深夜の女
マンションのエレベーターに乗ると、空調が効いていて襟足あたりが冷える。1階に降りて一歩踏み出すと、玄関の呼び出し音が微かに聞こえてきた。
深夜ということもあり、その音がやけに響く。
マンションの玄関まで歩いて行くと黒髪の女性がインターホンを鳴らしていた。パーマなのかくせ毛なのかは分からないが、髪の毛がくるくるとしていてた。そのまま女性の横を通りすぎて外に出ると、外は小雨が降っていた。なるほどこのせいで髪がクルクルとしていたのか。思えば女性の髪は濡れていた気がする。
些細な疑問が解決すると、少し早足でコンビニへと向かう。このコンビニは最近出来たばかりなので、床に天井の照明が反射して明るかった。しばらく立ち読みし地元情報誌を買おうか悩んだが、懐かしい題名が目に入ったのでコンビニコミックを買うことに決めた。それとあと芋焼酎。ちびちび寝酒をしながら漫画を読む。氷も買っとけば良かったと思いながらコンビニを出た。
コンビニが明るかったせいで、外はいつも以上に暗く感じる。コンビニ袋を持ってる方の肩を下げながらマンションへと向かっている途中。駐車場の方から人影が曲がってマンションに入っていくのが見えた。
なんとなくさっきの女性だったら嫌だなと思ったので、わざとゆっくり歩く。深夜にインターホンを鳴らし続けるなんて、幽霊かストーカくらいだろうと思うと、不意に背筋が冷たくなった。この肌寒さは小雨のせいだけではない。そう感じると、よけいに足が重くなる。
マンションの前まで来てしまうと、オレは一度立ち止まり植木の陰に隠れてマンションの玄関を覗いた。インターホンの前には誰もいなくホッとしたところで、玄関まで歩いて行く。頭の中でオートロックの暗証番号を復唱しながら、自動ドアを開いた。
二度見。
インターホン側には誰も居なかったが、郵便受け側に女性は居た。顔を見ようと何度かチラチラと視線を向けたが、郵便受けに背中を預け俯いていたので顔を確かめることは出来なかった。
恐る恐るオートロックがかかっている自動ドアを開けると、女性は早足でオレの横を通りすぎて行った。後には微かに柑橘系の香水の匂いが残る。
オレは一つ安心した。香水の匂いがするということは幽霊ではないということだ。そうなると、普通の人かストーカーという二つの選択肢が頭に浮かんだ。
女性は階段へと進み、エレベーターという個室で二人きりになるということはなかった。一つ上の階層がエレベーターのガラス窓に映る度、女性が前に立っていないことを本気で祈った。
オレの部屋は五階にあるのだが、念のため七階のボタンも押してからエレベータを出る。音を立てないように部屋の鍵をかけると、冷蔵庫から麦茶を取り出して一気に煽った。
冷たい飲み物で少し冷静さを取り戻したが、あの女性が同じマンションの住人なら、オートロックの鍵を開けられるはずだ。暗証番号をど忘れしたとしても、部屋の鍵と同じ鍵でオートロックの鍵は開けられる。そう思った瞬間一気に冷や汗がだらだらとこぼれ落ちた。
足音を鳴らさないように部屋の玄関へと向かい、ドアスコープから外の様子を伺う。景色は細長く、向かいの部屋が遠く見えるだけで、他にはなにも見えなかった。
明日のニュースで『ストーカー殺人事件』とかで自分のマンションが出ていたらどうしよう。そうなればあの女性をマンションに入れてしまったのは自分だと、変な罪悪感が沸き上がってきた。
夜が明けても次の日になっても何も怒らなかった。
深夜にホラー小説なんて見るもんじゃない。ただでさえ妄想が捗る時間帯に、養分を与えるとこういうことになる。
ただこの出来事があってから一年ほど経つが、それ以来その女性を一度も見ていない。




