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トワの奏弦士  作者: 苫古。
◆第1章◆ 花とヨルの箱庭
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10. 山羊を狩りし者

 この夜が明ければ、祭典(フィア)まで、残すところあと一日。


 祭が近付くにつれ、街の夜は徐々に賑やかになり、宿という宿に旅人たちが溢れ始める。

 いつもは暇を持て余している小さな安宿の食堂にも、賑やかしい明かりと陽気なお客たちの声が一杯に満ちていた。




「う~ん、やっぱ、あっちの宿にすれば良かったかなあ?」

 赤い丸縁眼鏡が、立ち上る湯気で曇る。

 木製のスプーンを固く握り締めたまま、目の前の暖かな皿を見下ろす青年の顔は真剣そのものだ。

「この〈クズ野菜と魚のごった煮シチュー〉っていうのもまぁまぁだけど、あっちの〈キノコと野菜の激辛スープ〉ってのも気になってたんだよな………ん? 何だい、ヒース=クラウン。怖い顔して」

「……今日、一日街を歩いたけど、何も見つからなかったよね」

「何言ってるんだ! 中央通りの目ぼしい菓子屋と軽食屋は、ほぼ|舌〈した〉調べしたし。気のいい屋台のご店主から入手した情報を頼りに、ご年配のご婦人が経営なさっている人気パン屋にも行ったし?」

「………」  

「〈午後のおやつに☆一日三十個限定・チョコクリロール〉なる菓子パンの味を、忘れてしまったのか? チビッコや婦女子、はては甘党の中年紳士等との、血反吐を吐くような戦いを乗り越えて、その美味さを共に分かち合ったじゃないか!」

「僕にくれたのは、ほとんどチョコとクリームが入って無い部分だったんだけど」

 聞こえない振りをして、シチューにパンを浸す青年を、ヒース=クラウンは無表情に見つめる。少年は少し疲れの混ざった、低い声で言った。

「―――ウィード=セル。本当に分かってる?」


 ここが自分(ぼく)たちにとって、どれだけ危険な場所なのか。


「なんだよ。朝は見捨てて行くー、なんて言ってたクセに」

「うるさいよ」

 ぷいっと顔を背けるヒース=クラウンを、ウィード=セルはニヤニヤしながら見やる。

「わかってるさ。だから、こうやって一日観光したんだろう? お前が言ったんじゃないか。ここは場所が場所だから、今まで詳しく調査されたことは無いってね」

 どこまで真剣に捉えているのか、わからない台詞。

 無言のまま、不信さ満載の視線を返してきた相棒に、ウィード=セルは困ったような笑みを浮かべた。さすがに、少々悪ふざけが過ぎたかと反省したりもする。

「けどさ、ぶっちゃけ、ここを良く知っておくに越したことはないだろう? なんてったって、俺らは初めての〈生還者〉になるはずの人間だし?」

「観光は関係ないと思うけど」

「こんな所、滅多に来れるもんじゃないからね~。楽しんどかないと。―――で、姫からの連絡は? 何か言って来たりしてないのか?」

「まだ……――――あ、〈来た〉」

 そう呟くと、銀髪の少年は意識を集中するように目を閉じ、額に手を当てた。パンを口元に運びかけた手を止め、ウィード=セルも彼の方へ思わず身を乗り出す。

「なんだって?」

「『〈山羊〉を見つけた』ってさ」

「ホントか!」

「うん。でも――――――『亡骸を街の路地で確認。その後、消却…』」

 軽い驚き。

 ウィード=セルは小さく息を呑み込み、やがて静かに呟きを洩らした。


「……なんだ。べザスタの奴、死んだのか」




 

