35話:近づくその時
後期テストは勉強をしている期間を含め、怒涛の勢いで終わった。
終了の鐘の音を聞いた時、みんな魂が抜け切ったようになっている。
だが終わったのだ。
後はバカンスシーズンの始まりを待つばかりだった。
テストの返却も気分がふわふわした状態で、そしてバカンスシーズンに突入した。
だが突入と同時に。
私には緊張感が走る。
いよいよその日が来る、と。
「私の屋敷は宮殿に近い。君は伯爵家だが、我が家は公爵家。王家とのつながりも深い。よってエスコートは、舞踏会が行われるホールの入口の扉の前からだ」
社交界デビューとなる舞踏会まで、残り三日という日。
当日着るドレスの試着を終えた私は、公爵邸に向かった。
そしてジャレッドと恒例の苦行のお茶会に臨んでいた。そこでずっと答えを先延ばしにされていた、舞踏会のエスコートの件の返事をもらえた。
それはゲームと全く同じ展開。
だがこの約束が守られることはない。
なぜなら控え室で、婚約破棄と断罪を告げられるのだから。
悪役令嬢エマが、舞踏会が行われるホールの扉の前に立つことはない。
ジャレッドにエスコートされることはないのだ。
それでもこう返事をするしかない。
「分かりました」
「それと」
まだ何かあるのかしら。
「君に贈られた本だが」
!
これまでのお茶会で触れることがなかった本の件が、ここで出てくるとは。
すっかり忘れていた。まさに不意打ち。
今更ジャレッドの感想なんて、聞かなくてもいいのだけど……。
どうせ嫌味を言われるだけだろうし。
「精密なスケッチで植物が描かれており、そこに分かりやすく説明が記載されている。ガーデニングをする際の注意点も記載されており、とても役に立つ」
ジャレッドの言葉に、口をぽかーんと開けそうになった。
だが。
「……そう、アナが言っていた。以上だ」
「えっと……ご自身はお読みになっていないのですか?」
「キャンデル伯爵令嬢。愚かな質問をしないでくれ。私は公爵家の跡取り息子なんだ。植物図鑑を眺める時間なんてない!」
キッパリとジャレッドは言い切っているが。
アナに贈られたと信じているロマンス小説『不倫の代償~男爵令嬢の狂暴な愛。執念の果てに~』は、徹夜して読んでいたはずだ。なぜなら翌日、カフェテリアでアナとランチをしながら、その感想を熱く語っていたのだから。
つまり。
ロマンス小説を読む時間はあるが、庭園の造営に役立つ植物図鑑を眺める時間はないと。そしてその本を自分で目を通すことなく、アナに渡したのね。
でも。
ジャレッドが読むぐらいなら、アナが見てくれた方がマシだ。
正直。
断罪はされたくないが、ジャレッドと婚約破棄したい気持ちでい~っぱいだった。でも私から婚約破棄できないのは、この婚約が家門同士の取り決めであるからだ。両家の両親が許さない。そして我が家が伯爵家で、ジャレッドは公爵家。格上の貴族に対し、婚約破棄など言い出せるはずがない。
その一方で貴族は名誉を重んじる。アナに嫌がらせを繰り返すような私は、公爵夫人に相応しくない――この大義名分は、成立する。でもその肝心の嫌がらせが不成立の状態。
ジャレッドは一体どうやって両親を説得し、婚約破棄に漕ぎつけるつもりなのかしら?
それはつい考えてしまうことだけど。
「嫌がらせをしようとした」という路線で断罪することを想定していた。
だがよくよく考えると、シナリオの強制力が働くはずだ。そこはきっと上手く行くのだろう。私が気にする必要はない。
「わざわざディアス男爵令嬢の感想を伝えていただき、ありがとうございました。今日は以上ですか?」
私が尋ねると、ジャレッドは明らかに不機嫌そうな顔になる。
「このお茶会の終了のタイミングを決めるのは私だ!」
「大変失礼いたしました」
「ふん。これで終いだ」
こうしてジャレッドとの苦行だったお茶会も終了する。
そう。
これで最後だ。
もう二度とジャレッドとお茶会をすることはないだろう。
そう思うことで、ふつふつと沸く怒りを抑え込んだ。
◇
「まあ、エマ、とても素敵よ。その白のドレスも刺繍もレースもとってもいいわ。髪に飾っているティアラも。ネックレスもオペラグローブもつけているけど、イヤリングは?」
「イヤリングは会場に着いたら、つけるつもりです。イヤリングは落ちやすいので」
「確かにそうね。じゃあ、準備は完了ね」
ついに私の社交界デビューとなる舞踏会へ向け、屋敷を出る時間になってしまった。
両親は私を見送るため、エントランスホールまで来てくれていた。
「しかし。婚約者なのに、自身の屋敷が宮殿に近いからと迎えに来ないなんて……。イートン令息は、少し生意気が過ぎないか」
さすがの父親もジャレッドのこの対応には納得できていないようだった。
何せ貴族令嬢にとって、社交界デビューは一生に一度のもの。
結婚式に次いで重視されるものだった。
「お父様、仕方ないですわ。今日は馬車道も混むでしょうし。私もそろそろ出発しますね」
「そうだな。早めに到着するに越したことはない」
こうして私は馬車に乗り込み、窓から手を振った。
両親はエントランスで使用人たちと共に見送ってくれる。
完璧に準備した。
ドレスも髪型もお化粧も宝飾品も。
ダンスの練習もしていた。
でも、全部無駄なこと。
誰にも披露することなく終わる。
それなら手を抜きたいと思うが、両親がそれを許さなかった。
持参しているレティキュールの中から巾着袋を取り出す。
そこにはセシリオが競り落としてくれた、ロイヤルムーンストーンのイヤリングが入っていた。
セシリオはこれを加工して使えばいいと言ってくれたが、これはイヤリングとして完成している。下手に手を加えない方がいいと思った。
ジャレッドから婚約破棄&断罪をされたら。
このイヤリングをつけても、誰も何も言わないだろう。
イヤリングよりも、婚約破棄と断罪で持ち切りだろうから。
よって全てが終わったら、これをつけて屋敷へ戻ろうと思っていた。
婚約破棄&断罪を知ったら、セシリオはこのイヤリングを私がつけることを嫌がるかもしれない。でも気づかれない可能性の方が大きいだろう。
それに。
今日つけなければ。
もう一生外でこのイヤリングをつける機会なんて……ないだろうから。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
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クマさんではなく、 さんに出会うことで
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