閑話:ドリアングルム・オックス・サンドリエ・オルタの憂鬱――①
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「ねぇ、ドリアン君」
もうその言葉だけで嫌な予感しかしない。
このお方からの無理難題は、ほぼほぼこの言葉から始まる。
こうやって名を呼ばれた時は逃げ出したい衝動にも駆られるのだがそんなことが許されるわけはなく、俺にできるのは内心面倒くさいと思っていることを悟られないように感情を押し殺して返事をすることだけ。
「はい、何でしょう」
「とくに何かってわけじゃないけど、ちょっと愚痴りたい気分になってねぇ~。ホント、嫌になっちゃうよねぇ~……次から次に色んなことが起こっちゃってさぁ、僕の仕事がドンドン増えるんだよねぇ。あそこのゴミ屋敷の件――いい感じに爆発してれるだけでよかったのに思った以上に面倒くさいのが出てきちゃうし、しかも何? あの事件の後に地震雷火事津波? しかも苦労葉が生えてくるなんて、そこの屋敷で留まってるからいいけど、周辺に散らかると困るから……面倒くさいから調査が終わったら、エクシィにお願いして屋敷ごと焼き払ってもらおうかなぁ?」
魔導具の明るい光に照らされキラキラと輝いて見える金色の前髪を気怠げに掻きあげながら、この国で最も高貴なお方――ディオラシス陛下が軽い口調で物騒なことを口にする。
確実に失言と取れる発言ではあるが、すでに一般的な役人の退勤時間を過ぎて窓の外はすっかり暗くなっている現在、陛下の執務室であるこの部屋にいるのは俺を含め腹心と呼ばれる数名だけ。
ピリピリと緊張感のある昼間の空気に比べれば随分とゆるぅ~い空気ではある。陛下だけが。
そして陛下の発言に、一部の者以外の表情が引き攣る。もちろん俺も引き攣る。
「僭越ながら、発言をお許し下さい」
ディオラシス陛下の発言に顔を引き攣らせなかった一部の者――陛下を挟んで俺と対極の位置にいるアルベルト・ドットリーナが、大真面目な顔で左手を挙げた。
本来ならば己より身分の高い者、その中でもやんごとなき方々に求められずしてこちらから意見するなど無礼にもなりかねないことなのだが、それでは仕事にならぬとディオラシス陛下の周囲では礼儀を弁えた上で下の者が上の者への意見をすること許されている。
とくにディオラシス陛下の母方の従兄弟であるアルベルトと、プルミリエ侯爵家という影響力の強い家門の後継者であるリュンクスは、陛下の側近の中で最も陛下に意見することの多い二人である。
その方向性は陛下の絶対的信者であるアルベルトと、陛下のツッコミ役……いや、雑用係……違うな、参謀的ポジションであるリュンクスとでは真逆なのだが。
そして今回は陛下信者のアルベルトからの意見。
「何だい、アルベルト? あのゴミ屋敷を燃やすのに良い案でもあるのかい?」
もうすでに燃やすことは決定なのかよ! アルベルト、超笑顔で不穏なことを考えているこのお方を何とか宥めてくれ!!
「はい、あの屋敷ごときアベ……エスクレントゥス殿下の手を煩わせずとも、俺がパパッと爆発して燃やしてきます。何よりあの屋敷の内部をよく知ってますので、隠し部屋も隠し通路も何から何まで木っ端微塵に綺麗さっぱり。ついでにお望みとあれば本家の方にも放火してきます」
やっぱそうだよなああああああ!! アルベルトは陛下信者だもんなあああああ!! ついでに実家であるドットリーナ公爵家のことがことが大っ嫌いだもんなぁああああ!!
期待した俺が甘かった。
いやいやいやいやいや、焼け野原にしてしまうのは楽そうではあるが、あんな家門でも一応ユーラティア王家の分家でこの国で最も力のある公爵家でユーラティア王国の多くの産業に携わり国内経済に大きな影響を持つ家門もあるので、いきなり爆発炎上で焼け野原はあちこちに悪影響も出てきてしまう。
というか安易に焼け野原計画は賛同ではなく止めるところだろ!?
「そうだね、アルベルトにお願いするのも悪くないね。でもアルベルトにはあの家を完全に叩き潰すまではスパイとして頑張ってほしいから、うっかりあそこの奴らに疑われないように実行犯はもうちょっと我慢してもらうつもり。そうだね、完全に叩き潰す時はエクシィと一緒にゴミ屋敷焼け野原作戦の陣頭指揮をしてもらうかな。きっとエクシィもあそこを燃やすとなると張り切ると思うし」
嫌な作戦計画ははめろおおおおおおおおお!!
