episode 64 呼び出し
時は放課後。
と、言っても始業式終了と同時に解散なので現在時刻は昼前なのだが。
あの後、つまり始業式のあとはもう凄かった。
「いったい何人いるんだよ……」と毒吐きたくなるほどの男子が俺の元へやってくるなり、思い思いの補助武装を展開して襲いかかってきたのだ。
はっきり言って、あの数を怪我させずに対処するなど無理がある。
いや、それ自体はできるかもしれないが、今現在続いている動揺と混乱のせいで手元がうっかり滑って殺してしまうかもしれない。
いや、それならば向こうもアリーナ外での戦闘行為に持ち込んだ時点で殺す気で来ていたのかもしれないが、だからといってこっちも殺して言い訳ではないのである。
そんな思惑もあってか、下手に武器を呼び出せず、しかも攻撃さえできないでどうにか思考を続けること数分。こんな状況では逃げるしか無いだろ、という結論に達した。
迫り来る男子の群れ(ライラもその中に含まれていたが、きっちり制裁を加えておいた)におっかなびっくりしながら逃げ続け、そして今に至る。
現在、俺は校舎内の廊下を周りに気をつけながら歩いていた。
わざわざ校舎に居るぐらいならば寮に戻って引きこもっていればよいのでは?と、思うかもしれないがこれにはちゃんとした理由があるのだ。
「……ここか」
俺が立ち止まったのは1つのドアの前。
最上階に位置するこの部屋は、どこか他の部屋とは違って気品があるというかなんというか、そんな雰囲気が漂っている。
躊躇わずにドアをノック。
コンコン、という音が響くと同時に中から女性の声で入るようにと促される。
それに従い、俺はドアを――生徒会室と書かれたプレートがかけられたドアを開けた。
中は思った通り、他の教室などとは比べ物にならないくらいの気品を漂わせている。これは校長室と同レベルかそれ以上ではないだろうか。
左右の壁には一面に本棚が置かれ、本や書類などが綺麗にならべられている。部屋の中央より手前には来客用なのか、ソファーとテーブルが置かれていた。
そしてその先。まるでどこぞの上級企業の会議室のような机が置かれ、そこには合計6つのノートパソコンが置かれている。その内3人の男女が向かい合っていた画面から目を上げ、こちらを注視してくる。
さらに奥、全面ガラス張りの壁を背にし、こちらから見て真っ直ぐ置かれている机。それだけは威厳を漂わせた風格をしており、だが、それにはそぐわない女生徒が座っていた。
彼女は俺を見るなり、その愛くるしい笑みを浮かべる。
「やあ、ダーリン♪急に呼び出してわるかったねー」
「……そのノリ止めて貰えませんか。さっき殺されかけたばかりなので……」
「あははは!ごめんごめん」
全く悪気の無さそうな表情で彼女――秋空栞生徒会長は微笑みかけてくる。
まるで天使の笑みようとはこのこと。ニコニコと笑うその顔は、冗談抜きに輝いて見えた。
……出会いかたがあれで無ければドキッ、とぐらいはしていたかもしれない。
「で、生徒会長がなんのご用件でしょう?わざわざあんなことまでして“これ”を送ってくるなんて」
俺が取り出したのは1枚の手紙。それはさっき、秋空会長が空間転移で送り届けてきた物だ。
内容はこうだ。
『始業式が終わったら生徒開室にくるように。じゃないと会長、泣いちゃうぞ?』
そんなふざけた文脈なのだが、要するに「来い」ということなのだろう。行かなければ行かなかったでまた色々めんどくさいことをしてきたに違いない。
眉間にシワを寄せ睨む俺に、だが会長は気にした風でもなくニコニコ笑う。
「あはは。思わず来てみたくなったでしょ?」
「思わず破り捨ててしまいそうでした」
「そ、そんなぁ!!」
笑顔から一変。まるでガガーンとでも聞こえてきそうなほど落ち込む会長。表情がコロコロ変わる人だ。
「か、会長?取り敢えず落ち着いて……」
「うう……みゆっちー」
そこでパソコンと向かいあっていた女子生徒が宥めるような声を上げる。
女生徒の前髪は長い。その長い髪で目元をすっぽり覆い隠しており、どこか暗い印象をうける少女だった。身長は会長より少し高いくらいで、ちょうど平均ぐらいかと思われる。
そんな少女を、会長はまるで捨てられた子犬のようなうるうるとした瞳で見つめれば。
女子生徒はそんな会長の態度にオロオロと困惑していた。見た目通り気が弱い性格らしい。
この会長、大丈夫なのか?と疑問を持ち始めた頃、俺から見て一番奥に座っていた男子生徒が呆れたように声を発した。
「秋空、話が進まん。俺から話をしていいか?」
男子生徒は眼鏡をかけた長めの黒髪。だが、どこか神経質そうなその瞳は暗い藍色をしてた。
男子生徒は会長へ向けていた目を再度俺へ向け、口を開く。
「こちらから呼び出しておいて会長がこんな調子ですまない。俺は3年、副会長の三七式邑真だ。よろしく」
「はあ、1年の華瀬悠希です」
「ちょっと邑真くん!?それってどういう意味!?」
秋空会長の抗議をスルーして、俺と三七式先輩は握手を交わす。
俺……この人と仲良くなれそう。
何故だか知らないが、不意にそう思ったのだった。
「で、そこの女子生徒が書記の2年、谷崎美優、あそこに座ってるのが会計の3年、馬原健だ」
「は、始めまして……」
「よろしくなー、1年」
三七式先輩の紹介によって、谷崎先輩は何度もお辞儀をする。
そしてもう1人。馬原と呼ばれた3年生は気軽な様子で手を挙げてきた。そのパーマをかけた茶髪に高身長な外見は、女子に人気のありそうな見た目をしている。
ただ、その瞳は今もデスクに置かれたパソコンを見つめており、カタカタとキーボードを叩き続けている。案外、根は真面目なのかも知れない。
そしてどういうことだろう。見た感じでは男子の方がしっかりしてそうに見えるのは。
本当にこの生徒会大丈夫なのだろうか?
