30話:見事勢揃い
五月半ば。
王都で大きなイベントがある。
それがフラワーショー!
この世界、貴族の皆様、庭園の手入れに余念がない。
どのお屋敷にも専属の庭師がいるのは当たり前で、彼らは住み込みで毎日庭の手入れをしてくれる。それぐらい庭命なのだ、貴族は。
そうなるとその庭園に植える花、温室で栽培する花、邸宅内を飾る花には関心が高まる。
そして新緑のこの季節は一年で一番、花が自然に美しく咲く季節。
春先ではまだ開花していなかった薔薇も咲き誇る。
そこで満を持して開催されるのがフラワーショーで、世界中の美しい花が集められ、種や苗、切り花、鉢植え、ブーケ、いろいろと販売されるのだ。勿論、そこには魔法薬に使う薬草の扱いもある。入手困難な薬草を手に入れるなら、このフラワーショーを利用しない手はない。
というわけで。
このフラワーショーには、学校行事として各学年で足を運ぶことになっていた。目的はいくつかある。様々な花を、貴族の一員として、見て、触れて、学びましょう。入手困難な薬草をゲットしましょう、などだ。
「ファーストネームの名前順で、男女混合の五人一組のチームを作りました。チームごとに会場を回るようにしてください。翌日、レポートを書いて提出してもらうので、遊びではありませんからね」
教師の言葉に生徒達は素直に頷き、配布されたチーム編成を見る。
アナ・ココ・ディアス
ヴェルナー・フォン・ホルス
エマ・リリー・キャンデル
ジャレッド・イートン
セシリオ・レグルス・エール
すごい。
もしかしてこのイベントのために、みんなの名前をゲームの制作陣はつけたのかしら?
見事にゲームの主要キャラで、一つのチームができてしまった。
そう思うのは私だけで、ジャレッドはアナと同じチームなのでご機嫌だ。
ヴェルナーとセシリオはいつも通りで「よろしく、キャンデル伯爵令嬢」と笑顔を向けてくれる。
こうして。
フラワーショーに向かうことになった。
◇
制服姿の私は、馬車から降り、フラワーショーの会場となる国立エール庭園の入口まで歩いて行く。
普段は無料で観覧できる庭園として開放されている。しかし今はゲートにスタッフがいて、入場料を払い、中へ入ることになる。庭園の中には大小さまざまな広場があり、そこに天幕が用意され、花が展示されていた。展示されている花は勿論、会期中の二週間は、庭園の花も楽しめる。
さらに庭園内にはいくつもの道があるが、そこには屋台も出店している。飲食店以外にも花屋も多くあるので、そこで花を買うことも可能だった。お昼と夕方の二回、花車でのパレードもある。夜は花火も打ち上げられ、まさに一大イベントだった。
「おはようございます、キャンデル伯爵令嬢!」
声に振り返ると、ジャレッドとアナ、少し後ろにアナの従者兼護衛の黒髪にルビー色の瞳のリベルタスの姿も見える。見送りに来たようだ。
「キャンデル伯爵令嬢、おはよう!」
制服姿でも上品に見えるセシリオが、こちらへ小走りでやってくる。
四人揃ったところで「おはようございます、皆さん」とヴェルナーも登場。
点呼している教師のところへ、メンバーが揃ったことを報告すると、入場券を渡してもらえる。いよいよ庭園の中へ入ることになるのだ。
「ようこそ、フラワーショーへ!」
入場と同時に、籠を持つ女性スタッフに迎えられた。彼女からは、メイフラワーデザインのピンズをプレゼントされた。来場記念プレゼントだ。
せっかくなので、着ている制服のボレロの襟に飾った。男性陣もブレザーの襟に飾っている。
「この大通りを進むといいみたいだ。行こうか」
セシリオの声を合図に、移動開始。
展示が行われている天幕まで、屋台を見ながら進むことになった。
「これは……初めて見るもの。何だろう?」
セシリオが声をかけ、皆が立ち止まることになったのは、盆栽を販売する屋台の前だった。
「お、学生さんだね。これは東方から伝わる『bonsai』だ。この鉢の中に、一つの世界を完成させる芸術作品みたいなもの。ただの苔も、この白い玉石と一緒に鉢に収まるだけで、一つの世界が完成する」
店主の説明にセシリオとヴェルナーは、とても興味深そうに耳を傾けていた。
その一方でジャレッドは「たかが苔なのにあの値段。輸送費を考えたら仕方ないのかもしれないけど、バカバカしくなる」とバッサリ切っている。それを聞かされたアナは「そんなことないのでは? あんな風に表現できることに、感受性の良さを感じます」と意外にも反論している。
さらにその隣では、生け花も紹介されていた。
そこではこんな風に、生け花を解説している。
「フラワーアレンジメントと違い、『生け花』は引き算の美学と言われています。極限まで研ぎ澄ました芸術作品なのです」
これにはまたもセシリオとヴェルナーは「なるほど」と唸っている。
二人とも異国の文化への興味・関心が高い。
対してジャレッドは「あんな貧相では、屋敷に飾れないよ。もっと立体的にゴージャスでバーンとしたものではないと!」とあくまで実用主義。それを聞いたアナは「そうかしら? あのアシンメトリーな様子は、一級のアートに見えるわ」とこれまた反論している。
そんな感じで通りを進み、広場に到着。
ドーンと設置された天幕が見える。
そしてここは、悪役令嬢がヒロインに嫌がらせを仕掛ける場所でもあった。