろう。

 だがそんな事は今更で、アルベルトにとって過去は壊された時計。触れる事も、元に戻すことも出来ない物。


 だからこそ、仕舞い込んだ心の片隅に目を向けるつもりはなかった。


「なぁアルベルト。俺は街の東外れで《リリク》って店をやってる……何かあったら声を掛けてくれ。旅をするなら、知っておいた方がいい情報がある」


 アルベルトは振り向かず、肩越しにミーセスを見た。

 そこには、先程見せていた様な軽薄な顔ではなかった。

 鋭く、厳しく、腹を括った人間の顔。


「分かった。何かあれば頼らせてもらおう」


「あぁ。待ってるよ」




   ◇ ◇ ◇





 全く、時間ばかり奪われる。

 さっさとレークイスに入って、早くカッカドールへ向かいたいのに。


 アルベルトの計画では、レークイスを発った後、東回りで農業大国カッカドールへ向かう予定であった。

 そこで商売でも始めようか——そう思っていた。


「なぁ、アルおじさん」


「何だ」


「さっきのおじさんは、友達か?」


「……いや……」


「?」


 怒っている訳でも、悲しんでいる訳でもない。

 けれど良い気分では無い事が分かる表情に、ユリアーナはアルベルトの背中をそっと摩った。


「何をしてる」


「なんか……苦しそう」


「苦しくはない。ただ、鏡を見た気分なだけだ……さぁ行こう。俺達が自由になるには、まだ乗り越えねばならん事が多い」


 意を決した様な、遠くを見つめるアルベルトの顔。

 ユリアーナを映していないその表情には、次第に深い皺が刻まれていった。


「なぁアルおじさん」


「……」


 目深に被ったフードの中から、アルベルトはユリアーナを見下ろした。

 そこには、指で顔中を引っ張って変顔をしているユリアーナが居た。


「うーうぇういーへうはろー」


「……行くぞ」


 何がしたいんだ。

 そうアルベルトは溜息を吐いてユリアーナに背を向け、歩き出す。


 けれど、着いてこないユリアーナに気付いて振り向いた。


「ユリアーナ?」


「……」


「どうした」


「アルおじさん。嫌だよ」


「何が嫌なんだ」


「なんか……さっきのアルおじさん……僕の村を襲った兵隊みたいな顔してた……なんか嫌だ」


 ミーセスに会った所為で、燻された過去に引き摺られていた。

 アルベルトは前を向いて、呟いた。


「……そうか。だが、俺は兵士になど——二度とならん」


 何が正しくて、何が間違いだったのか。

 未だにアルベルトは見つけられずにいる。


 ミーセスの所為で妻子を失ったのか。

 ミーセスが正しかった所為で、失ったのか。


 どこかにある“真理”を探すことを、まだアルベルトは出来ずにいる。





▶︎次話 吹っかけ、得を示して元手を得る






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