表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/68

episode 29 密会と密電話


日が沈み、辺りが暗闇に包まれた頃、ニコラ・ベーレはある人物に会うため、日本に訪れていた。


場所は北海道のある施設。表向きは工場とされているが、裏では“ある部隊”の駐屯基地として利用されている。

広大な敷地が広がるそこへ到着するとすぐさま門番に捕まり、招待状の提示を要求され、さらに様々な検査を受けさせられたが、それら全てを淡々と無表情に済ませていった。

検査が終わり、案内に誘導されてようやく目的の人物が待つ部屋へと到着する。


扉には『第一小隊長室』の文字が無機質に書かれている。

そこまでくると、案内してくれた男性は一つ敬礼をしてその場を後にした。


残されたニコラは、何の気負いも無く目の前の扉をノックする。コンコンという音と共に、中から女性の「どうぞ」という言葉で促された。


これまた気負い無く扉を開ける。中は思ったよりも広く、ちょっとした会社の社長室のような空間が広がっていた。

扉から直線上に応接用のソファとテーブル、さらに奥には一つだけデスクが置いてある。そこのイスにもたれかかっているのが今回の目的の人物だ。


「始めまして、ですかね?」

「戦場では何度かお見かけしましたが、会話をするのは初めてです」


目の前の女性――もといい少女の挨拶を肯定する。

背はニコラよりも少し小さいくらいだろう。実年齢も一つ下らしい。キレイと言うより可愛らしいと表現したほうがしっくりする童顔に笑みを浮かべてこちらを見ている。


「では初めまして。私は日本軍特殊中隊第一小隊長の三島白羽(みしま はくわ)です。ようこそいらっしゃいました、ニコラ・ベーレさん」


形式的な挨拶をまったくそう思わせないようなこの態度にニコラは素直に感心した。


日本軍特殊中隊、それは様々な術師で構成された部隊だ。その中でも彼女は唯一の伝説武器保持者であり、若くして小隊長という階級を与えられたのは、武器だけでなく彼女の実力もあってのことだろう。

そんな彼女にここへ呼ばれたのはただ世間話をするためではない。


「で、あなたから見て先輩……華瀬悠希はどうでしたか?」


それにもニコルは淡々と言葉を紡ぎ出した。


「私には悠希さんがロシア軍大使を暗殺したようには思えません。加えて彼程の術師を始末するには国力から考えて惜しいかと」


そう、今回悠希を殺すように指示を出したのは目の前の人物――三島白羽である。

正確には悠希の動向を観察し、ロシア大使を暗殺した情報を掴み次第殺すように命令されていた。


しかし何故ドイツ軍であるニコラが日本軍の一軍人の命令を守っているのかと言うと、これには大した理由は無い。


ニコラとしては悠希と戦えればそれで良かったのだし、試合があんな形で終わったとしても、自分が負けたのは明白である。そのため悠希との約束は守るが、報告にも嘘はつかない。そもそも初めから悠希を殺すつもりなんて無いのだから。


そういうことをわかっていた上でニコラに頼んでいたのだろう。恐らく政府からの命令が来て、建前上の名目で必要があれば殺せといった風に頼んだといったところか。


ニコラの報告を微笑みながら聞き終えた白羽は、「そうですか」と言って何かを思案するように口を閉ざした。

それからしばらく間を開け、再び口を開く。


「やはりあなたもそう思いますか。そもそも日本の剣の伝説武器を保持している人物が犯人と仮定するのは間違いですし、それにもし悠希さんが犯人だったとしても詰めが甘すぎます」


一気に言い切る白羽を表情一つ変えず見続けるニコラ。

やがて、白羽はとんでもない結論を言い放った。


「つまり、ロシアが日本を煽るための自作自演かと、私は推測しています」


それはいつかの一葉が言ったものと全く同じだった。

無表情で聞く側に徹していたニコラはこれを聞いてもまったく動じない。少なくとも動じたようには見えない。




それから白羽が話す、ニコラが聞くといった風に時間が過ぎていった。





☆☆☆☆☆





ニコラが「帰ります」と言って部屋を出て行った後、三島白羽は大きなため息をついた。


やはり華瀬悠希は白、どうしてもそういう結論に至ってしまう。我ながら彼を贔屓にしすぎかとも思うが、彼がやったとはどうしても思えないのだ。


華瀬悠希はやるならロシアに単独で攻めに行くようなことも平気でこなす人なのだ。こんな小さいことをしてどうにかなったと思うなんてことは無いだろう。


もう1度大きなため息を吐き、机に置かれたケータイを手に取る。

電話帳からある人物の番号を呼び出し、そのまま通話ボタンを押すと、四回目のコールで繋がった。


『もしもし?』

「お久しぶりです隊長。お元気ですか?」

『やーね。今は隊長でも何でもないし、昨日電話したばっかでしょ』


アハハハ、と電話の向こうで笑っている落ち着いた声の主につられるように白羽も自然な笑みを浮かべた。


「そうですね。では一葉先輩、こちらの情報を伝えますね」

『はいはーい。よろしくしろちゃん』

「しろちゃんはやめてくださいっ!!」


通話相手、波風一葉はおどけたようにそう促す。

一葉にいつも情報を回していた人物、それが三島白羽だった。

小隊長という階級のお陰である程度裏の事情にも詳しい彼女は、度々一葉にお願いされてはこうやって情報を流しているのだ。

勿論こうしたことは重大な罪に問われることになるのだが、白羽は一葉に多大な恩があり、それを抜きにしても一葉のことを慕っている。多少のリスクなど関係無い。

それにこの件は白羽自身も気になっていた。


「現在、悠希先輩を公にするつもりは無いみたいです。国力を学園都市スフィアに注ぎ込むようなことも今のところありません。多分彼の存在を消すのは日本としても望むところではないでしょうし、そもそも返り討ちになるのが目に見えてます」

『それじゃあ彼はここに追い詰められたんじゃなくて、ここに誘導させられたってことかぁ。日本の政治家も無能ばかりの集まりじゃなかったわけね』


一葉のその言葉に苦笑しながらも概ね同意見だ。


政府もわざわざ悠希を捕まえようとしたんじゃなくて、学園都市へと追い込んで手が着けられない、という大義名分が欲しかったわけだ。

悠希と正面から衝突すれば膨大な兵力が削がれ、そのままロシアに侵攻されたら終わり、ということは明らかだ。例え生半可なレア持ちを何人行かせても、無駄死にになりかねない。


「こちらはそういうことで進展はありません。そちらはどうですか?」

『えっとね……』


何気ない確認のつもりだった。だが、一葉の言葉が詰まったことによって何か悪いことが起きたのだと認識させられた。


『悠希が倒れたの……』

「…………え?」


その言葉を聞いた瞬間驚愕に体が凍った。


『あ、別に誰かにやられたわけじゃないの。ただ風邪か何かだと思うんだけど……』


そう付け加える一葉。だが、彼女の歯切れの悪さから本人はそう思っていないことは明白だ。


「そうですか、安心しました」


だが、口にはしない。これ以上この人に負担をかけたくない。


「では今日はこれで」

『うん、またね』


向こうが先に通話を切る。だが、白羽はしばらく呆然としてしまっていた。


(先輩に何かがあった……)


そう思うと思考がうまく働かない。



ツー、ツー。



ケータイから鳴るその音がしばらく部屋に響いていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