匂いと音
匂いと音。これが違えば別世界になる。深夜が別世界だと感じるのもこのせいだろう。
深夜は生活の匂いが消える。干してある洗濯物の柔軟剤の匂いや、ご飯の支度をしている換気扇から漏れてくる匂い、排気ガスの匂いも薄まる。代わりに空気の匂いがよく鼻に届いてくる。澄んだ空気ではない。でも気持ち良い。深夜はいつでも夏と冬の中間のような空気の匂いをしている。だからといって秋の空気というわけではない。夏の濃い自然の匂いが、冬の枯れた匂いで薄まったような感じ。思わず呼吸をしたくなる。キャンプに行った時のように、鼻から思いっきり息を吸う様な深呼吸ではなく、音を立てて空気をすする感じだ。
この呼吸音が夜の街に響くように、深夜になると音が目立つ。車が通る音、酔っ払って大きくなった話し声、自転車のブレーキ音。耳は騒音だけを拾っていく。深夜徘徊で誰もいない道を歩いていると、新雪に足跡をつけるような支配欲みたいなものが湧いてくるのだが、その横を車が軽快に走り抜けていくと、剣と魔法のファンタジー世界に戦車が出てきたような気分になる。我に返るみたいな感じだ。気分が冷めると、深夜徘徊は途端につまらないものになるので、大抵は音楽を聞いて回避している。戦車はちょっとあれだけど、鉄砲くらいなら世界観を壊さないかな?と先手を打っとくわけだ。ハイファンタジーではなく、ローファンタジーにしておけば、急に戦車が出てきも無理やり納得することが出来る。
本来は風や葉擦れの自然音が一番似合う。特に川の流れる音は格別だ。実は結構うるさかったりするのだが、飛沫の音や、魚が跳ねる音など、混ざり合った音は不思議な魅力に包まれている。
闇に浸されたような真っ黒な水に白い波のコントラスト。幽霊が水辺に集まる気持ちが良く分かる。死んでやることがなくなったら、一番暇が潰せそうな場所だ。深夜と考えるとカラオケも楽しそうでいいなと思ったが、よく考えると知らない奴の歌を延々と聞くハメになる。それは勘弁願いたい。
なんにせよ。墓地や病院跡に出るようなありきたりな幽霊にはなりたくないなと思う。やっぱり男としては、幽霊になったら銭湯に居着きたいものだ。