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クラリーチェ《2》

 私は最近、よく祈るようになった。ふとした時に手を組み、二人が健やかでありますようにと神様にお願いする。


 私は聖女様じゃないからこの行動にきっと意味なんてないけど、それでも祈らずにはいられない。

 それはフローラとエリゼオが、誰よりも大切だからに他ならないから。


◇◇◇


「うーん、これが一番綺麗……ですかね?」


 そう呟きながら手に取ったみずみずしい真白の花を、エリゼオがしげしげと見つめた。


「綺麗な花ですね」


 その言葉に笑みを返す。

 明日はフローラの誕生日。花が大好きなフローラが花屋の奥で薔薇を見ている間に、エリゼオとフローラに渡す花を決める。そして明日の早朝にエリゼオが取りに行ってくれる。


 お店の人に足止めを頼んだがフローラがこちらに来るまでに時間はない。急いで決めなきゃ、と私はお店の人にいくつかの花を選んでお願いした。その中にはさっきの真白の花も含まれている。

 注文を終えた私は、安堵から息をつきながらエリゼオに話しかけた。


「そういえばさっきの花は『ムーンフラワー』という名前なんですよ。月光を浴びて咲くのだとか」


 真白のふわふわとした丸い花弁が重なり合った姿は、月のようにコロンと可愛らしい。

 満月の光を集めたような真白の色は、見る度にため息が漏れてしまう。


「フローラのイメージにピッタリだと思いませんか? 凛としていて、月のように綺麗で」

「僕もそう思います。フローラは月光を浴びたような美しさがありますから」


 二人でフローラ可愛い談をしていると、ひょっこりとこちらの様子を窺うようにしてフローラが帰ってきた。

 その顔は、隠しきれない程ニヤついている。


 幸せそうな顔のフローラを見て、私たちは顔を見合わせた。

 ……どうやら私たちの作戦は、フローラにはお見通しだったらしい。



 そして次の日。既にご満悦そうなフローラに、私たちは花束とケーキ、それから沢山の贈り物を渡した。フローラの好きな色であるミントグリーンの髪飾り。甘いチョコレート。フリルがたっぷりの大きなツバの帽子。

 贈り物で周りを埋め尽くされたフローラが、大きいクマの人形に顔をうずめながら子供みたいに笑う。


「私の部屋に入りきらないですよぉ、二人共」


 こちらを責める口調でありながら、フローラのニマニマ顔からはそんなこと思ってないのが明白で。私とエリゼオは顔を見合わせ笑った。


 顔を綻ばせながら綺麗な絵が沢山詰まった本をめくり出したフローラの手に、そっと私の手を乗せる。


 透明な桃色の瞳が私を映す。


「私に出会ってくれて、ありがとうございます。二人がとっても大好きです。これからも、フローラとエリゼオの側にずっといたいです」


 じんわりと透明なモノが、桃色の瞳から零れ彼女の頬を濡らした。


 フローラは、一等素敵な笑みを浮かべた。


「その言葉が、なによりも嬉しい贈り物です。ずっとずっと大切にします。ありがとうございます、クラリーチェ」


 それから恥ずかしそうに顔を赤らめたフローラは、「花を入れる花瓶を選んできます!」とメイドを引き連れ違う部屋に行ってしまった。

 残された私たちはソファにそれぞれ腰掛け、紅茶を飲む。


「フローラが喜んでくれて、良かったですね」

「……はい、そうですね」


 ボンヤリと生返事をしたエリゼオは、何処か浮かない顔をしている。


「どうしたんですか?」

「いえ、ちょっと、」


 ははっと軽く笑った後、エリゼオは目を伏せた。


「僕の生まれてきた意味はなんだろうと思ってしまいまして」


 銀髪が日に照らされサアサア輝いている。その銀髪が少し目にかかっていて、私はエリゼオが泣いているように錯覚した。

 

