第一部 光の目覚め 第1話 世界が終わる夢
『光の記憶 ―クリプトンの目覚め―』をお読みいただき、ありがとうございます。
この物語は、平凡な日常を生きる一人の男性が、不思議な夢をきっかけに自らの運命と向き合っていく、現代ファンタジーです。
夢と現実、そして宇宙の記憶が交差するとき、物語は静かに動き始めます。
どうぞ最後までお付き合いいただければ幸いです。
夢は、いつも同じところから始まる。
果てしなく広がる宇宙。
星々は静かに輝いているはずなのに、その夜空には不気味な静寂が満ちていた。
遠くで、巨大な艦隊が燃えている。
白銀に輝いていた宇宙船は炎に包まれ、無数の光となって暗闇へ散っていく。
誰かが叫んでいた。
「クリプトン!」
切羽詰まった声。
悲しみと希望が入り混じった、その一声が胸を貫く。
「まだ終わってはいけない!」
「あなたには地球へ行ってもらう!」
私は振り返る。
目の前には、黄金色に輝く巨大な宇宙船があった。
船体には見たこともない紋章が刻まれている。
その中心から、白金色の光が静かに脈打っていた。
周囲では仲間たちが必死に動いている。
誰もが私を見つめていた。
その瞳には恐怖ではなく、揺るぎない信頼が宿っている。
「急げ!」
「虚無の門が開く!」
次の瞬間、宇宙全体を揺るがす轟音が響いた。
目の前の空間が大きく裂ける。
漆黒の裂け目。
そこから、光さえ飲み込む闇がゆっくりと姿を現した。
その存在を見た瞬間、身体が震えた。
本能が叫ぶ。
──あれに飲み込まれれば、すべてが終わる。
私は胸の前で強く拳を握った。
逃げるわけにはいかない。
守らなければならない。
誰を?
何を?
その答えだけが思い出せない。
すると、一人の青年が私の肩へ手を置いた。
黄金色の瞳。
静かな微笑み。
「クリプトン。」
「約束を忘れるな。」
その言葉と同時に、胸の奥が熱くなる。
約束……。
誰との約束だったのか。
思い出そうとした、その瞬間。
世界が白い光に包まれた。
◇
けたたましい目覚まし時計の音が、静かな部屋へ響いた。
午前六時。
さとしは勢いよく身体を起こした。
全身が汗で濡れている。
息は荒く、鼓動だけが激しく胸を打っていた。
「また、この夢か……。」
額の汗を拭いながら、小さくため息をつく。
ここ数か月、同じ夢を何度も見ていた。
宇宙。
燃え上がる艦隊。
そして、自分を『クリプトン』と呼ぶ声。
映画を見た記憶も、小説を読んだ覚えもない。
それなのに夢は、現実以上に鮮明だった。
窓のカーテンを開ける。
朝日が部屋へ差し込み、見慣れた住宅街を優しく照らした。
通学する子どもたち。
犬の散歩をする老人。
新聞配達のバイク。
どこにでもある、穏やかな朝。
「夢は夢だ。」
そう自分に言い聞かせながら、さとしはコーヒーを淹れる。
湯気とともに立ち上る香りが、少しずつ心を落ち着かせてくれた。
だが、カップを手にしたその時だった。
窓ガラスに映る自分の姿の後ろで、白い光が一瞬だけ揺らめいた。
さとしは驚いて振り返る。
誰もいない。
もう一度窓を見る。
そこには、いつもの自分しか映っていなかった。
「……気のせい、だよな。」
そう呟いた声は、自分でも驚くほど小さく震えていた。
その日一日、さとしの頭から夢のことは離れなかった。
会社へ向かう車の中でも、信号待ちの間でも、会議の最中でさえ、耳の奥にはあの声が残っていた。
『クリプトン……。』
誰の声だったのだろう。
なぜ自分は、その名を聞くたびに胸が締めつけられるのだろう。
答えは見つからない。
それでも、心の奥では何かが始まろうとしている気がしていた。
会社へ到着すると、いつものように同僚たちが笑顔で挨拶を交わしている。
「おはようございます。」
さとしも笑顔で返したが、自分の表情がどこかぎこちないことに気づいていた。
「どうした? 少し顔色が悪いぞ。」
声を掛けてきたのは、高橋だった。
年齢は五十代半ば。
穏やかな性格で、職場では誰からも信頼されている先輩社員だった。
「少し寝不足で。」
「また仕事を頑張り過ぎたんじゃないか?」
高橋は笑いながら缶コーヒーを差し出した。
「ありがとうございます。」
二人は休憩スペースの窓際に並んで立つ。
外では春風に揺れる桜が、美しく花びらを散らしていた。
「さとし君。」
高橋が静かに口を開く。
「君は、不思議な夢を見たことはあるか?」
さとしは思わず高橋を見つめた。
「えっ?」
「夢なのに、現実よりも現実らしい夢だ。」
胸が大きく脈打つ。
「どうして、それを……。」
「いや。」
高橋は少し照れたように笑う。
「昔の私も、同じような夢を見たことがあってね。」
その言葉に、さとしは息をのんだ。
「どんな夢だったんですか?」
高橋は少し考え込み、静かに首を振った。
「もうほとんど覚えていない。」
「ただ、一つだけ覚えている言葉がある。」
窓の外を見つめながら、高橋はゆっくりとつぶやいた。
「――光を忘れるな。」
その瞬間だった。
ドクン。
胸の鼓動が強く鳴る。
目の前の景色が、一瞬だけ白く揺らいだ。
桜並木の向こう。
一人の白い服を着た老人が、こちらを見つめて立っている。
柔らかな笑みを浮かべ、まるで「ようやく会えた」と語りかけるような眼差しだった。
さとしは思わず窓へ駆け寄る。
しかし次の瞬間、老人の姿は消えていた。
「どうした?」
高橋が不思議そうに尋ねる。
「いえ……。」
さとしは窓ガラスに映る自分の姿を見つめる。
夢と現実の境界が、少しずつ溶け始めている。
そんな予感だけが、静かに胸へ広がっていた。
その日の夕方。
仕事を終えたさとしは、まっすぐ家へ帰る気になれなかった。
理由は分からない。
ただ、誰かに呼ばれているような気がした。
気づけば足は、小さな公園へ向かっていた。
夕焼けに染まる空。
子どもたちの笑い声。
風に揺れるブランコ。
その風景の中に、一人だけ静かにベンチへ腰掛ける老人がいた。
白い帽子。
穏やかな微笑み。
朝、窓の外に見えた人物と同じだった。
老人はゆっくりと顔を上げる。
そして、初めて会うはずのさとしへ向かって、懐かしそうに微笑んだ。
「やっと会えたのう……。」
「クリプトン。」
その一言で、さとしの世界は大きく動き始めた。
第一話を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
さとしが見続ける「世界が終わる夢」と、「クリプトン」と呼ばれる謎の存在。
この夢は単なる夢なのか、それとも忘れられた記憶なのか。
次話から物語は大きく動き始めます。
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次回もよろしくお願いいたします。




