06. 温度
肌が粟立つ。
自分ではない誰かが、〈世界〉を奏でた。
だが、その音色は、決して良いものではない。
初めての力の発現。その奏者は、おそらく……。
「―――ダメだっ!」
逃げ惑う人々を掻き分け、ようやく、ルカイスは〈華鏡〉の間の前に立った。
人の悲鳴と、落石の騒音。
―――その中に、確かに感じる彼女の気配。
白銀と疾風の嵐で混乱をきたす儀式の間を前にし、躊躇うことなく、ルカイスはその中に身を投じた。
左手で空を裂き、荒れ狂った世界を調律する。無秩序に駆け巡る白銀とは異なる、理性を持った白銀がルカイスを中心に閃き、彼に向かって襲い来る風の脅威を退け始めた。
防ぎ切れない風に晒された傷の痛みに顔を歪めながらも、広間を走る。
時折崩れ落ちくる、削られた壁面の残骸を払いながら、ルカイスは舌打ちした。
大神殿は強固な建築物ではあるが、何分古い。このまま力の暴走が続けば、どうなるかは明らかだ。
手の中の石像が鳴く。
己の、魂の片割れを求めて。
唯一の導き。
像が示す、眼には映らぬ路を駆け抜け祭壇に辿り着いたルカイスは、彼自身が求めた姿をその目で捕え、安堵とも戦慄とも云われぬもので背筋を震わせた。
力の限り、名を呼ぶ。
「マーセル――――――……ッ!」
祭壇の中央。
暴走する力の中心に、彼女はいた。
浅くなった泉に浸ったまま蹲り、耳を塞いで泣きじゃくっている姿。幼い日の自分をそこに重ね、ルカイスは言い知れぬ痛みと焦燥に胸を突かれた。
忘れえぬ痛み。
それを救い、癒してくれたのは、この少女――――なのに……、その彼女が今、昔の自分と同じ傷を負い、涙を流している。
それがルカイスには堪らなく辛く、そして、悔しかった。
「……マーセル」
もう一度、静かに名を呼び、彼女に歩み寄る。
マーセルはびくりと肩を震わせ、拒むように、耳を塞ぐ手に力を込めた。
彼女の前に膝をつき、その肩に触れる。
――――小刻みに震える、冷え切った細い肩。
ルカイスは、その凍えた肢体を躊躇いなく引き寄せ、抱き締めた。
濡れ細った彼女の身体は、今にも壊れてしまいそうなほどに儚い。押しつけられたマーセルの頬、体温とは裏腹に熱を持つ涙が、ルカイスの肩口を静かに濡らす。
……その温かさが、堪らなく愛おしい。
込み上げるその想いに押されるように、ルカイスは彼女を抱く腕に力を込めた。
濡れた栗色の髪に頬を寄せ、少女の耳に、そっと囁く。
「――――僕がいるから。絶対、一緒にいる。だから、大丈夫だ。大丈夫だよ……マーセル」
君の居場所は、ちゃんとある。
■ □ ■ □ ■
―――――声が届いたのだろうか。
強張った少女の身体が、腕の中でゆっくりとけていく。
それを確かめながら、ルカイスは彼女の髪を優しく撫でた。




