1. 女神様の暇つぶし
世界の分断は加速していく——。
天上界に浮かぶ、神様の御殿にて。
美しい純白の着物を身に纏った女神ミカは、肘掛けに体を預けてくつろいでいた。顔を下に向ければ、雲の隙間から下界の様子が垣間見える。
下界には、ミカが創造した世界が広がっている。
今、その世界の至るところに、ニンゲンたちの分断と対立が顕在化していた。
「なんて不毛な争いかしら……」
ミカはそう呟くと、深いため息をついた。
ミカの侍従としてその傍らに控えるワタシは、ミカの呟きを聞いて、ちくりと心が痛んだ。
ワタシはつい最近までは下界の人間だった。ミカの言う「不毛な争い」という言葉には心当たりがある。
それはおそらく、人間界で大きな勢力を持つダイヤ帝国の中で巻き起こっている権力争いのことだろう。帝国の頂点に君臨する帝王キングは老齢でその力に翳りが見え始め、次の王位の座を巡るジャック派とクイーン派の権力闘争が勃発していた。
ワタシは生前、その不毛な争いに首を突っ込んだ挙句、自らの精神を病んでしまい、最終的に自死という道を選んでしまった。
どうせ地獄行きで救いなどない、と諦めていたのに、どういう訳かミカに拾ってもらって、今ここにいる。
自分に課せられた役目は、ミカの御前で彼女の話し相手になることだった。
「不毛な争いとは、ダイヤ帝国内の権力争いのことですね? ジャックとクイーン、どちらが勝つのでしょうか? ミカ様はもうお見通しなのですよね?」
ワタシは律儀に膝をつきながら、彼女に問いかけた。
しかし、ミカはワタシをちらりと見た後、再びため息をついた。
そして露骨に不機嫌な表情を浮かべている。
「あなた、何も分かっていないわね。私、そんなの興味ないわ」
その返答に、ワタシは頭を抱える。ミカの機嫌を取るのはとても難しかった。
さてさて、帝国の権力争いに興味がないとすると、もっと広い視座を持つべきだろうか?
ワタシから見て気になるのは、人間界でダイヤ帝国に並ぶ広大な国土を持つ国家——ハート王国の存在だ。最近、ダイヤ帝国とハート王国は対立を深めている。どちらが世界の覇権を握るかを巡る争いが起きているのだ。
「それではダイヤ帝国とハート王国の争いのことですか? 一体どちらが世界の覇権を握ることになるのでしょうか?」
ワタシがそう言うと、ミカは今日一番の深いため息をついた。
「違う、そういうことじゃない!! 私がさっき興味ないって言ったのは、“どちらが勝つか”っていう部分に対してよ。国家間の対立も、権力者どうしの争いも、あるいはもっと瑣末な民衆どうしの争いも、全部ひっくるめて、私は“不毛な争い”って言ったのよ。……不毛な争いの勝敗なんて、全然興味ないわ」
なるほど、そういうことでしたか。まったく……ミカ様も性格が悪い。
言葉足らずでは真意が伝わらないではないか。
意を汲み取る側の苦労をもう少し分かって欲しいものだ。
ワタシが内心で不満を溜めていると、ミカが少し丁寧な口調で言った。
「私も言葉足らずでちょっと悪かったわ。これじゃ、あの愚かなニンゲンどもと同類になってしまうわね。争いの火種は、意思疎通の不足、そして己の謙虚さと相手への思いやりを失ったところから大概始まるから」
ミカは少し顔を赤らめながら、ワタシに頭を下げた。
ワタシは手のひらを返して、ミカ様に対する評価を見直した。
さすが、ミカ様! 神という地位に驕らず、下僕に頭を下げるほどの謙虚さを持っているなんて、素敵だわ!
そこでワタシは気を取り直して、ミカへ質問する。
「そうですよね、不毛な争いの勝敗なんて興味ないですよね……。では、結局どちらが正しいのでしょうか? ダイヤ帝国かハート王国か。あるいはジャックかクイーンか?」
今度は、ミカは鼻で笑った。
「ふんっ。そんなの知らないわよ、私」
「えっ……?」
ワタシは思わず目が点になる。
神様はなんでも知っているのではないのか? 全知全能の神が、何が正しいか知らない、と言うのなら、下界のニンゲンたちは何を争っているのだろう。
ワタシは、下界をちらりと覗き込んだ。
ダイヤ帝国のほうを見れば、ジャック派とクイーン派がちょうど言い争いをしていた。勢いがあるのは、ジャック派だ。若いイケメンのジャックが「我こそが正しい」と声高に叫んで、クイーン派の民衆たちを罵倒していた。そして、ジャックの周囲には「そうだ!そうだ!」と加勢する者たちが続々と集まってくる。
あいつのほうがよっぽど神様みたいに崇められているな、とワタシは思いつつ、目の前のミカに視線を戻した。
ミカは相変わらず肘掛けにもたれかかって、呑気に欠伸をしている。
ミカに対するワタシの評価はまたガタ落ちだ。
この方、本当に女神様といえるのか?
そんなワタシの意を汲み取ったのか、ミカが微笑みを浮かべながら弁明した。
「この世の正しさを全部知っている完璧な神様も異世界にはいるのかもしれないねぇ。でも、私は知らないよ。何が正しいかなんて」
そこでワタシは少し意地悪く問いかけてみる。
「この世界の創造主なのにぃ?」
ミカは余裕そうな笑みを絶やさない。
「私は世界を作っただけ。そして、ニンゲンたちを含め、そこに住まう万物を用意しただけよ。創造主として、この世界がどういう結末を迎えるのか最後まで見届ける責任はあるけれど、何が正しいかを私が決めているわけでもないし、この世界の行き着く先は私の手の中にないわ」
その答えに、ワタシは少しだけ納得した。
なるほどね、この世界がハッピーエンドを迎えるのか、バッドエンドを迎えるのかは、あくまでその世界の住人たちに委ねられている、という訳か。
ワタシは質問の角度を少し変えてみた。
「ニンゲンたちの不毛な争いはもう止まらないのでしょうか?」
するとミカの表情から途端に笑みが消えた。
「たぶん止まらないわ……。私がニンゲンというものを愚かに作りすぎたのかもしれない。まさかあんなに次々と驕り高ぶる者が現れて台頭するとは思いもしなかった……」
それからミカはひと呼吸置いて、ワタシに問いかけた。
「世界の分断は、どうすればなくなると思う? 私はあの世界に干渉するつもりはないけれど、暇つぶしにあなたの考えを聞いてみたいわ」
ワタシはしばらく考え込んだ。
不毛な争いの続く下界を眺めながら——。
本日4/4、1時間おきに完結まで連続投稿します(四話で完結)。




