悪縁との邂逅 1
サザンガードに入った二人は、まず宿を取った。張り詰めた緊張が一気に解け、アルベルトが荷を降ろすと、ユリアーナが抱きついてきた。
「な、なぁ! 大丈夫なのか? あれって大丈夫なやつか?」
「よく頑張った。もう……大丈夫だろう」
言い切らないアルベルトに、ユリアーナは顔を上げたが、ほっとしているその穏やかな顔に息を吐いた。
「ほーーっ……殺されると思った」
「実際、危なかった……まさかガルフェウス殿が出てくるとは」
「知り合い?」
「いや……イシャバームの間諜としてレークイスに入った、イルシャム様の元従者だ」
「え? 何であそこにいたの?」
「分からん。だが、寝返った……と見るべきだろうな」
「それってヤバいんじゃないのか? だって僕、あの女男に買われることになってんだろ?」
「あぁ。だが――見逃された。単にアルシャバーシャ様との繋ぎとして見逃されたのかもしれんが」
「えぇぇ……それってまた僕たち、あの女男に会わないと駄目ってこと?」
「報告はせねばならん。だが会いに行くつもりはない」
そう言ったアルベルトの顔は、不安や恐怖ではなく、何かを訝しむ顔だった。これ以上は聞いても理解できないし、アルベルトも説明しないだろうと、ユリアーナは布団に腰を下ろした。
「あ……ふっ」
しぱしぱと瞬きをするユリアーナ。アルベルトは部屋の浴室にシャワーがあるのを確認して声をかけた。
「ユリアーナ。シャワーがある、汚れを……」
浴室から顔を出したアルベルトは、床に板を一枚敷いて、その上に敷かれただけのベッドに倒れるようにして眠っていた。
「強行したからな……それに、本当によく耐えた」
眠るユリアーナのブーツとポンチョなどを脱がせ、下着姿のまま上掛け布団を被せてやった。
布団を被せた胸元に、ポン、と手を置きそうになって、アルベルトの手が止まった。
ほんの少し、守ってやりたいと思った。
けれど、それ以上は分からなかった。
娘……父親。
どんな触れ合いが、どこまでが自然なのか。
死んだ娘にしてやれたのは、たった数回の抱擁だけ。
その先は知らない。
だから今、何をすればいいかも分からない。
何が“してやりたい”ことなのかも分からない。
……まずは、弟子として育てるべきか。
だが今日一日位は、ゆっくりと休もう……明日からはまた別だろうからな。
そうアルベルトは納得すると、浴室に向かった。
* * *
翌日、夕方近くまで寝ていた二人は、宿屋で料理を注文し、部屋でその日初めての食事をしていた。
「んぐっ、むぐっ、ぷはっ! で? ごくっごくっ」
「……お前に記憶という物は無いのか」
「え? ……むしゃむしゃっ、ごくっ」
頬をパンパンに膨らませ、口元や手元はベタベタ。食べカスが辺りに散乱している。アルベルトは溜息を吐きながら、ナプキンをユリアーナの手元に投げた。
「…今のお前では、商売相手の前になど永遠に出せないぞ」
その言葉にユリアーナはポカンとした顔をしたが、イシャバームにて「マナーがなっていなければ連れては行けない」と言われたことを思い出し、慌てて口の中の物を飲み込んだ。
「わっ、分かってる!」
そして口元、手元を拭ってテーブルを拭くと、それを畳み、そっと端に寄せた。
「……はぁ……」
溜息ひとつにユリアーナはビクリと震えて、上目遣いでアルベルトを見た。そんなユリアーナに、自然と手が頭に向かう。
「そうだ。食い方は、そいつの為人、過去、関わってきた者が表れる……ちゃんと気付けたな」
まるで犬畜生を可愛がっている気分だ。
だが、まぁ……こうやって育っていくのだろう。
俺たちは。
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