episode 63 始業式の波乱
――始業式。
それは学生にとってめんどくさいと感じる行事の1つである。
まあ、例外として新学年の最初の始業式のようなわくわくドキドキするものもあるが、今回はそれでは無く夏休み後の始業式である。当然、そんなもの迎えたくないと思うものが大多数を占めるだろう。
このクソ暑い中、何が悲しくてぎゅうぎゅうの大講堂に詰め込まれなくてはならないのだろうか。(実際にはこの学園都市全域の大講堂はクーラー有り、さらにいえば各校の全校生徒が座っても余りある程のイス有りといった充実したものになっているのだが、これは気分的なものだ)
そんな中、学生たちは夏休みの緩んだ生活が抜けきらなかったり、宿題が終わらなかったりと嘆く者もいるだろう。
「あー……結局終わらなかった……」
……俺の隣でうなだれている白髪のハーフもその1人だ。
場所は第11高校、大講堂。
俺たちCクラスは3階の最前列(大講堂は1階から3階まであり、1階にステージと客席、2階以上は雛壇式の客席でステージを見下ろせるようになっている)で始業式開始を待っている。
そんな中俺の隣、つまりライラが、まるでこの世の終わりだとでも言う呟きが全てを物語っている。
あの後、結局消灯時間ギリギリまで勉強会は続いた。その結果、里香と綾芽はなんとか終わらせることができたのだが、ライラだけは全く終わらず。さらに自室で徹夜しても仕上げることは出来なかったという始末。
試しに俺が行ったように身体強化を用いてペンの動きを速くさせようとしたらしいのだが、力の加減がわからず一度問題集を貫通してしまい、さらに時間を浪費したらしい。
そもそもあの技術は問題を見た瞬間に解けるという技能が必要なのだが、それに気付いた様子も無い。
結局、現在目の下に隈を作ってうなだれるという図が完成したわけである。
「お前、バカだよな」
「ほっとけ!!」
そんなやりとりをしながら、俺たちは始業式が開幕するのをただ騒ぎながら待っていった。
☆☆☆☆☆
『――で、あるからにして、本校の生徒は――』
魔の催眠――もとい、学校長の話しはやはり眠気を誘う。
金髪の長髪を束ねたマルク校長、もといおっさんはその悪い目つきをさらに吊り上がらせ、厳かというより苛立たしげにベラベラと長い話を続けていく。
(そういや、久しぶり見たな。あのおっさん)
この学園に入る際、散々いちゃもんつけてきたおっさんだったが、入ってからはさっぱり見ていないよう気がする。
(ハイル先生とか白貝先生とかはよく見かけるのになぁ……)
案外、ああいう性格だから校長室に引きこもっているのかもしれない。そうだ、そうに違いない。
勝手に自己完結しながら、再び意識をステージに持って行く。
だがそこには今は誰も居ない。どうやら校長の話は終わったらしい。
――そういえば、俺ってこういうのに参加するのは初めてなんだよなぁ。
一度だけ、トーナメントのときに集会があったのだが、あの時は記憶飛んでたしノーカウントだろう。
『――次は、生徒会からのお知らせです。生徒会長、前へ』
そんな感慨に耽っていると、アナウンスが大講堂に響いた。と、同時に証明が落とされる。
一瞬にして暗闇へと変わる大講堂。
だが、次の瞬間にはステージ中央にライトが当てられた。
『みんなー!こんにちはー!』
――うおおぉぉおおお!!
