エピローグ〜空獲り〜
闘技場は、様々な鳥の翼を持った、カイと同年代の若者たちで埋め尽くされている。場内は静かな熱気と緊張とに包まれていた。
中央に祭壇が設けられ、壇上には翼の形に彫られた像が置いてある。その翼には、白い綱が幾重にも巻きつけられている。
その像を見ていて、不意にカイはこの儀式が持つ意味を悟った気がした。
確かに俺の身体はまだ子供だが、それでも成年の自覚を持つということには意義がある。翼を使う自由を、今の時点で与えられる、ということには意義がある。
精神というものは一朝一夕に成熟するものじゃない。初めて成人の自覚をしてから、時間をかけて成長していく。身体が成人に達したとき、それに見合うような精神が作られているかどうかは、きっとこの空獲りの時に、どれだけそのことに気づけていたかによる。
砂漠の旅に出る前の自分のことを思い返し、俺は、そのことに気づかせてもらっただけでも、智賢卿に感謝しなければならない、とカイは思った。
カイは、ハルが祭壇の上で粛々と儀式を執り行うのを見た。
緊張感の漂う静けさの中、ハルが抜刀し、流れるようにスッと刀を振り下ろした。
白い綱が断ち切られると、闘技場は一際シンと静まり返った。それから、ゆっくりと地響きのような歓声が上がった。
その歓声を聞きながら、カイは数日前、城を訪ねてきた、ギギの言葉を思い出していた。
『なんだかね、若さん、町に、ふっと目が覚めた後のような感じが漂っている』
もしかすると、綱が切られた後の静寂と、ギギが町に見ているものの本質は同じで、智賢卿が国に齎そうとしたものの一つが、これなのではないかとカイは思った。
開始の太鼓が鳴ったとき、素早く両翼を広げ、カイは誰よりも早く空に舞い上がった。力強く翼を羽撃かせ、上昇を続ける。やがて圧倒的に他を引き離し、空中で独りきりになった。背の白翼には、力が漲っていた。それは、ハルや賢者族の失われた翼が共にあるからだと、カイは痛いほど知っている。
青い空の中で一人、さらなる高みを目指しながら、俺は自由だ、とカイは感じた。心が、自分が空に属するものだと叫ぶのが分かる。が、同時に、空にいる自由を貪り尽くした時、自分は必ず翼族の国と呼ばれるところへ帰りたくなるのだということも知っている。そこは大切な者たちの待つところ、カイが属するもう一つの場所だ。
遠くに塔獄塔があった。
その頂上、牢獄の簡素な建物の前に、一人、誰かがじっと佇んで空を見上げているのがカイの目に入った。背の高い無翼の姿が、不思議なほど美しく、空と地上との間に溶け込んでいる。
その姿を横目に見ながら、ふと、もしかしてそこは、長い間、何処にも属することができなかった智賢卿が、ついに辿り着くことが出来た、最初で最後の安息の場所なのかもしれない、とカイは思った。
【終】