「僕には弟がいるんですけどね。まだ十歳なんですけどとても賢い子なんです。それで、僕がいなければこの子が当主になっただろうなぁと」

「……エリゼオ」

「剣もそうです。どれだけ鍛錬を積んだとて、あの運命(・・・・)を前にすればそれは小さくてすぐに消えてしまうような光でしかない」


 フローラが出ていった扉を見つめるエリゼオの瞳は凪いでいて、彼が何度も自問自答してきたことを表していた。


「大切な人を救える保証なんてないんです。僕の今の生きる意味は、大切な人を救えるかだというのに」


 落としたらすぐに壊れてしまう陶器の人形のようなエリゼオに、私は一瞬どんな言葉をかければいいか分からなくなった。

 でもなにも言わないのは嫌で。精一杯口を開く。


「出来ないこと、沢山あります。やれないことも、沢山あります。逃げ出したいことだって、数え切れないくらいあるんです」


 私がそうだったから。

 周りに拒絶されて、渇望しても叶わないことは沢山あった。

 その度に、私も周りを拒絶した。

 

 だからこそ。


「それら全てに逃げずに立ち向かうエリゼオを、私は凄いと思います」


 最初から無理だとしても。それでも小さな光に手を伸ばす彼こそが、既に誰かの煌めきだと思う。

 

 目を見開くエリゼオに、私はなるべく強く見えるようにニッと笑ってみせる。


「私、エリゼオの誕生日にたっくさんお祝いします、フローラと一緒に。エリゼオが生まれてきて良かったと笑ってしまうくらい。覚悟してくださいね?」


 エリゼオはパチクリとした後「やっぱりクラリーチェはとても良き方だ」とフワリと笑った。


 二人でくつくつ笑っていれば大きな花瓶をカートに乗せたフローラが帰ってきて、花瓶の大きさに今度は三人で笑った。


 後日フローラが渡した花で栞を作ってくれて、私たちは毎日使おうと約束した。



 そんな日々が幸せで、そんな日々が続いて欲しかった。

 自分が醜い魔女だということも忘れ、私はたっぷり幸せを感じた。


 ――だから、これは罰なのかもしれない。


 フローラとエリゼオが乗った馬車が崖から落ち、フローラは亡くなりエリゼオは意識が戻らない状態らしい。


◇◇◇


 二人は人気のない森にある道を馬車で走っていた。隣の領地に行くにはそこが最短だったらしい。

 だがそこで雨が降り始めた。雨は段々と雨量を増し、雷を伴うモノとなる。その雷の音で馬が錯乱状態になり、二人は崖から落ちた。

 二人が乗っていた馬車は馬が興奮した時に扉部分を木にぶつけ歪み、扉が開かず出ることも叶わなかった。


 そしてフローラの家で働くメイドの証言では、二人は紅茶を求めにその領地へ行っていたらしい。

 その領地でつい先日出来た新しい紅茶はまだ流通してなく、また大切な人に贈るモノだからと二人は遣いをやるのではなく自分たちで赴いた。

 事故の三日後は、私の誕生日だった。


 喪服に着替えた私は、自分が酷い顔をしていることに鏡を見て気がつく。


「……二人がいれば、なにも要らなかったのに」


 ボンヤリ呟いてから、私は馬車に乗った。


 途中で花屋に寄ってから、私はフローラの家へと向かう。


 着いてみれば、手紙で来ることは伝えていたのに誰も来ない。黒い門は固く閉じられている。

 まあ、待ってればいいか。そう考え、青い空を眺めながら私は門の前で立ち尽くしていた。

 