 ―――その男は、自分たちの〈世界〉に属する人間だった。


 だが、何かしらの欲に目が眩んだのだろう。

 ベザスタは〈外〉の人間と手を組み、数十人もの同胞を裏切り、死に至らしめるという大罪を犯した。

 裁きを下すよう命を受けた自分たちが、追手としてすぐさま差し向けられたが、仲間をも足留めの捨て駒にしたその男は、命からがらこの都へと逃げ込んだ。


 それは、ベザスタにとっても最悪の選択であったはずだ。

 彼が〈贖罪の山羊(スケープ・ゴート)〉として狩られるのは時間の問題。もし捕まれば、ベザスタの未来に、先は無い。

 追い詰められ、極限の状態で選んだ道だったのだろう。

 まあ、その選択でさえ、ウィード=セルたちに言わせれば、愚かとしか言いようがないのだが。


 ―――――聖都。


 そこに足を踏み入れることは、この千年間、最大の禁忌とされてきた。

 いや、足を踏み入れた同胞は数多く居る。ただ、彼らが一人として帰って来なかっただけだ。ベザスタの考え通り、通常ならここで追跡は終っていただろう。

 だが、べザスタは知っていただろうか?

 彼が殺めた数十人の中に、自分たちの世界―――〈森〉を統べる者の、その後継となるはずだった娘と、生まれたばかりの孫が含まれていたことを。




「手間が省けて、良かったね」

 何の感慨もない声音。

 銀の少年のそれには、言葉以上の意味は無かった。

 べザスタのような〈山羊〉―――罪人に対するヒース=クラウンの感情が、冷淡な傾向にあるのはいつものことだ。

 ―――だが、

「まあな」

 それは、ウィード=セルとて同じ。

 奴ごとき男に恵む同情は、一片もない。

 それに、ここで命を失ったことは、べザスタにとって幸運なことだったろう。

 もしも、彼が自分たちに捕えられ、依頼主である遺族の手に身柄を委ねられていたならば。おそらくは、ただ命を絶たれるより辛い、壮絶な報復が待っていたのであろうから。

「―――でも、なんで……」

 ウィード=セルはスプーンで皿の中身を掻き混ぜながら、思案するように目を細めた。


 べザスタの生を奪ったものは、何だ?


 今までこの都を侵そうとした者たちと、同じ末路を辿ってしまったというのはおかしい。もしも、彼の命を絶ったのがこの町の人間なのだとしたら、死体をそのまま路地に放置したりはしない。


 何故なら、ここの人間たちがウィード=セルたち一族に望むのは、ただの〈死〉ではなく、存在の〈抹消〉なのだから。


「『そちら両名を探したが見つからなかったため、現在、間抜け男(べザスタ)の足跡を捜査中』」

「おー、姫! さすがだねぇ。で?」

「『明日の夕刻までには調べて、報告を転送する』って」

「姫、天才!」

「それと、『か弱い乙女のわたくしが、春とはいえ寒い夜空の下、独り徹夜で仕事してるのだから、あなた方、宿屋でぬくぬく食事なんかしてたら、ブッッッッ殺しますわよ』だそうだけど」

「………」

「………」

 二人はそれぞれ、自分の手元に鎮座する温かな皿を、黙って見下ろした。

「―――さあ! 冷めないうちに食べろ? シチューは熱い方が美味いからねー」

「だよね」


 そう答えながら、ヒース=クラウンは大きなスプーンいっぱいに、ホクホクとしたシチューをすくって、口に運んだ。



 第1章、終了です! 

 ……えー、ヒロインとヒーローが一緒に出てきた場面が、一か所しかなかったような気がするのは、私と皆さんの錯覚ということで。ゴホ、ゴフンッ!


 次回は第2章に突入です。やっとです。

 初っ端から、初登場のおじさんたちに頑張って貰おうと思います。


【拍手をくださったお方へ】 

 ありがとうございましたーーーーッ!!! めちゃめちゃに励みになりますッ☆

 張り切って、この先も楽しんで頂けるように精進いたしますよッ!! どうぞ、お付き合いのほど、宜しくお願いいたします。



 ご意見・ご感想など、お待ちしております。

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