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トワの奏弦士  作者: 苫古。
◆第5章◆ 白銀の奏
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05. 狂気の魔女

 透き通るような白銀の光と共に、夢の波が引いていく。


 星を内包した水が割れ、泉の外へ大量に散った。

 全身から力が抜け、浅くなった泉の底で、マーセルは膝をつく。

 濡れた髪と衣装が、肌に張り付いて重い。疲労で肩を上下させるマーセルは、咽ながら、なんとか飲み込んだ水を吐き出した。

 震える手で、頬に掛かる髪を払い除け、ユイシェルの姿を探す。

 碧髪の麗人たる少女は、泉の縁に倒れていた。ぐったりと横たわったその身体は、動く気配を見せない。

「誰か、誰かユイシェルを――!」

 一向に、誰もユイシェルを助けに来ないことを不信に思い、マーセルは周りの人間を見廻しながら叫ぶ。

 だが、それでも誰一人、ユイシェルの元へ駆け寄ろうとする者はない。

 それどころか――――――……、

「…………何?」

 その時初めて、マーセルは、周りの異様な空気に気が付いた。


 ――――白い視線。


 怯えるような……中には、嫌悪するような冷たい目を、マーセルに注ぐ神官(ドナク)たち。

 背筋が、凍る。

 寒さを感じるのは、水に濡れているせいだけじゃない。

 ポツリと、誰かが呟いた。


「―――――失敗作だ」


 沈黙の中に、痛いほど響いたその言葉。

 それに続き、他の神官たちの囁きが、さわさわと波打つように広がり始めた。

「〈狂気の魔女〉。……よもや、四聖家(フォン・ランス)神子姫(フェルマ)から出ようとは」

「おぞましいことよ……」


 〝おぞましい〟


 その言葉が自分のことを指しているのだと、一瞬、理解することが出来なかった。

 マーセルは立ち上がり、ぐるりと周りを見回す。おびただしい数の目は、その全てが嫌悪と侮蔑の冷淡な視線を返してきた。

 立っていられないほどの震えが、全身を襲う。

 ―――――怖い。

 マーセルの胸に、この場に来て初めて、恐怖という感情が湧き出した。

 先ほどまでは何も分からす、恐ろしいと思う余裕すらなかった。だが、今は……。


『―――ほら、みんな言っているわ。貴女にも聞こえるでしょう?』


 凍る、声。

 冷たい指先で首筋をなぞるようなその声に、マーセルは振り返った。

 倒れたままのユイシェルの身体。

 その隣に陽炎のように佇む、紅にまみれた白い衣装を身に纏い、不揃いな栗色の髪を揺らして嗤う女の姿。

 明らかに、現世のものとは異なる異質な存在感。

 その姿は、曇った硝子を通して見ているかのように、はっきりしない。

 それでも、彼女は確かに存在するモノとして、マーセルの眼の上で像を結んでいる。

 なのに、何故?

 他の誰一人として、女に目を向ける者はない。


〈―――――ありもしないものを目にし、声を耳にすることは、狂気の始まりである〉


 ふと、マーセルの脳裏に、そんな言い伝えが浮かんだ。


『皆、貴女のことを、何て言っているか分かる?』


 愉しそうに問う女の声。

 彼女の、その曇った姿の向こう側に立つのは――――――ルシア。

 ルシアとマーセルの視線が絡む。

 両手で口元を覆うルシアは、小さく息を呑むと、怯えたようにビクリと身体を震わせた。


『ほら、私だけじゃないわ。皆―――――――……』


 ――――――やめて。

 聴きたくない。

 神官たちのざわめきや、女の声を防ぐようにマーセルは耳を塞ぎ、その場に蹲る。

 しかし……、


「失敗作」

「汚らわしい」

「一族の汚点だ」

「早く、捕えて―――」



『――――貴女なんて、いらないのよ』



 少女の無駄な抵抗を嘲笑うかのような、宣告。

 女の言葉は、マーセルの頭に直接囁き掛け、その心を犯す。

 ドクリと身の内で波打つ、心音ではない、鼓動。

「―――――――もぉ、やめてぇえっ!!」

 壊れた叫び。

 瞬間、

 ひび割れた白銀の閃光が稲妻のように大気を走り、狂った風が儀式の間を満たした。



 自分の世界が、脆く崩れ逝く音を、マーセルは聴いた。


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