閑話:侯爵家長男リュンクス・ロクス・ウィリディス・プルミリエの受難――③
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赤毛君については護衛対象でも監視対象でもなくもちろん敵性存在でもないため、護衛対象であるセレーナ殿下やエスクレントゥス殿下やうちの妹に危険が及ぶような珍妙な行動を起こさない限り、少し気にかけておく程度でも仕方ないとは思う。
しかしあのお方直属の隠密部なら赤毛君は要注意人物なことは周知されているはずで、そのことはプルミリエ侯爵家の隠密部にも伝えてはあるうえに彼らもすでに赤毛君の洗礼を受けているはずなんだよなぁ。
うちの護衛達は赤毛君がいなくなっていることすら気付いていないよね?
僕と一緒にこっそり隠れている護衛達はもちろん、妹達からも見える範囲にいる騎士達も。
というか騎士達はすでに目の前で繰り広げられている飯テロバーベキューと赤毛君の誘惑に堕ちてしまい、お裾分けを貰ってすっかり緩んでしまっている。
うちの護衛達は後で全員ちょっとお話会な。
一方僕やプルミリエ侯爵家の隠密護衛がいる場所より少し離れた場所にいる、あのお方が直接派遣した隠密護衛達はというとこちらも何も変わった様子はなく身じろぎすらせず気配を消した状態を保っている。
しかしその中で、リーダー格を含む古参の者だけは視線だけを落ち着くなく動かしている。
これは赤毛君の姿が気付いているようだな。さすがはあの非常識コンビに長年振り回され続けただけのことはある。
ただし視線の様子からすると赤毛君がいないことには気付いてはいるが、どこにいるかまでは気付いていないようだが。
気付いているだけうちの護衛達よりマシなのだが、セレーナ殿下やエスクレントゥス殿下のいる状態で要注意人物の赤毛君を見失ってしまうなんて、これは確実にあのお方に報告案件なんだよなぁ?
僕はというと――。
「赤毛くぅん、やっぱりうちで働かない? 今なら僕の直属の部下にしてあげるからさぁ」
もちろん気付いている。
一瞬見失ったが、彼がエスクレントゥス殿下と共に行動をするようになってから今までに上がってきた報告書の内容から彼の行動は予測済みである。
というか気質だけなら僕と似ているため、赤毛君の動きは比較的予想しやすい。違いがあるとしたら僕は常識側で彼は非常識側。
気質は似ているが重要な部分が対極すぎて同族嫌悪のようなものは全くなく、むしろ同質の者に対する親近感のようなものがある。
そしてまだ荒削りで磨けばこれから伸びる後輩のような、伸びれば良きライバルであり良き部下になりそうな。そしてあのやんとなき高湿度兄弟達に一矢報いる切り札になりそうな。
ぜひとも赤毛君と手を組みたい。
彼を利用するのではなく、共闘するために。
妹という非常識の塊を知っている僕はちゃんと理解している。
妹や赤毛君のような変人は駒のように利用しようとすると、予想外の行動とどうしてそこでそうなるかわからない偶然により必ずといっていいほどとばっちりを食らう。
だから駒ではなく、僕の下で自由に伸び伸び仕事をしてくれるような。
って思うけれど妹と同じタイプなら、きっと金や名誉よりも自分のやりたいことを選ぶタイプだろうな。
実際、かなり高待遇の勧誘を一度断られているし。
無理に引き込もうとすると、逃げようとして予想外の大騒動を起こしそうなのも妹からすでに学習済みである。
すごく欲しい人材ではあるが、それが難しいこともわかっている。だからこそ尚更欲しくなる。
そもそもエスクレントゥス殿下ががっちり囲いこんで周囲を威嚇しまくっていて、僕が手を出せそうにもないが非常に残念すぎる。
「あ、やっぱ気付いてました? さっすがプロぉ~!」
「一瞬見失ったけど、そこまで近付かれるとさすがに気付かないとねぇ? でもねぇ、そういうの困るんだよねぇ? 僕達は仕事でこっそり隠れてるんだからさ~、気付いてもせいぜい手を振るくらいにしておいてくれないかな? それと後ろからこっそり近付いてくると、敵だと思って攻撃しちゃうからもしれないからやっぱダメだよ」
僕達が潜んでいるのは、砂浜付近に設けられている防風林の木の上や木の陰。
僕は妹達がいる砂浜はもちろんのこと、プルミリエ侯爵家の護衛達も、あのお方が派遣している護衛達も、全員視界に入れることのできる高い木の上の方に陣取っていた。
そこでいつでも動き出せる体勢でアイリス達がバーベキューをしている方向に顔を向けたまま視線だけをチラリとそちらに動かすして声をかけると、僕がいる斜め後ろの木の上にいつの間にかいた赤毛がヘラリとした笑顔を浮かべポリポリと頭を掻いた。
困るんだよねぇ、そういうの。
こっちは隠れて仕事しているから見つけても空気を読んで欲しいし、こっそり後ろからくると敵だと思って攻撃しちゃうからねぇ。
無邪気で世間知らずな子供の頃はギリギリ許されていたかもしれないけれど、今はもういい大人でしょお?