 それから何時間経ったか。いつの間にか青い空は流れオレンジ色へと移ろっていた。

 帰りましょう、と促すメイドにもなんの言葉も返さず立っていれば、硝子が割れる音が響いた。

 ユラリと顔を上げれば、そこにはフローラと同じ真白の髪の毛を持つ女性が顔を真っ赤にして立っていた。その側には、門に当たって砕けたであろう硝子が散らばっている。


「私の娘を不幸にした魔女がなにをしにきたのよッ! 醜い魔女のせいで、あんな予言が出来てしまった、当たってしまった! 出ていってよ、気持ち悪いッ!!」


 息ができない。


「魔女なんて、なんでいるのかしら。さっさと死んでよッ!!」


 砕けた硝子が私の心臓に刺さるような痛みがする。

 痛い。痛い。痛い。


 女性は、屋敷から現れた男性に宥められ何処かへと連れて行かれた。

 その男性も、私を冷たい目で見遣った。


 足元の地面が壊れていくような心地がする。腹の底まで冷えていく。

 私は崩れ落ちた。

 メイドに支えられながら荒い息を吐く。



 ――私は誰かを呪ったりしない。だって不平不満を感じにくい訓練を受けているのだから。



 いいえ、フローラとエリゼオのお友達だから。


「ああ……っ」


 でも私は大切なただ二人だけのお友達すら助けられなかった! 私の祈りになんの意味もないから! 私は聖女じゃないから! ただの醜い魔女だから!


「花を、持ってきただけなんです」


 門を掴み、声を絞り出す。ムーンフラワーは、握りしめたせいか茎がポッキリ折れてしまっていた。


 何処かで獣のような咆哮が聞こえる。


 私は大切なお友達の棺に、花を手向けることすら出来ない。


「開けて、開けてください……」


 ようやく気がついた。獣のような咆哮を上げていたのは、私だった。涙もボタボタ零れ落ち地面をまだらに染める。


 でも門は開かれることはなく、私はメイドに無理矢理馬車に乗せられフローラの家をあとにすることになった。


 茎の折れたムーンフラワーが門の前で取り残され、花弁をゆったり揺らしていた。


◇◇◇


「クラリーチェ、おかえりなさい」


 帰ってきた私を、母様と父様、そして兄様がそれぞれ労ってくれ一人ずつ抱きしめてもくれた。


 フローラのお葬式に付いて行く、と言った父様たちに「私のお友達だから一人で行く」と見栄を張った。

 だけど今こうなって分かった。周りは私とフローラたちを友達だとは思わないのだ。それを理解していたから、父様たちは私に付き添おうとした。

 ごめんなさい、と謝れば三人共泣きそうな顔になり私の頭をわしゃわしゃしだす。


「それからクラリーチェ。エリゼオ様は目を覚ましたそうだ。運よく、怪我も足の骨を折ったくらいだそうだ」


 エリゼオの家の方は私にも同情的で教えてくれたらしい。


 目を覚ました。その言葉に安堵の息を漏らす私を見て、母様は顔を曇らせた。


「……だけど、綺麗さっぱり記憶をなくしているらしいの。フローラ様のことも、クラリーチェのことも覚えてないらしいわ」


 目の前が真っ暗になった。


 神様。どうしてあんなに良い人たちが痛ましい目に遭うのでしょう。本当は神なんていないのですか?

 二人を幸せにすることは出来ないのですか?



 ……ううん、ある。

 私には呪いの力がある。

 フローラとエリゼオが幸せになる為に、どんな犠牲を払っても構わない。


「父様、母様。お願いがあります」


 その願いの内容に、三人は目を見開いた。


◇◇◇


 エリゼオの家族に許可を貰い、彼らの家の応接間で待つ。そうすれば、車椅子に腰掛けたエリゼオがやって来た。


 彼は困惑しきった顔をしている。


「……あの、貴女は誰ですか?」


 私はニッコリ笑った。


「貴方の婚約者になった、公爵家が長女、クラリーチェ•フォルクスです」


 ゆっくり近づいて、それから跪き彼の手を取る。


「これから、どうぞよろしくお願いします」


 少し頬がこけた彼は瞳を曇らせ、きつく眉を顰める。


「僕は、君を愛することは出来ない(・・・・)


 私は目を見開いた。

 エリゼオの家族は、フローラと私、それから事故の記憶がなく混乱しているエリゼオに私たちのことを教えるのは落ち着いてから、と判断したらしい。

 だからエリゼオはフローラを知らない。それなのに、彼はフローラを覚えているようだった。愛しさがこみ上げ口角が上がる。


 私は安心させるように手を握りしめた。


「構いません。半年後に愛していただけるなら」


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