わかる、わかるぞ!! あのゴミ屋敷焼却処分作戦が行われる暁には、アベルとアルベルトいうダブル猛獣の補佐役という名の保護者役が俺になるんだ!!
あーもうすでに嫌になってきた。そうなった時にさっさと吹き飛ばせるように、従兄弟の爆弾魔の兄ちゃんに頼んで、盛大に爆発して周辺にはあまり影響のなさそうな爆弾を分けてもらっておこうかな。
辺境の爆弾魔なんていう二つ名を持つバルダーナ兄ちゃんなら、きっと目的の範囲だけ綺麗に爆発炎上させる都合のいい爆弾くらい持ってそうだし。
「あそこもそうなんだけどんさー、リュン君が持って帰ってきた報告書――プルミリエ侯爵家に預けてる双子達のこと、ほっんと頭が痛くなるよ。何なのラピスラズリのスライムって……しかも何でスライムが聖者の石なんて産んじゃってるの……絶対に教会に絡まれるやつじゃん。でもあいつら、聖者の石を独占するために聖属性に高い適性を持っている者を強引に囲い込んでるからね。リオだって聖属性の適性が高すぎて教会が欲しそうにしてからね。うちじゃなかったら無理矢理教会に連れて行かれててもおかしくなかったよね。僕の母上はやったらリオの教会いきに乗り気だったけど」
あ……スライム……ラピスラズリのスライム……この夏の間プルミリエ侯爵領で過ごしていたヘリオス殿下が作り出したやっべースライム。
分厚すぎる報告書に途中で面倒くさくなって斜め読みしかしていないが、要約するとグランが関わって非常識スライムが爆誕してしまったということだった。
何がどうしてそこで混ざってしまったのか……分厚すぎる報告書に書いてありそうだが、結果は変わらないので斜め読みで終わらせた。
聖者の石とかいうとんでも魔石を生み出すスライムを作ってしまうなんて、さすがにスライム学者の道を進みたいというヘリオス殿下の希望を頭ごなしに否定するわけにはいかなくなったよなぁ。
しかもそれだけじゃなく、スライムゼリーを使った商品開発まで始めているし……これは確実にグランの入れ知恵の香りがする。
そしてラピスラズリのスライムも、グランの入れ知恵にヘリオス殿下の無邪気なやりすぎ飼育が混ざってあの結果なのだろう。身分と金にものをいわせた、高品質のラピスラズリという。
そうだよなぁ! ヘリオス殿下は、あのやんごとなき兄弟の中では比較的おとなしめの性格だが、やはりあの兄弟だもんなあああああ!!
未だ目覚めていない潜在能力に加え、どこかに非常識の素質を持っていても何もおかしくない!!
ヘリオス殿下といえば、聖属性の適性が非常に高いと聞いている。
それはバケモノじみた魔力と魔法のセンスと持っているアベルよりもだとか。
故にそのことが発覚した時、教会から相応の地位を約束された聖職者への打診があったとか。
その話は当時の正妃――つまりディオラシス陛下の母君が主導で進めようとしていたのだが、適性があれどそれが実際に開花するかどうかは不明であると側室であるヘリオス殿下とセレーナ殿下の母君とそのご実家が難色を示したためその話は白紙となった。
その後も教会から何度もアクションはあるようだが、ディオラシス陛下の代になってからは、ヘリオス殿下にその意思がないため教会からの申し入れは断り続けられている。
そりゃ本人はスライム学者を希望しているのだから、聖職者にはなりたくないよな。
それほどの聖属性への適性を持つヘリオス殿下が丹念に育てたスライム。
スライムに詳しくない俺ですら、スライムが周囲の影響を受けやすい生き物なのはよく知っている。
グランの入れ知恵に、ヘリオス殿下の聖属性があわさり……と思うと非常識合成が起こってもおかしくない気がした。
ま、スライムの件はディオラシス陛下の頭痛の種が増えただけだからあまり問題ないかぁ。
それよりもっと面倒くさそうな報告があるから。
「でさ、またセレの周りをウロウロしてる輩がいた話。いやぁ~、うちの護衛とかプルミリエ家の護衛が気付く前に赤毛君が気付いてくれたんだってぇ? うんうん、お陰で何事もなく終わってそいつらの身柄もしっかり確保できて取り調べ中~。きっつい契約魔法が掛けられてて、無理に解除すると記憶が消し飛びそうで難航してるけど。でさ、こっちの方の調査をドリアン君達に任せたいんだ」
ほらきたああああああああ!!
お読みいただき、ありがとうございました。




