閑話:侯爵家長男リュンクス・ロクス・ウィリディス・プルミリエの受難――②
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胃が痛い。
それはあのお方――ディオラシス陛下からの無茶振りによるオーバーワークと精神的疲労。
だけではなく、猛烈な空腹。
その原因は海岸で妹達が繰り広げている所業と、そこから漂ってくる香り。
セレーナ殿下の冒険者体験講習で郊外の海岸にきているはずだが、なんで唐突にバーベキューを始めたんだ?
もしかして冒険者の食事の講習か!? 馬鹿な! ただバーベキューがしたかっただけだろ!?
とても貴族女性がやるような、とくにセレーナ殿下を巻き込んでやるような食事スタイルではないのだが、冒険者式の食事といわれると間違いがないので止めにくい。
しかも傍にはエスクレントゥス殿下が冒険者のアベルとして一緒にいるので、絶対に出ていきたくない。
僕がプルミリエ侯爵家の隠密部隊とディオラシス陛下が派遣した王家の隠密部隊と共に、ここに潜んで彼らの様子を見ていることがエスクレントゥス殿下ばれると、確実に陰湿な嫌がらせをされるから。
ディオラシス陛下の異母弟であるエスクレントゥス殿下は、あのキンキラ金髪家系の中では珍しく母方譲りの銀髪で、生まれた時はあの血筋なのか疑われもしたが、成長した今となっては誰も疑うことがないくらいにディオラシス陛下にそっくり。
顔の造形もそうだが、粘着質で陰湿でひたすら面倒くさい性格と胡散臭い笑顔がとくに。
やんごとなき方々にバーベキュー形式で食事を振る舞うとかどうかと思うのだが、何でも見通す魔眼を持つというエスクレントゥス殿下がいるなら確実に安全。
そのエスクレントゥス殿下が、セレーナ殿下が口にしようとしているものを全て先に食べているから尚更間違いない。
身体強化を使い聴力を上げて会話を盗み聞けば、ツンツンした口調で妹が欲しがっているものを横取りして煽っているように見えるが、そういう演技をしながら自分が毒味役をしているのだ。
幼少の頃から毒を盛られる環境に置かれ自然と身に付いた毒耐性と、冒険者として活動しながら磨き上げた魔法技術を武器に。
僕は今、妹達が繰り広げている浜辺でバーベキューこと、セレーナ様の冒険者体験講習を遠くからこっそり見守っている。
そして僕は今、空腹で胃が痛い。
妹のやらかしオンパレードとあのお方の無茶振りですっかりアダマンタイトのように頑丈になった僕の胃だが、空腹という生理的デバフ状態で眺める浜辺のバーベキュー風景の攻撃力は高すぎた。
ただ肉を焼いているだけなら平気だった。
肉を焼いているのを見るくらいなら、高貴な方々の食事を見守ることに慣れている僕にはどうということはない。
だが、妹! それは何だ!?
何やら赤い中身の入った瓶を、手鍋で沸かした湯の中で温めはじめたと思ったら――こってりとした肉の脂と香辛料の香りが混ざる濃厚なトマトソースの臭いがっ!
そしてそれを使ったパスタを作っているぞおおおおおお!! これは、パスタを湯がくことができれば屋外でお手軽にパスタが食べられる瓶詰め携帯食だーーーーー!!
妹! 貴様、また新手の商品を開発しやがったな!? それを冒険者体験講習で何故か繰り広げられているバーベキューで披露しやがったな!?
いつの頃からだったろうか、妹――アイリス・リリー・プルミリエの奇行が始まったのは。
幼い頃は子供らしい我が儘が可愛らしい子だったのに、シュペおじの強面に驚いてすっ転んで頭をぶつけてからすっかり大人しく……は、なっていないな。
あの後から少し雰囲気が変わり、我が儘が減って妙に大人びた空気を出す時があるなと思っていたら、気付いた時にはプルミリエ侯爵家随一の変人になっていた。
そんな妹が奇抜なアイデアで、様々な物や事柄を考案しそれを商売に昇華、プルミリエ侯爵領を発信地として各地に新たな文化や習慣として広め根付かせていっているのは恐ろしいほどの才能だと認めている。
が、思いつきで何かを作り出している段階の行動がかなり奇抜で、それをプルミリエ侯爵家の本邸でやる。
使用人達の邪魔にならないようにと、使用人達が使っていない夜の厨房や夜の工房で。真夜中に独り言というか奇声を上げながら、時には異臭と爆発音を伴わせながら。
また時には、屋敷全体を包み込む勢いで真夜中に食べるには罪深い料理の香りを撒き散らしながら。
そういえば父と弟から、アイリスが最近また夜な夜な厨房に篭もって何かしら作っているってな。
そう、手紙にも書いてあったの思い出した――屋敷に様々な魔物の肉が届いたかと思うと、その夜から始まった飯テロ臭の話が!
これだ! きっとこれに違いない!