関係の無いのに心配してしまうのは、この男子2人を不便に思ったからだろうか。
「そして最後だが――」
「この私!学年4位にして第11高校の生徒会長、秋空栞!!計4名が今年度の生徒会メンバーなのだ!!」
三七式先輩の声を遮って、胸を張りながら堂々と言い放つ会長。
まるで子供。というか見た目と相まって幼く見えてしまう。この人本当に3年なのだろうか?
全く威厳の無い会長の言葉。だが、俺はその言葉の一部に首を傾げた。
「4人?デスクとパソコンの数と合いませんけど?」
「それなんだよねえ……」
何がそれなのだろうか。
俺の言葉に何か思うことがあったのか、その腰をイスに沈め、困ったような表情をする会長。
「生徒会の定員人数は7人。この人数は生徒会長が選抜しなきゃならないの。それでね、規則で人数は必ず7人じゃなきゃいけないわけなんだよー」
「そして、現在はこの4人。つまり違反しているわけだ」
会長の説明に合わせ、三七式が結論を言う。
人数不足。生徒会はこの問題抱えているらしい。
だからなんだと言うのだろうか。たかが人数が足らない程度ならば教師に催促されるだけなのでは?
俺の考えを読みとったのか、三七式先輩は「だがな」と続ける。
「問題はある。生徒会はこの人数を揃えないと学校側から強制的にその枠を埋められてしまう」
「?いいじゃないですか。どのみち埋まってないんですし」
「それが問題ありありなんだよー」
さらに疑問に思って首を傾げる俺だったが、会長はうんざりしたような表情で机にその顎を乗せた。どうやら相当嫌らしい。
ますます訳が分からず困惑していると、パソコンのキーボードをタイピングしていた馬原先輩が、最後にエンターキーを叩いて俺へと向き直り、こちらも本当にめんどくさそうな表情をしながら説明を入れてきた。
「その判断基準が適当なんだよ。確か、各学年からテストの成績でだっけか?けど、それはもうこの生徒会として成り立たなくなっちまう。俺たちはこれでも結構ここを気に入ってんだぜ?」
そう言って、指を下に指し示す。それは下の階を意味するのではなく、この部屋を示しているようだ。
つまり、
「それで、俺に生徒会へ入れと。そういうことですか?」
今までの話から考えるとそういうことになるだろう。
生徒会は人数が足りない。どうせ足りないならマシなやつに入ってほしい。
それに白羽の矢が立ったのが、どういうわけか俺だということらしい。
俺の考えを肯定するように、会長は満足げな表情で頷く。
「察しが良くて助かるよー。じゃあ、改めて。生徒会に入ってくれないかい?」
「お断りします」
「うんうん。いい返事……って、えええ!?」
……それを一刀両断。
余程予想外だったのか、生徒会全員が目を見開いて俺を凝視していた。
「え、なんで断るの!?」
「……逆に聞きますけど、何で受けると思ったんですか?」
俺としては当然の応えだと思ったのだが。
未だ信じられないといった表情で目を見開く生徒会メンバー。
代表して三七式先輩が尋ねかけてくる。
「……今の話を聞いて、入る気にならなかったのか?」
「三七式先輩……なぜそう思われるのかよくわからないのですが」
「いや、『ああ、なんて可哀想な。これは入って上げないと』と思わないのか?」
「思いません」
「そんやバカな……」とでも言いたそうな表情の三七式先輩。というか生徒会全員。
……前言撤回。
この生徒会にはまともな人が1人もいない。
まともだと思っていた三七式先輩や馬原先輩までこの始末。正直、もうダメだ。この生徒会。
「あなたたちがどういう基準で俺を選んだのか知りませんが、俺には関係ありませんよ。他をあたってください」
「ま、待って!」
踵を返そうとする俺の袖を、いつの間にか詰め寄った会長が掴んで喚き始めた。
「あなたじゃないとダメなの!!華瀬悠希くん!!いや、“英雄”!!」
――ピタ。
瞬間。俺の体の機能が停止したかのように、ピタリと止まる。
頭の中が徐々に冷たくなっていく。だが、比例して胸の内は熱い何かが溢れ出し始めた。
「誰から、“それ”を聞いた?」
もう、敬語を使うことを忘れていた。
思考は冷水をかけられたように冴え渡り、声は重く響く。睨みつけるような視線を会長に向ける。
彼女は俺の瞳から何を察したのか、その表情は固まり、しかし震えた声を上げながら呟く。
「せ、生徒総会長から……」
「総会長?」
聞き慣れない単語に首を傾げる俺に、三七式先輩が口を説明を入れる。だが、その声音には、先程まで無かった緊張感を孕んで。
「……学園都市全体の生徒会長で構成されているのが生徒総会。そのトップのことだ」
「へー……名前は?」
本当のところ、その生徒総会とやらには興味が無い。
俺が危険視しているのは彼女に情報をリークしたという、その生徒総会長とやらだけだ。
鋭い視線を巡らせ先を促すと、会長は思いもよらない人物の名前を発した。
「生徒総会長……カレン・ケイフォード」
――頭に浮かんだのは、絶世の美女が麗しく、しかし腹黒い笑みを浮かべている光景。
それはまさしく、レイ・ケイフォードの姉にして、世界中の男を虜にできる女性の名前だった。




