episode 28 罪と刀
暗闇の中。何かに包まれているような感覚が肌に伝わり、恐る恐る目を開く。
「……生きて、る?」
疑問系ながらも自らの声が発せられたことに多少の安堵を抱きつつも、辺りを見回す。首を動かす度に抵抗がかかり、酷く疲れる。
どうやら俺は今水中(心の中らしいのでその表現が的確かわからないが)にいるようだ。それにも関わらず息は出来るらしい。
一体あの女は俺に何をさせるつもりだ?
浮かんでくるこの疑問が一番大事なように感じられ、さっきまでの思考を切り替える。
なんか願いとか聞かれたけどそれが関係しているのだろうか?
仮にそうだとしてもどうやって叶えるつもりだ?俺の願いを叶えてあの女にはなんのメリットがある?
まさか女神様がぐーたらな小市民である俺にぐーたらしている褒美をくれるってわけでも無いだろう。というかそんなことされても混乱するのが普通だ。
落ち着け俺。あの女が言っていたことにヒントがあるはずだ。
「むー……」
………………。
スミマセンお手上げです。どうやら俺の頭は俺の思った以上に悪いらしい。
約二分ぐらい黙考していたというのにヒントの欠片も、閃きも何も思いつかないとは……。一体どれだけ使わなければこんなアホな脳みそになれるんだろう。
自分で自分を貶してはずんずん気分が沈んでいく。もうお通夜並のテンションに落ち込んだ俺。
そんな俺の目の前が突如光り出した。
「?なんだ?」
悲しいかな、もうこういうことに慣れた俺は「またなんかめんどくさいことか」などと予測して苦笑いしていた。
だが、それも現れた人物を確認した時点で、心臓が止まったような感覚に襲われ、目を見開いた。
現れた人物は男。
少し長めの黒髪に、身長は今の俺よりも少し高いぐらい。切れ長の目の整った顔立ち。その人物は黒く輝く刀を持っていた。
「な、なんで―――」
一体なんの冗談だ……。
「どう、して―――」
何故、なんでこの人が目の前に立っている……。
「兄……さん……?」
見覚えあるなんて者じゃない。愛刀の伝説武器、闇刀“影月”を携えた俺が知る中で最強の剣士。後に“影月”が俺の下へやってきて尚、この人のように扱いこなせなかった。そんな俺の憧れが――華瀬雅人が。
「なんでここに出てくんだよッ!!兄さん!!!!」
兄さんは答えない。ただ、俺に向けた刃が鈍く光るった。
☆☆☆☆☆
伝説武器、闇刀“影月”。
現保持者『華瀬悠希』。
元保持者『華瀬雅人』。
夜色の吸い込まれるような刀身を持つ伝説武器。
元保持者『華瀬雅人』の死亡後、現保持者『華瀬悠希』へ再適合した。
これが国際バンクに登録されている情報だ。
伝説武器は保持者が触れる、または魔力を流し続けなければ使用はおろか、具現化さえできない。
そのため俺の兄――華瀬雅人の死亡後、具現化仕切れずに欠片も残さずに消えた。
―――はずだった。
それから丁度一週間後、影月が俺を選ぶまでは。
適合者の移動、これは有り得ないわけではない。
保持者が伝説武器の所有権を放棄――つまり保持者が死ねば次の適合者が現れれば再適合することができる。
だが通常、再適合にはそれなりの月日を要する。伝説武器は保持者の精神面、肉体面で自身に相応しいものを選ぶのだから、そのような人物が一週間そこらで見つかる筈がない。
一般的に再適合者が見つかるのは五年後〜十五年後の間。それが肉親だろうと変わる筈がない。
にもかかわらず“影月”は一週間後に兄さんの実の弟である俺を適合者として選んだ。
これには何か意図があるのか?
それが今まで抱いてきた素直な疑問だ。
もしかしたら兄さんが俺に託した、そんな希望を抱いたこともあった。
そんなこと、恨んでいる筈の兄さんがするはずがないのに。
☆☆☆☆☆
「は〜い、あなたの相手はあなたのお兄さんで〜す」
そんな呑気な声と共に現れた先程の少女。
「何言って――!!」
「ここじゃあれだし場所変えましょうか」
状況に思考がついていけず、問いただすように怒鳴るも最後まで言い終わるより早く、彼女が再び指を鳴らした。突如周りの色が変わる。
「うそ、だろ……」
視界に飛び込んできたのは古びた工場のような景色。それだけなら普通の廃工場か何かだと思うだろう。だが、明らかにここは普通ではなかった。
辺りを塗り替えるように所々染まる紅――――血痕。さらに転がる無数の死体。
その場にいるだけで吐き気を催すような光景。だが、俺はここを知っている。いや、この光景の渦中にいた。
ここは俺の罪が染み付いた場所であり、俺の人生を180度帰る出来事が起こった場所。
驚愕に目を見開いていると、再びこの場所には相応しくない少女の呑気な声が響いた。
「ルールは簡単。どちらかが死ねばそれで終了。ユウキもここが現実じゃないからって手抜きしてやられてたら本当に死ぬわよ?」
いきなりの兄弟同士での殺し合い宣言。それに真っ先に反応したのは他の誰でもなく俺だった。
「待てよ!!そんなのできるはずねーだろッ!!」
「やらなきゃ死ぬだけよ」
悪びれもなくそう言う彼女にますます俺の怒りが膨れ上がる。
「お前、ここは俺の心の中だとか言ってたじゃねーかッ!!いい加減に―――」
「それがここでは本当に死ぬかもしれないのよ」
再び俺の言葉を遮った彼女の言葉に、俺の思考がフリーズした。そんな俺の心情を知ってか知らずか、彼女が畳みかけるように言う。
「催眠術って知ってる?人間は『腕が火傷している』っていう催眠をかけると本当に火膨れができたっていうあれと一緒よ。つまりここで起こったことは現実でも起こるってわけ 」
唖然とした。彼女の言葉が本当であると過程すると、自分が無事に帰りたいのであれば夢のような存在とは言え、兄さんを斬らなければならない。それを拒めば確実に死ぬ。その究極の二択に俺はすぐに答えを出せなかった。
「あ、ちなみに伝説武器だけ、展開できるようにしといたから」
最後にそう言った瞬間、彼女は再び姿を消した。
後に残されたのは俺と兄さんの二人。苦しくも場所は兄さんが生きていた最後。
その事実が俺の鼓動を速め、呼吸を荒げていく。
今すぐにでも逃げ出したい。
グルグル回る思考の中、ふいに沈黙を守っていたはずの兄さんが口を開いた。
「懐かしいな。ここで俺は死んだ。お前が命令を無視してロシア軍に捕まったせいでな」
力強く響く兄さんの声。だが、響くのは声では無く、兄さんの言葉の意味だった。
頭を金属バットで殴られたような衝撃と、激しい嘔吐感にみまわれる。こっちに来る前まで感じていたものとは比べものにならない濃いものだ。だが、もちろん気を失うことも吐くことも出来ない。
「お前が俺の足を引っ張ったんだよ」
「ごめん、なさい……」
「お前が自分の身を守れれば」
「ごめんなさい……」
「お前さえいなければ……俺は死ななかったッ!!」
ただ謝ることしかできない俺に、突如兄さんは声を荒げ、殺気が膨れ上がる。それに呼応するかのように“影月”の輝きが増していく。それはまさに月のような、と表現しても過言ではないほど美しく、それに対して俺の目にはただ恐ろしく映った。