庶民でも手の届くお手軽価格、簡単で誰も、それでいて品質はそこそこ、一度買えばまた買いたくなって気付けばそれがあることが当たり前になっている。
うちの妹は、貴族が好きなやたら手が込んで希少価値の高い高級品ではなく、誰でも手にでき日常の一部になるものを好む傾向がある。
それを開発するための手間と投資は惜しまず、時にはプルミリエ侯爵である父すらドン引きするほどの手間と時間と金をかけることもあるが後に必ず莫大な利益を回収してくるから、もはや誰もアイリスを止められない。
瓶に入って湯で温めているということは、確実に携帯食。
漂ってくる腹の減る香りから察すると間違いなくアイリスの好きな、誰でも簡単、品質はそこそこ、一度買えばまた買いたくなる系携帯食。
そう考えると冒険者体験講習で売り込むのは大正解の行動である。
うちの妹は変人だが、金の稼ぎ方については非常に才能がある。
な の だ が 。
この光景とこのにおいは、空腹の僕に効く。
昨日いきなり言われて今朝転移魔法陣ですっとんで帰ってきて、どうせ実家に戻るなら実家で朝食を食べればいいやと思ったら、スライム王子と化したヘリオス殿下が何やら不穏なスライムを育てているという報告が。
何から何まで嫌な予感しかないので、朝食など後回しでいいと使用人からの聞き取り開始。
アイリスから直接聞くのが早いのだが、すでにヘリオス殿下のところにはエスクレントゥス殿下達が来て授業が開始されており、アイリスはその場の付き添い――という名の見張り役。
まぁ、アイリス自身が非常識の塊なので見張り役としてはどうかと思う。というか全く機能していない結果のこの報告である。
で、聞き取りした結果が聖なるスライムと聖者の石である。
いや……あの……その……何から何まで天文学規模の斜め上向きすぎて、思考が完全に停止した。
あ~……無理無理無理無理~……もうこれは、ただの侯爵家長男の手に負える話じゃないわぁ~……面倒くさいし、僕は王城勤めだから実家で起こっていたことにはノータッチだし、この状況の始末は父上とアイリスに任せてしまおう。
僕はディオラシス陛下に報告だけすれヨッシ!
さすがにこれは、ディオラシス陛下のあの胡散臭い笑顔の仮面すら剥がれてしまうかもしれない。
やだ、かなり楽しい。
王都とプルミリエ侯爵領の距離を考えると、文字通り陛下の目も届いていないだろう。
やだー! 超楽しくなってきたーーーー!!
とワックワクで報告書を作っていたら気付いたら昼を回っていて、セレーナ様の冒険者実習の時間が近付いており昼ご飯を食べそびれることに。
く……報告書を作りながら飲んでいたコーヒーが空腹の胃に響く……。
このコーヒーもアイリスがシランドル旅行に行った時に見つけてきて、村を一つ丸っと買収したといってもおかしくない勢いで投資して生産から流通までルートを作り上げ、現在はまだ主な市場はシランドルだけだが、もう数年もすればユーラティアにも流通が始まるだろう。
強い苦みが癖になるうえに、眠気を吹き飛ばす悪魔の飲み物が。
アイリスにエスクレントゥス殿下、それにドリー君からの報告にもよく名前が挙がるトラブルメーカーの赤毛君、見た目は青年だが僕達よりもずっと長生きでドリー君のパーティーのご意見番みたいな立場だが実のところエスクレントゥス殿下と赤毛君の奇行を助長する役だとドリー君が漏らすことの多いカリュオン君、それからつい先日厳重警備を掻い潜って王城を抜け出した前科のあるセレーナ殿下――不安しかない面子に空腹より嫌な予感が勝りまくり、昼ご飯は諦め隠密部隊の者達に混ざってアイリス達の行動を見守っていた。
そしてこの状況である。
今のとこ平和なのだが、とにかくにおいで腹が減る。
しかもアイリスに続いて赤毛君まで何やら食材を持ち出してきたぞ!?
こ……これはホワイトソースの香りだああああああああ!! そしてこれもパスタにかけているぞおおおおおおおお!!
おいこら、冒険者実習でホワイトソースを使ったパスタは無理があるだろ!!
やっぱ、自分がバーベキューやパスタを楽しみたいだけだろ!!
ぬわぁ~、ホワイトソースだけではなく何か怪しげな食材が、赤毛君から次々と出てきているぞ!!
君さ~、その収納スキルがヤッベーのは、エスクレントゥス殿下の周辺人物の報告書を見て知っているけどさ~、もうちょっと警戒心と常識を持って使おうよ?
その辺、うちの妹もそうなのだが自分の持っているスキルの特殊性に対し無自覚なうえに警戒心がなさすぎる。
うちの妹は世間知らずのお嬢様だから仕方ないとして、赤毛君はAランクの冒険者だろぉ? もっと常識を持とうよ?
賢い僕はもう気付いているけれど、君ってさ……うちの妹と同じにおいがするんだよね。
非常識人臭っていうにおいが。
って、あれ? 赤毛君の姿が見えない?
浜辺で和気藹々と楽しそうにバーベキューを繰り広げる妹達ご一行。
その中心でアイリスと共に忙しなく料理を作っていた赤毛君の姿がいつの間にか見えなくなっていた。
しかも妹達の様子からして、きっと誰もそのことに気付いていない。
お読みいただき、ありがとうございました。




