36話:やってきました断罪の場です!
遂に着いてしまった。
断罪の場となる宮殿に。
エントランスで馬車を降りると、そこは白いドレス姿の令嬢で溢れかえっている。そんな令嬢をエスコートする黒のテールコート姿の令息の姿も目に入った。
婚約していれば、屋敷まで迎えに行き、エスコートするのがセオリー。
私は……イレギュラーだった。
「まさかと思ったけれど、そのまさかでしたね」
その声にハッとして顔を上げると、そこには黒に近い深緑色のテールコート姿のヴェルナーがいる。襟足の長い銀髪にエメラルドのような瞳。細身のテールコートも実にお似合いだ。
「キャンデル伯爵令嬢。同伴者のいないわたしに君をエスコートさせてもらっても?」
「! よろしいのですか?」
「元々同伴者はいないんですよ。わたしは婚約をしていないから。それに親しい令嬢なんて君ぐらいです。君以外をエスコートしたら、いろいろと噂になります。その点、君は婚約者もいるし、その上、婚約者があんな状態だから……」
そこでヴェルナーはエントランスホールに目をやった。
扉は開け放たれているため、ホールの様子はここからでも見ることができる。
「……!」
白いドレスにピンクブロンド。
あれはアナ。
そのそばには従者兼護衛の黒髪にルビー色の瞳のリベルタスがいて、彼は……黒のテールコートを着ている。伯爵家の次男であるリベルタスも、今日が社交界デビューなんだ。ということはアナをエスコートして来たのだろう。
だが。
そのアナのそばに張り付くようにしているのは、ジャレッドだ。
どうやら控え室までアナをエスコートするつもりに見える。
「エスコートする相手がいるのに。そもそも婚約者がいるのに。強引に割り込むなんて。彼が未来の公爵だと思うと、この国の行く末が心配になります」
それは私も同感だ。
でもヒロインであるアナと結ばれたら……きっとまともになるのかしら?
それは分からないが、隣国の皇子にこんな醜態を自分の婚約者が晒すなんて。
やれやれだわ。
あっ……! 気づいてしまった。
さっきヴェルナーが「まさかでしたね」と言っていたのは、ジャレッドとアナのことを言っていたのだろう。まさか婚約者を差し置き、別の令嬢と社交界デビューとなる舞踏会に現れるなんて、と。
ここはもう申し訳ない気持ちが高まり、つい、こう口にしていた。
「未来の公爵……。そうですよね。不快な様子をお見せすることになり、申し訳ありません」
「婚約者だからといって、キャンデル伯爵令嬢が謝る必要はないですよ。あれは彼自身の人格の問題だと思いますので。それよりも行きましょう」
ヴェルナーが私の手を取り、歩き出す。
見目麗しいヴェルナーが動き出すと、皆の視線が集まる。
一体誰が、あのヴェルナーにエスコートされているの!?
そうなるが、私だと分かると「ああ」という表情になる。
婚約者がいるのに、その婚約者にエスコートしてもらえない可哀そうな令嬢。
ヴェルナーも同情しているのだろう……そんな解釈をしてもらえる。
見下されているだろうが、波風は立たないのでこれで良しとする。
それに。
ヴェルナーにエスコートされるのは気分がいいことだ。
特に一人で控え室まで行くことになると思っていたから。
「エール王太子殿下は、ホールに直接登場なんですかね」
「そうだね。そうなると思うよ。殿下もまた、私と同じ。同伴者がいないからね。妹君をエスコートして入場だろう」
その妹は冒頭の挨拶で退場のはずだ。
まだ舞踏会でダンスをするような年齢ではないから。
「ところでキャンデル伯爵令嬢」
「はい」
「イヤリングは忘れたのかな?」
「あ……」
そこでイヤリングは、ホールに入る直前につけるつもりだと明かす。
理由は……特にない。なんとなくだ。
「ふうーん。なんだか意味深ですね」
「本当にただ、なんとなくなんですよ!」
そんな会話をしていると、控え室のホールの入口の扉の前に到着している。
ここまで来てしまった。
もう後戻りはできない。
心臓が急にドキドキしてきた。
「では中に入りましょうか」
「はい……」
「……緊張していますか?」
「少しだけ」
ヴェルナーが敏感で少し困ってしまう。
深呼吸をして、気持ちを落ち着ける。
ゆっくり開いた扉から中へ入る。
控え室とはいえ、ホールなので、天井も高い。
シャンデリアも煌めき、ゴールドが目に着く内装に圧倒された。そしてそこには既に大勢の令嬢令息が集結している。
王立エール魔法学園は人数が限られていた。
だが学校はここ以外にも沢山ある。
王立エール魔法学園以外に在籍する貴族の令嬢令息も大勢いるのだ。
さらには女学校や男子校を選ぶ令嬢令息もいるわけで。
そんな彼らの中で、今年社交界デビューする者がここに集結したわけだ。
こんな場で婚約破棄と断罪を告げなくてもいいのに。
ゲームをプレイしている時は、ドラマチックな演出だと思った。
悪役令嬢を追い詰めるのに、これ以上の舞台はないと。
でも今、自分が悪役令嬢の立場でここにいると……。
事前に知らされていなければ、ここまで緊張しなかったかもしれない。
でも私は前世の記憶を保持しているから……。
「!」
ジャレッドがアナを同伴し、入場してきた。
その後ろにリベルタスが続いている。
本当はリベルタスがエスコートするはずだっただろうに……。
ジャレッドはさすがに身勝手が過ぎる!
私は悪役令嬢だから、ジャレッドから冷たい態度をとられても、それはシナリオの強制力もあるから……と諦めがつく。でもリベルタスは完全にモブなのに。
だがそんなリベルタスを心配している暇などない。
間もなくジャレッドによる断罪が始まるのだから――。