第1話 ダンジョンL-16層
薄暗い地下ダンジョンⅬの地下16階(Ⅼ-16層)で、俺達は巨大なモンスターと対峙していた。
……リザードプリンス……
平たく言えば超でっかいトカゲだ。
強力な脚力と、身体を包む硬い皮膚が厄介なモンスターである。
そして、このリザードプリンスが、地下ダンジョンⅬ-16層のフロアマスターだった。
――ガチッ!
俺はリザードプリンスの腹に剣の切っ先を刺すことに成功した。
が、浅く入っただけで、剣はその表皮を突き破れない。
――ビュウンッ……
リザードプリンスの蹴りに、俺は吹っ飛んだ。
いや、正確には、リザードプリンスの蹴りを食らう前に、柔らかい疾風が吹いて俺を吹き飛ばした。
「ケイ!大丈夫??」
目の前のリザードプリンスに細心の注意を払いながら、エルフのマイが心配そうに見つめる。風の正体は、仲間のマイの風魔法だ!
俺がまともに蹴りを食らいそうになるのを見て、機転を利かせて飛ばしてくれたらしい。
「マイ、サンキュー……。大丈夫だ。」
そう言うと俺は、尻餅をついた身体を起こし、床に落とした剣を拾って構え直す。
マイの目の前では同じく仲間である巨人族のノボが、その怪力と大きな楯で、リザードプリンスの猛烈な蹴りや尻尾の連打を受け止めている。
「くそっ、こんな奴、手こずる相手でもないのに……。」
自分で言っておきながら、情けなかった。
そうだ、リザードプリンスは厄介ではあるが、特段にこのパーティの敵というわけじゃない。
午後6時さえ過ぎていなければ……。
「補助魔法ないときついよー!」
ドワーフのヨースが、後方でモンスター図鑑を捲りながら、泣き言を叫ぶ。
そいつぁ、俺のセリフだぜ、ヨース……。
「おい!『ポニー』!お前、早く補助魔法出せ!」
「……私は、『コニー』よ。何度も言わせないで。」
パーティの切迫した状況にそぐわない返答をしたのは、4人パーティ最後のメンバー、俺と同じ人間で女性のコニーだ。
ハケン補助魔術師。
この辺の事情は追々説明しよう。この後があれば、だが。
「あと、残業はムリ。これも何度も言わせないで。」
続けて、俺の言葉にやれやれと言わんばかりに頭を振ると、その頭でポニーテールが小さく揺れた。
コニーは「ハケン」であることに頑なにこだわり、午後6時を過ぎたら手を貸さない。これはコニーのハケン契約条件であり、パーティメンバーの共通認識だ。
ポニー自身はというと、今は自分を守れる最小限だけの結界を張って、リザードプリンスが足や尻尾でまき散らす小石の破片を防ぎながら、のんびり背伸びをしている。
「くそー、俺の剣とノボのハンマーさえ補助魔法で強化できれば、リザードプリンスの皮膚を突き破れるのに……。」
俺はぶっきらぼうなコニーに対して、それでもその実力自体は既に認めている。
「ケイ、オレ、腹減って、力、出ない……。」
普段は無駄口を叩かない巨人族のノボが弱気を見せた。
最大の弱点である「空腹」が発動したのだ!
トホホ……。いよいよ俺達、危ないかもな……。
「リザードプリンスの尻尾は、カニみたいで美味しいんだよー。こいつを倒したら、お腹いっぱい食べようよー!だからノボ、もうちょっと頑張ってー!」
ヨースが、いつものように語尾を伸ばしながら、緊張感の無い応援をする。
ドワーフのヨースのジョブは、ダンジョンコックだ。
攻略したモンスターを食糧にしていかなければ、日をまたぐダンジョン攻略はできない。ダンジョンコックはダンジョン攻略に必要不可欠なメンバー。
また、何のどこを食材に出来るのかも含めたモンスターへの深い造詣から、モンスターの弱点分析等、知識面でパーティをサポートするのもヨースの役割だ。
「……カニ?」
その時、コニーがピクリと反応した。
コニーが反応を見せたのも束の間、マイが叫んだ。
「皆、気を付けて! リザードプリンスの尻尾が光ってる! 」
睨みつけた先では、リザードプリンスが灼熱の火炎球を用意していた。
まずい! あの光り具合、発動は間近だ。
「もう一度あの火炎球が来るよ!」
マイが悲痛な声を上げた刹那――
「……&リフレクト・レベル5……」
後方から、何やら魔法の詠唱の声が聞こえた。
次の瞬間!
リザードプリンスの尻尾から灼熱の炎が……、
飛んでこなかった。
リザードプリンスが発動した火炎球は、突然宙に発現した鏡のような魔法陣にぶつかり、膨張した。
そしてそのまま、膨らんだ火炎球が放つ眩い光ともども、勢いよく跳ね返された。
コニーの魔法だ!
その獰猛な火炎球に焼き尽くされてしまったのは、リザードプリンス自らだった。
「しまった……。私としたことが……。」
何やらコニーが苦悶の表情でこぼした。
「やったー、リザードプリンスを倒したー! 早くコアも壊してー!」
ヨースが小さい身体で飛び跳ねながら、無邪気な声を上げる。
ダンジョンのフロアマスターは、それぞれの体内に赤い石のようなコアを持っている。これを壊すと、同じフロアの手下のモンスターも崩れるか、フロアマスターの支配下から解放され、そのフロアを攻略したことになる。これがフロアマスターのフロアマスターたる所以である。
「……コアを壊すのは私の仕事じゃない。」
コニーがそう漏らすと、俺はその言葉を無視して、リザードプリンスの焼けた身体を剣で引き裂いた。
すっかり焼けたリザードプリンスの皮膚は、さっきまで苦戦していたその硬さをすっかり失っていた。
俺は難なくコアをほじり出し、巨人族のノボに顔を向けると、ノボはコアをハンマーで粉々に砕いた。
マイは怪訝な顔をしながら、
「コニー、助けてくれてありがとう! どうかしたの?」
と、エルフに特徴的な大きい瞳をパーティくりさせながら、コニーを覗き込んだ。
「……私はミディアムレア派。なのに、加減を間違ってウェルダンにしてしまった……。」
マイはコニーが何を言っているのか分からず、キョトンとしている。
「ポニーさんもいいとこあるじゃないの、『私、残業しないですから』なんて言っておきながら手助けしてくれちゃってさ。」
俺は一仕事終えた疲労感をにじみ出し、コニーに精一杯の嫌味をぶつけた。
するとコニーは眉ひとつ動かさず、
「私は食事したかっただけよ。これはプライベート。あなた達も食べるなら、その分の食材費、ハケン契約している業務料とは別料金をいただくわ。」
と、真顔で言い放った。
「……ったく、正気じゃねえよな。まあ、食べるけどよ.……。」
「食材費の原価は労務費だったと計算して……。リフレクトに、ブーストをそれぞれレベル5使ったから、税込みで5万5千ゼニ―を帳簿に付けておくわ。香ばしく焼けるように炎耐性拒否の魔法も練り込んでいたけど、焼けすぎちゃったからそれはおまけしとく。後で忘れずに帳簿にサインしなさいね。」
……たっ、高え……。
てか、そんなにいくつか魔法混ぜてたのね……。
ノボとヨースは聞こえなかったフリをするように、せっせと、今や香ばしい匂いのする肉の塊と化したリザードプリンスをさばき始めていた……。




