14話:撃退大作戦
『午後の薬草採取。ここでも悪役令嬢のエマが暗躍します。フェアリービーの巣を見つけたエマは、あなたの背中に秋薔薇の花粉をつけ、フェアリービーに襲わせようとするのです。ここでイベント“フェアリービーを撃退大作戦”が発生します。好感度の高まっている彼と挑めば、クリア間違いなし! ⇒クエストに挑戦する』
そう。
課外授業の午後、乙女ゲームではイベントが発生する。
フェアリービーは前世で言うなら蜂に近い。
しつこく追って来るフェアリービーを攻略対象と倒し、好感度を一気に上げるのだ。
が、しかし!
アナをフェアリービーに襲わせるなんてそんなむごいこと……できるわけがない!
秋薔薇が見えた瞬間。
私はつまずいたフリをして転ぶと、魔法弾を秋薔薇に投げつけた。
青い魔法弾は氷結魔法を発動する。
その結果。
「キャンデル伯爵令嬢、大丈夫!?」
セシリオが慌てて駆け寄り、私を助け起こしてくれる。
幸いスカートではなくズボンだし、怪我はないのにセシリオは申し訳ないという顔で私に謝罪をした。
「……チームには君の婚約者がいるから、遠慮していた。でもエスコートを僕がしていれば……。そうすれば転ばずに済んだのに!」
「殿下、そんな……!」
チラリと見ると、秋薔薇は完全に凍り付いている。
これでは花粉を入手できない。
シナリオに反する行動だが、これな――。
「うわああああああ」「きゃあああ」
驚いて声の方を見ると、ジャレッドとアナの方に襲い掛かるのは、スズメバチ!
ううん、違う。
見た目は前世のスズメバチに似ていた。
でもこの世界では、ソードスティンガー(剣を持つ蜂)と言われている
どうして!?
このイベントで登場するのは、ただのフェアリービーでしょう!?
「キャンデル伯爵令嬢、こっちへ!」
叫んだセシリオに手を引かれ、後退すると、彼は走りながら呪文を詠唱している。こんなパニックになりそうな状況で、冷静に魔法を詠唱していることに、驚いてしまう。
水色の輝きと共に魔法陣が出現し、そこに私に入るように言うと、自身は魔法陣から出て呪文を詠唱する。
私の周囲を取り巻くように、薄い霧が包み込む。
「これは冷華魔法。細かい粒子の氷の華のベールが、キャンデル伯爵令嬢を包み込んでいる。これでソードスティンガーは、君に近寄ることができない」
すごい!
そんな高度な魔法を瞬時に詠唱して発動するなんて!
「どうやら秋薔薇の近くに、ソードスティンガーの巣があったようだね。氷結魔法が発動した際の、光や冷気でソードスティンガーが刺激されたようだ」
前方を見ると、ジャレッドとアナが襲い来るソードスティンガーに応戦している。
ジャレッドは剣を振り回し、アナが「イートン令息、落ち着いてください。魔法陣を出してください!」と叫んでいる。
そのアナは様々な魔法弾を出し、ソードスティンガーを寄せ付けないようにしていた。一番効果がありそうなのは、火炎魔法の魔法弾だが、あれは魔法陣を出現させ、風魔法と併用しないと危険だった。山火事になってしまう。
そこで氷結魔法、水魔法、風魔法の魔法弾を駆使しているが、いかんせん、数が多い!
そしてアナは自身が魔法弾を使っている間に、ジャレッドに魔法陣を出して欲しいと考えていた。だがジャレッドは蜘蛛嫌いだったが、ソードスティンガーも嫌いだったようだ。
いや、ソードスティンガーが好きな人の方が少ないと思う。
よってパニックになるのも仕方ない。
とはいえ、このままでは魔法弾が尽きる。
早く魔法陣を出した方がいいはずだった。
一方、冷静に魔法陣を自身の足元に出現させたセシリオは、自身も冷華魔法をまとう。
「キャンデル伯爵令嬢、僕と連携できるかな?」
「勿論です。どうすれば?」
セシリオが求めた連携はこうだ。
私は火炎魔法が込められた赤い魔法弾を投げる。
それをセシリオは風魔法でアナとジャレッドの近くまで飛ばす。
そこで火炎魔法が発動したら、風魔法を使い、炎をコントロール。
ソードスティンガーを焼き尽くすという。
「分かりました。やりましょう! 二人を助けるために」
私は巾着に入れて持っていた赤い魔法弾を取り出す。
そしてまさに振りかぶって投げようとした時。
「アナ、私の剣を魔法弾で強化するんだ。そうすればソードスティンガーを倒せる!」
「!? それはただの剣ですよね!? 魔法剣であれば意味があるかもしれませんが」
「いいから貸してくれ!」
ジャレッドは……本当にヒロインの攻略対象なのだろうか?
アナの言う通りで、ただの剣を強化しても意味がないのに。
強化魔法が込められた魔法弾を、アナから奪い取るようにしていた。
「キャンデル伯爵令嬢、イートン令息は完全にパニックになっている。正直、使いものにならない……と言っても過言ではない。気にせず、僕達がすべきことをしよう」
まさにそう言った時だった。
「きゃあああああ」「うわああああああ」
またもやアナとジャレッドの悲鳴が聞こえ、「何事!?」とセシリオと共に前方を見て絶句する。
巨大な食虫植物――その姿は前世で見たことのある、ウツボカズラにそっくり!
バナナのような色と形をした捕虫袋を持っており、その筒状部分に虫が入ったら最後、食べられてしまうのでは!?
「何が起きたのか、だいたい想像はつく。イートン令息は、ディアス男爵令嬢から、強化魔法が発動する魔法弾を奪い取ろうとした。しかし魔法弾を落としてしまった。そして魔法が発動。足元には薬草があったんだ。魔力が強化された薬草は、食虫植物に擬態した」
その場面を見ていない。だがセシリオの指摘通りのことが、起きたとしか思えない。
「参ったな。食虫植物とソードスティンガーを、同時に相手しないといけないとは。護衛騎士を連れてくればよかった」
まさかこんな事態になるとは思わず、セシリオは森の入口で、自身の護衛騎士を待機させていた。でもこの判断は間違いではない。ヴェルナーだって同じようにしている。何よりもゲームのイベント“フェアリービーを撃退大作戦”が発動するにあたり、護衛騎士がいては意味がない。魔法を完璧に使える有能な彼らが、フェアリービーを全て殲滅してしまうからだ。
フェアリービーを撃退するのは、攻略対象とヒロインである必要があった。つまりセシリオの判断にも、シナリオの強制力が働いたということ。
「あっ!」
まさにその時。
食虫植物に擬態した薬草からツタが伸び、アナとジャレッドを掴み上げた。そしてそのまま二人まとめて、バナナのような筒の中(捕虫袋)に放り込まれてしまった……!