命と向き合う
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言葉が通じないと思われている生き物だって、まったく言葉が通じていないわけではない。
人ほど知能があるわけではなく言葉を持っていない生き物でも、自分に与えられた名前や、よく投げかけられる言葉の意味を理解しているものも珍しくない。
その豊かさは知能の高さに比例するかもしれないが感情だってあり、こちらの対応次第で相手も様々な感情と態度を見せることも。
そして魔力が存在し魔法があるこの世界では言葉には魔力が宿り、投げかけられた相手に様々な影響を及ぼす。
人々が常用する言語による日常的な会話程度ならば、その影響はほんの僅かだろうが皆無というわけではない。
褒められると気分が上向いてやる気が出る、また貶され続けると心が沈み何かする気力もなくなっていく。
かけられた言葉に心が影響されて気分が上下し、その時に行った行動の結果に響くこともあるそれ。
それは言葉の力。言葉に乗った魔力の影響――それを言霊という。
魔力と相性の良い言葉を使えばその効果は大きくなり、言葉の力を使って魔法を発動させるのが呪文である。
また強烈な思念が己の魔力と同調し、それらを乗せて吐き出された言葉は、相手を慈しみ愛する言葉なら祝福に、敵意を持ち傷付ける言葉なら呪いに――なることも稀にある。
それが特別な言葉ではなくても、無意識であったとしても。
ラピ君のはきっとそれ。
「俺はあくまで趣味の範囲でやってるだけだから何ともかんともだけど……スライムってうっすらとだけど性格というか、感情に近いものがちゃんとあるんだ。だからさ、たとえば何か始めた時に頑張れって励まされたり、自分でも上手くいったなって時に褒めてくれて一緒に喜んでくれたりすると、嬉しくてやる気が出るじゃん? そういうの? リオ君はラピ君に名前を与えた上に、すごく愛情を込めて丁寧に育ててるだろ?」
「あー、わかる! ラピもそうだけど、他のスライム達もご飯の時間は嬉しそうにプルプルしてるし、ゼリーを採取する時間は嫌そうに隠れるし、僕の姿に気付くとこっちを向くんだ。それが可愛くて、話しかけてたらプルプル震えて返事してくれるし。ラピは飼育しているスライムの中でも一番反応の良かったスライムで、ラピスラズリを与える前から僕のお気に入りだったんだ。それでラピスラズリで育て始めてからは、新しい現象が起こる度にすごいすごいって喜んで、たくさんラピを褒めてたよ。だからラピも嬉しくて頑張っちゃった?」
確実にそれ。
あまりに感情を込めすぎて、魔力が同調して言霊となり祝福のような形でラピ君に影響を与えたのだろう。
親や先生に褒められた子供が、やる気になってどんどん頑張って伸びていくように。
しかもその匙加減が、ラピ君の負担にならない程度の程よいものだったのだろう。
「良質の素材を与えたこと、ラピ君にギフトを与えるほどの強力な存在が近くにいたと思われること、リオ君がラピ君に話しかけながら愛情を注いで育てたこと――それらが合わさって、ラピ君は奇跡的なスライムに成長したんじゃないかな? でも素人の予想だから、正確なことは専門家に聞いてくれ」
プルン。
俺がそう締めくくると、リオ君の肩の上でラピ君が得意げに揺れた。
ラピ君は思った以上に、知能が高く感情豊かなスライムに成長していると思ってよさそうだ。
知能はほぼないに等しいと思われているスライム。
実際それで間違いないのだが、飼育を続けているうちに餌をくれる者や自分に敵意がない者を記憶し、好きなこと、嫌なこと、心地の良いこと、悪いこと、恐怖、興味、喜び、怒りなど感情を表す挙動を見せる。
そのほとんどは生存への本能に結びつくものだと思われるが、それでもほんのりと感情のようなものを感じる時がある。
餌をくれる人を認識して寄ってきて催促している様子が俺に懐いているように見えるだけで、スライムゼリーを採取される感覚が不快でゼリー採取用のお玉を手にした時に察して逃げたり威嚇したりしているだけなのだろうが、その行動が可愛げがあって感情が交ざっているように勝手に解釈してしまう。
それで作業中につい話しかけてしまうから「飯の時間だぞー」とか「ゼリー採取の時間だー」という言葉を、次に起こる事象のキーになる音として認識して催促や拒絶の行動をするのかもしれない。
しかしそれは、声を聞き分けその先の事象を記憶し、それに対する行動をとる程度の知能はあるということである。
極々一般的な素材で育て、名付けなんてしていないうちのスライムでそれ。
名前を与えられ、リオ君から愛情と共にたくさんの言葉をかけられながら育ったラピ君なら、一般的なスライムより知能が高く、感情も豊かな個体になったとしてもおかしくない。
そしてそこからは成長と進化のスパイラル。
知能が上がれば理解できるものが増える、理解できるものが増えれば更に知能が上がる。
知能が高くなれば感情も成長し、豊かになった感情は自分へ愛情を注ぐ者に対しはっきりとした好意を持つようになるだろう。
そのスパイラルでできあがったのがラピ君。
「うっわ……言霊か。ただ話しかけてる程度で大きな効果が出ることなんてまずないから……ラピスラズリっていう聖属性の素材と、リオが聖属性の適性の高いことが噛み合っちゃったんだろうなあ……すっかり油断してたよ」
