表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
トワの奏弦士  作者: 苫古。
◆第3章◆ 月と涙と壊れた鳥籠
32/57

04. 伝えの言

「失礼致します」

 

 礼を送り、ルシアはゴートガード家当主の執務室を後にした。

 ひっそりとした回廊に、夕日が差し込んでいた。

 随分と長い時間が経っていたらしい。

「……行かなきゃ」

 今日は祭典前の最終日。

 式典教育係の自分が、こんなに長い間席を外してしまったのだ。きっと他の神官(ドナク)たちが困っているだろう。

 ―――早く行かなければ。

 回廊を進む。

 行かければと足を運ぼうとする。

 だが、頭の中に残っている言葉が、それを阻む。


『―――君の方が、私より娘に親しい。君から、娘に伝えてくれ』


 主であり叔父でもあるアルザスが、姪である彼女に下した命。

「……なんで」

 堪らなくなって立ち止まる。

 ルシアは身体をぶつけるようにして、側の壁に寄りかかった。

「なんで、私なのよ……」

 自分で伝えればいい。

 あの娘の親は私じゃない。

 あの娘の本当の家族は私じゃない。


 あの人はずるい。

 いつもいつも、自分だけが逃げて。



「―――卑怯よ」







■ □ ■ □ ■ 






「ルカイスが屋敷に戻ることを華鏡姫(フェゼルマ)に伝えるよう、ルシアに命じたのですか」

「……ああ」

 窓から街を見下ろしながら、アルザスは答えた。

 夕暮れの光が薄れ、夜の闇が降り始めた街並みのあちらこちらで、暖かな明かりがぽつぽつと灯りゆく。

 目を閉じ、息をついたアルザスは、後ろに立つ青年に向き直った。

 当主たる彼に向かい、レーナスが(こうべ)を垂れる。

「お祝い申し上げます」

「……めでたい、か。そうなのだろうな」

 ルカイスが帰ってくる。もう、二度と屋敷から離れることはないだろう。

 ―――いや、違う。

 離れることが許されなくなるのだ。

 もう、二度と。

「あの時殺してしまった方が、あの子にとって良かったのやもしれぬな」

 そうすれば、こんな思いをさせることはなかった。

 ルカイスにも―――そして、娘にも。

 そんなアルザスの独白に、レーナスは片眉を吊り上げた。

「しかし、彼は今ここにいる。四聖家(フォン・ランス)の長の誰もが望む〈柱〉を手に入れたのはアルザス様、貴方です。それとも、他家が彼を手に入れ引き取ったなら、後はどうでもよかったのですか? 彼に居場所を与えたと満足できたのだと?」

「……手厳しいな、レーナス」

「後悔するのなら、なぜ連れ帰ることをお望みになったのです。彼が奥方と同様の道を歩むことになると、貴方はわかっていらっしゃったはずだ。……いや、違いますね。奥方と同じ運命を歩むことになるのは、ご令嬢の方だ。彼と結ばれることで、彼女は間違いなく――――」

「レーナス」

 アルザスは続くレーナスの言を遮り、彼をまっすぐに見据えた。

「―――レーナス、お前は世界から否定されたことがあるか? すべての存在から、あってはならないと拒絶された者を目にしたことはあるか?」

「……いいえ」 

「私は、二度ある」

 アルザスは思う。

「例え何度こんな思いを繰り返しても、後悔しても、再びあんな人間の前に立たされれば、きっと私は同じ選択をする」

 そう、それだけは絶対に変えられない。

 自らの言葉に怯えるように固く瞼を閉じたアルザスに、レーナスは温度のない微笑を浮かべた。

「貴方のその選択の意志が変わらないように、彼らがただの道具として消費される事実も、変わりはしません。―――決して。そして、御自分が使う側の、その当事者に当たるのだということも、しっかりと認識してください」

 拳の叩音が、部屋の空気を震わせた。

 打ち付けられたアルザスの手が、机の上で小刻みに震える。

「―――言葉が過ぎました。お許しください」

 引き際だと感じたレーナスは、退出の礼をとってドアに手をかけた。

 そこでふと、思い出したかのように部屋の主を振り返る。

「それと、私の婚約者を泣かせるのだけはやめていただけますか?」

「………」

「彼女に、ご自分の娘の死刑宣告を告げさせることも」

 そう言い残し、レーナスは部屋を去った。



 両手で額を抑えたアルザスの蒼い目から、一筋、涙が流れ落ちた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