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トワの奏弦士  作者: 苫古。
◆第6章◆ 白い花の姫君
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01. 奏

 ――――大丈夫……。


 そう囁きながら自分を包んでくれる温もりに、凍りかけた心が溶かされていく。

 髪を梳いてくれる優しい手。

 堅く閉じていた瞼をそっと開き、彼を見上げた。

「――――無事で良かった……」

 マーセルの頬に張り付いた髪をそっと払いながら、小さな声でそう言うと、ルカイスは夜色の瞳を緩めた。

 その微笑に、さっきまでのものとは違う涙が溢れ出す。

「……ったよ……怖かったっ………」

 やっと、口にすることが出来た言葉。

 うん、と頷き、ルカイスはさらに彼女を深く抱き直す。冷え切った背中に触れる、彼の腕が温かい。

 安堵を伝えるように、マーセルもルカイスの背中に両手を回した。




 ■ □ ■ □ ■




『―――どうして? 何で、いつも貴女だけ……』


 荒れ狂った力が徐々に収まりゆく中、風に乗った女の呟きがマーセルの耳に届いた。

 実体を持たない不揃いな髪は、風になびくことがない。乱れた髪の影から、女は―――レイファーナは空虚な視線を、マーセルとルカイスに注いでいた。

 その切ない、儚げな視線。

 でもその目には、涙は無い。


 ――――涙を流すことは、優しいことの証なの?


 夢の中で繰り返された、幼い問い。

 思い起こされたその声と、いま目の前で佇む女の姿が重なり、マーセルは胸に締め付けられるような痛みを覚えた。


『――――――姉さま!』


 不意に、声が響いた。

 同時に、ルカイスの膝元で白銀の光が弾ける。

 床に転がった二体の天使像。

 そのうち、あの悲しげな表情をした像から、光とともに女の姿が浮き上がった。

 白い古風な衣装を纏い、その胸元で祈るように指を組んだ若い娘。腰より長い栗色の髪と紺碧の双眸、その繊細で美しい顔立ちは―――まるで、レイファーナを鏡で映し取ったかのよう。

 虚無に囚われていたレイファーナの瞳が、瞬時に狂気を宿す。


『ラティカナぁあぁあァ―――!!』


 憎悪の声音が、自らの片割れの名を引き裂くように轟いた。

 白皙の美貌を歪ませたレイファーナの周囲に、空間の揺らぎが生じる。それは弱まったマーセルの力をも呑み込み、衝撃波となって押し寄せ、襲い掛かる。

「僕から離れるな!」

 腕の中に居た少女を背に引き寄せ、ルカイスは左手で素早く空を切り裂いた。

 胎動するような光を放ち、目の前に展開したのは―――白銀の壁。

(――――え?)

 錬祈とは異なるその輝きに、マーセルは目を奪われた。

 それは、先ほどマーセルが咄嗟に生み出した、見たことのない輝跡と、類を共にするもの。


『いやぁあぁッ!』


 自らを護る光の盾に魅入ったマーセルの耳朶を、ラティカナの悲鳴が劈く。眼前で、直撃を免れなかったラティカナの身体が波に打ち弾かれ、床に激しく叩き付けられた。

 実体を持たないはずの、幻影のごとき一対の乙女。

 苦しみ悶える妹に、恍惚とした狂気で笑みを飾る姉は、それでもまだ足りないというように、新たな刃を翳す。

 だが、それに先んじ、

「――――させないっ!」

 複雑な印を組んだ両手を、ルカイスがレイファーナに突き向けた。

 ……そのとき、全身で感じ取った重層なる響きを、どう言い表せばいいだろう。




 ―――――〈世界(トワ)〉の、弦の奏。




 ルカイスがそれを爪弾いた瞬間、マーセルのもとに、神の領域が下りた。

〈幻視の構造物〉。

 酔ってしまうくらいにそれを揺らした幾重もに響く低音が、新たな何かを生み出そうと、領域の表層を組み換えていく。

 無秩序に、夥しい量の薄い硝子の破片を割るような、それでいて、危うい麗々しさで調律された音色。

 魂をも振るわし崩し、梳き癒す旋律。


 それらが象り為した、この世に在らざる白銀の―――文様羅列の帯。


 少年の指先から描き出されたそれは宙を舞い奔り、狂気に駆られた娘の、その病み堕ちた身体を戒めた。



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