そう。一般的に使われている魔力と相性の悪い言葉で話しかけたくらいでは、名付けがされていたとしても、生命に大きな影響を与えるほどの言霊にはならないと思っていた。
むしろ不慮の祝福や呪いを引き起こさないために、どこの国でも日常的に使われる言語は魔力と相性の悪い方向へと変化していったと聞いている。
「とはいえ、これはちょっとこの後大変そうだなぁ。ま、アベルんちだから大丈夫か」
しかし僅かにでも可能性があるのなら、滅多に起こらない現状であっても先に注意しておくべきだったのは間違いない。
一見上手くいっているように見えても、たくさんの不安要素があることには間違いないのだから。
むしろここまで上手くいって、大きな事故が起こらなかったのが幸運すぎたともいえる。
スライムも生き物であり魔物の部類である。人間の理解も制御も及ばぬことになる可能性も無ではなく、この先もその可能性はある。
それに加え、謎が解明されて事象とそこにある人の欲を掻き立てるものは、本人達に望まぬ不幸をもたらす可能性もあるから。
あの脳天気で大雑把なカリュオンですら、ちょこっと険しい表情になるほどに。
「そうだね。あまりに予想外だけど、聖者の石を生むラピスライムという結果をなかったことにするのは惜しい。そして命を成長させ、そこに知能と感情――つまり心というものを芽生えさせたという責任はリオにある。いや、感情も知能もなくてもそれは命は命。どんなものであっても命を育てるということは、その責任を負うことでもある。リオはその責任を背負う覚悟はあるかい? そうだね、リオがスライム研究の道を選ぶなら、こういうことはまた起こるかもしれない。何よりスライムの研究はスライムという命と向き合う研究でもあるからね。命と向き合う覚悟はあるかい? 覚悟がないなら、そのスライムは早めに然るべき機関に預けるのが、リオとそのスライムのためになるよ」
アベルが……あの破壊神みたいに何でもかんでも底引き網で狩りをするようなアベルが……スライムなんていうちっぽけな命について説いているぞ!!
冒険者活動中のアベルを知っていると非常に説得力がないように思えるが、アベルが言っていることは正しい。
命を預かり育てるということは、途中で飽きた、思うような成長をしなかった、などといって投げ出すことは許されない。
その命を預かるなら、どんな行く末であろうと最後まで責任を持たなければならない。
それができなければ、それをできる者に譲るのもまた責任である。
真剣の表情でリオ君に問いかけるアベルの瞳が、室内の光を反射していつもより鮮やかな金色に見える。
そのアベルの視線をまっすぐに受け止めるリオ君の瞳も鮮やかな金色で。
「――――うん。わかってる、この先ラピがどんなスライムに成長しようと、僕はラピと向き合う。スライム学者になるのなら、たくさんのスライムの命を預かることになるのもわかってる。今まで何度も失敗したこともあって、それが命だっていうことも頭では理解してたけど、この夏にたくさんのスライムを育てて改めて理解した――スライムだって命のある存在だって。それでも僕は、この先もっとスライムを知りたい。彼らの命を預かり、スライムと向き合っていきたい」
ほんの少しの間に、リオ君の真剣さを垣間見る。
俺だってそこまで覚悟してスライムを弄っているわけじゃないから、リオ君の決意がその金色の瞳の輝きと同じくらい眩しすぎた。
心構えだけなら、生徒に超えられてしまったと実感した瞬間だった。
「……そっか、俺が冒険者活動で実家に帰ってないうちにリオもすっかり大人になったね。そうだね、これだけのスライムを育てたんだ、最初の目標だったインクの作成のことと一緒に兄上に報告すれば兄上も簡単には反対できないね。ふふ……いいよ、俺もリオの味方をしてあげる。リオが作り出した予想外の功績に、兄上が頭を抱える姿は楽しそうだしね」
「やった、ありがとう! ふふ、し……実家に帰るまでもう少し時間があるから、スライムの飼育と研究のラストスパート頑張るよ!!!」
「ちょっと!? あんまりやりすぎると、グランみたいな非常識になるからほどほどにしてよ!」
リオ君の頭の上にポンッと左手を載せるアベル。
あの自己中我が儘のアベルも弟の前では、こんなにいい兄になるんだなぁ。
リオ君がスライム学の道に進むことをお兄さんに反対されている件も、好転の兆しが見えているようだ。
ほんのり俺の悪口を言っているのは頂けないが。
突然舞い込んできたお貴族様の家庭教師依頼。
最初はどうなることかと、アベルにバレた時は更にどうなることかと、でも何だかんだで自分も楽しくスライムに触れ、リオ君を教えながら自分も成長したかもしれない気がしないでもない。
そうそう、俺もこっそりメイルシュトロックを与えたメイルシュライム君を育てているのだよね。
あまりに可愛いからついつい可愛がって話しかけちゃってるけど、大丈夫、大丈夫。
俺はスライム育成熟練者なので、そこら辺は加減しているから――――――。
このラピ君が将来更に成長と進化をし、ユーラティア王家だけで飼育される特別なスライム――ロイヤルスライムとなることを、俺が知るのはずっとずっと先のお話。
お読みいただき、ありがとうございました。