それと、うちの護衛達もあのお方の派遣した護衛達もまさに今気付いたよね?
そこで動揺して身じろぎして気配を乱した奴は、後で僕が直々に補習授業して上げるから覚悟しとけよ。
「あ、すみません。隠れてるみたいなので、自分も隠れてみたく……じゃなくて、アベルやリリーさんに見つかりたくないのかなって? せっかくセレちゃんも楽しんでいるので、こっそりがいいかなって。ほら、アベルが気付いたら面倒くさいことになるでしょ? それと気付いてないふりをしてますけど、カリュオンにもバレてますよ。ま、カリュオンはご長寿系野生児なので仕方ないかもですが」
「そう言われるとそうだね――って、だったらわざわざここまで来る必要あった!? カリュオン君は、まぁ……仕方ないね。で、ここまで来たってことは何か用があったのかな?」
赤毛君の言い分に一理あるのだが、それこそわざわざ僕達の所に来る意味などない。
だがこれまでに読んだ数々の報告書の内容を、しっかりと記憶している僕はすでに気付いている。
赤毛君が隠密系の護衛達に対して起こす行動は、何かしら意味があるということに。遠くから気付いて無邪気に手を振っている時もあるが、近くまで寄ってきた時はほぼ確実に。
ただの非常識だと思っていると見落としてしまいがちな彼の奇行の意味。
彼の奇行や人当たりの良さは相手の懐に飛び込むための仮面、その仮面の下には他者に対する強い警戒心と鋭い観察眼を隠している。
そういうとこも僕と同じタイプ。
ヘラヘラとしている方が勝手に油断をして勝手に隙を作ってくれるから。
赤毛君はきっとたぶんおそらく、そういうタイプの人物だ。
だから今、僕達に近付いてきたのも何か理由が。
「用っていうか、ちょっと張り切って作りすぎちゃったのでお裾分け? ほら、さっきリリーさんのご実家でお昼ご飯をご馳走になったばかりで、みんな結構おなかパンパンなんですよね。手の空いた時に食べればと思いまして、焼いた肉を小分けにして包んできました。あ、この包んでいるのはですね、とある合金を紙のように薄っぺらく引き延ばしたもので、それにすごく軽い停滞効果が付与してある感じなので五時間くらいは温かいまま保つと思います。あ、籠は食べ終わったらリリーさんにでも預けておいてください」
「え? あ? うん? ありがとう」
金属のような光沢の紙のようだが紙ではなさそうなもので包まれている拳大の包みがこんもりと詰め込まれた籠を自称マジックバッグからスッと出して、ヒョイッとこちらの木に飛び移り超笑顔で僕の方に差ししてきた。
あまりにも滑らかな動きでごく自然に差し出された籠の中身から伝わってくる熱と、包みから漏れる肉と香辛料の香りが空きっ腹を刺激し仕事中であることを一瞬忘れてしまい反射的にその籠を受け取ってしまった。
いや、考えろ。
赤毛君の行動にはきっと意味がある。僕達の所にわざわざ差し入れを持ってきた意味が。
「あっちの人達はまた別の部隊の人? っていうか、あの人達は昔からアベルの周りにいた人達ですよね。ということは、お兄さんの周りの方はプルミリエ侯爵家の方でしたか。前は真っ黒で目立ってたんですけど、今回は迷彩だからすぐに見つけられませんでした。じゃ、あっちの方にも差し入れ持っていってきます!」
「う、うん。差し入れありがとう、仕事が終わったら頂くよ」
あのお方が派遣している護衛達の方をクルリと振り返る赤毛君。
その手には次の籠がすでに出てきている。中身は僕達が貰ったのと同じ銀色の包み。
やっぱ差し入れを持ってきただけ?
僕が深く考えすぎただけ?
「そういえば、あっちにいる人達はまだ新しい装備じゃないんですね。昼間に真っ黒はやっぱ目立つから、ずっと気になっちゃってて……あれだと鈍感アベルでもそのうち気付きそうだから教えてあげた方がいいですよねぇ? ほら、あそこの高台の麓のブッシュの中……西からの直射日光で明るいはずなのに、ブッシュの中に黒い塊が見えてすごく不自然なんですよね。気配は上位の魔物もびっくりなくらいに綺麗に消えてますけど、そこだけ残念すぎてもったいない」
「え?」
あの方の派遣している隠密護衛はもう随分前から、プルミリエ侯爵家の隠密護衛も今日護衛に参加している者は全員、赤毛君が以前いっていた黒よりも見つかりにくい迷彩柄の装備になっているはずだ。
つまりそれは――。
お読みいただき、ありがとうございました。