大講堂内を雄叫びとも絶叫とも取れない叫びが蹂躙する。比喩抜きで講堂が震えているようだ。
その原因の人物――スポットライトの中央に立つ女生徒は、その毛先にウェーブがかかった黒に近いブラウンの髪を靡かせ、生徒の反応に満足したのか、その愛くるしい顔に満面の笑みを浮かべる。
『ありがとー!そんなに盛り上がってくれると、会長としても嬉しいよぉ!』
「うおおお!!会長好きだー!!」
「かわいー!!」
「会長かわいいよー!!」
周りからはそんな叫びが吐き出される。俺1人の混乱を残して。
「は!?何!?何なんだこの騒ぎ!?」
しかし悲しいかな。俺の困惑の声も周りの騒音によって掻き消される始末。
「うおおお!!会長かわいい!!」
「お前もかッ!!」
隣では先ほどの憂鬱さ加減はどこへやら、ライラが周りと同じように叫んでいた。
確かにスポットライトの中央にいる女生徒は可愛い。それもアイドルが裸足で逃げ出していきそうな程。
ここから見ても平均より少し低身長に見える。だが、身体のプロポーションは整っており、髪はフワフワしていて手入れが行き届いていることがわかる。
何よりもその顔の造形は整いすぎており、少し垂れ目気味なその目も笑顔と極まって愛くるしい。
美女というよりは美少女。
会場が盛り上がるのも無理は無いと思うが、これは度が越えすぎだ。
「あれが――」
「この学園の生徒会長にして3学年4位、秋空栞よ」
俺の言葉を遮って説明を入れてきたのは俺の後ろに座っている紅葉。
その顔に苦笑を浮かべ、ステージを見守っている。
(良かった……俺だけじゃなかった)
主に別の意味でホッと安堵する俺。
取り敢えず視線をステージに向け、拝聴する構えを取る。
「――ん?」
だが、視線の先、秋空生徒会長へと目を向けると、一瞬視線が重なったような気がした。
気のせいか、とも思ったが、先輩は再びこちらへと目を向けてくる。
重なった視線は再度絡み合う。
心無しか、その口元が微笑みに歪められたような気がした。
――それは周りへ向ける笑みとは違う、そう、悪戯を思い付いた子供のような笑み。
『みんなー!今日は重大発表があるんだよー!』
だが、それもすぐに元の笑みに戻る。
やはり気のせいか。
そう思った矢先、事態は急変した。
『実は私、彼氏ができたのー!』
――なにぃいいいいいいい!?
講堂内、というか主に男子の絶叫がこだまする。
口々に「いったい誰だ!?」や、「八つ裂きにしてやる」といった嫉妬の声を漏らしながら、その憎き相手を探し出そうとしているようだ。
全校集会のときに言っていい発言では無いと思うが、別にそれだけならば納得できる。
あんな可愛い美少女と付き合えるなど、独り身の俺だって嫉妬する。
だが、問題は次だ。
『そのお相手とは〜……!』
ご丁寧に「ジャガジャガジャガ」という効果音までつけて、ライトを講堂中を駆け巡らせていく演出までしている。
やがて、ライトは消え、その発表とやらが行われた。
『最近話題の転校生!華瀬悠希くんでーす!』
そしてライトが一点を指す。
……俺を。
「な!?悠希、お前いつの間に!?」
「え、ちょ、ユウ!?聞いてないわよ!!そんなの!!」
2人の叫びを含め、大多数の男子生徒からの罵詈雑言を浴びせかけながら、しかしそれらは俺の耳には入らない。
『いやん。発表しちゃったね、ダーリン♪』
「……は?」
目が点とはまさにこのこと。
ライトアップされながら、ポカンと口を開けて呆然としてしまっている俺。
やがて思考が再開していくと、ある一言が口から零れ出た。
「なんじゃそりゃあああああ!!」
しかし、そんな魂の叫びも怒り狂った何千人もの男子生徒に勝てるはずも無い。
「おい悠希!!どうなんだよ、おい!!」
「ユウ!!説明しなさいよ!!」
「うるせえ!!俺がしてほしいわ!!」
2人の追及を払いのけ、頭を抱えたくなるのを必死に我慢しながら考える。
1.俺は生徒会長とは付き合っていない。
2.というか知り合った覚えもない。
3.それ以前に、今日初めて見た。
うん。それ以外に考えられない。
え、ほんとなんなのこれ?なんなの俺?なにしでかしたの俺?
思考が一周して再び混乱へ。既に頭は完全に回らなくなってしまっていた。
いかん、混乱してきた。
落ち着け。いったん心を静めろ。そう、深呼吸だ。
「って、できるわけねえええ!!」
最終的に考えても無駄なのだ。俺と生徒会長は会ったことも無いし、ましてや知り合ったことのない人物と付き合っているはずもない。
『これ、プレゼント♪』
そう言って、再び視線をステージに戻すと、秋空生徒会長の手に可愛らしいピンクの便箋が。
『はい、ダーリン♪』
瞬間、会長が持っていた手紙が消え、全く同じ物が俺の前に現れる。
「空間転移?――超能力者か」
その現象に、一瞬で思考が冴えていく。
空間転移術師。俗に言うテレポーターは超能力者の一種。
物体を違う座標に移動させる、言わばゲートの基盤となった術のことだ。
それが、秋空栞の能力。
そこまで考えると、俺は先程とは違う、厳しい目つきで秋空生徒会長を睨みつける。
だが、当の本人は悪戯が成功した子供のような笑みを浮かべ、ウインクなどをしてきた。
『今日はその報告だけ♪まったねー!』
そうして、生徒会長はステージから一瞬にして姿を消した。また空間転移を使ったのだろう。
そうして、波乱の始業式は過ぎていく。
俺は、男子生徒の嫉妬と恨みの視線を浴びながら、先程飛ばされてきた手紙を読み始めた。