12話:目にも止まらぬ早業
『あなたが摘もうとした薬草を、悪役令嬢のエマが先に摘んでしまいます。仕方ないので少し離れた場所の薬草を摘もうとすると……再び、エマが摘んでしまう。これでは指定されている薬草を摘むことができません。⇒続きを読む』
森の中を進むと、採取するべき薬草リスト10のうちの一つ「ベルフラワー」の群生地に辿り着いた。森は広大なので、十五のチームは分散され、ここには私達しかいなかった。よって、摘もうとしているベルフラワーは本来、アナと被るはずがない。
でも……。
「あ」「あっ」
アナと私の声が重なる。
「どうぞ、キャンデル伯爵令嬢。摘んでください」
「す、すみません」
ヒロインであるアナは優しいので、悪役令嬢エマにも気持ちよく譲ってくれる。
だが。
この「どうぞ」が三回連続で繰り返される。
「ベルフラワー」は薬草のランクでは「レベル1」。数も多いし、魔力は低い。だが他の薬草と調合する際の、中和剤になる。よって採取量が一番多い。よって沢山摘むことになる。それすなわち、アナの邪魔をエマが沢山できる……ということ。
そして四度目の邪魔をしようと、私の手がシナリオの強制力で動いた瞬間。
それはまるで前世で言うなら、競技かるたの払い手のような素早さだった。
つまりは目にも止まらぬ早業で、ベルフラワーをアナが手にしていたのだ。
「あら、ごめんなさいね、キャンデル伯爵令嬢」
「い、いえ。花は沢山ありますから」
「ふふ。そうですよね」
そこからは本当に競技かるたをやっているようだった、アナは。
アナが摘もうとする花を、私が摘もうと邪魔するはずが、そうはならない。
寸前までは邪魔ができている。でも次の瞬間、花はアナの手に収まっている。
アナは確実にベルフラワーを手に入れ、私は……さっきから全然摘んでいない!
「キャンデル伯爵令嬢とディアス男爵令嬢は、何か遊びをしているの? ずっと二人で楽しそうにじゃれているけど?」
セシリオの指摘には、もうなんと言えばよいのやら、だ。
「そうですね。少しお遊びが過ぎました。私はあちらでイートン令息と摘むようにします」
アナはそう言って私にウィンクすると、ジャレッドの方へ向かう。
「ほら、キャンデル伯爵令嬢。僕の摘んだ分を半分あげるから、残り半分、一緒に摘もう」
「エール王太子殿下、だ、大丈夫ですよ。すぐに摘みますから!」
「そう言っている間に手を動かそう」
「……!」
結局、セシリオから半分分けてもらい、残りは彼とおしゃべりをしながら摘むことになる。一応、アナのベルフラワーを摘むことは邪魔できた。だからだろうか。シナリオはそのまま次の場面へと進んで行く。
◇
『次に必要になるのは薬草……と言っても苔です。樹洞に生えている苔を採取しようとすると……。悪役令嬢のエマが、あなたの頭に蜘蛛を乗せます。虫が苦手なあなたは悲鳴を上げ、彼に助けを求めることに。彼は手早く蜘蛛を払い、二人の距離は縮まります。蜘蛛は怖いですが、ここは我慢の時です。⇒続きを読む』
ベルフラワーの次に採取するのは苔。
樹洞に生える苔を採ろうとしゃがんでいるアナの頭に、蜘蛛を載せる必要があるが……。
アナは虫が苦手という設定だが、私だって好きではない!
蝶ならまだしも、蜘蛛が好きな令嬢なんて、稀ではないかしら!?
その辺にいる蜘蛛を捕まえ、アナの頭に載せるだなんて、できない……なんてことはない。シナリオの強制力が働き、私は……木の細い枝を手に、蜘蛛を捕えようとしている。
心の中では蜘蛛なんて捕まえたくないーっ、なのに!
この時程、勝手に動く体にイラついたことはない。
私の抵抗もあったからだろうか。
木の枝で捕らえた蜘蛛を、ヒョイと投げたところ。
アナの頭ではなく、肩に載ってしまった。
こ、これではシナリオとは違うのでは!?
新たにもう一匹蜘蛛を捕まえるのは勘弁願いたい。
それに二匹目の蜘蛛を投げたら、アナは頭と肩に蜘蛛を載せることになる。
さすがにそれは可哀そうだろう。
ならば肩に載ってしまった蜘蛛を頭に載せよ――。
「おい、何をしているんだ!」
体がビクッとして、しゃがんでいたアナも振り返った。
ジャレッドが私の手首を掴み上げた。
「君、アナのことをこの木の枝で叩こうとしただろう?」
「!? ち、違います!」
「じゃあ何をしようとしたんだ!」
アナが立ち上がり、自分の頭に手で触れている。
そして「?」という顔をして、木の枝を見た。
肩にいた蜘蛛は、背中に近い位置だった。
アナがこちらを向いているから、蜘蛛は見えない。
蜘蛛を頭に載せ直そうとしていた……とは言えるはずなかった。
そうだ! 蜘蛛を払おうとしたと言えばいいんだわ!
「どうしたんだ、イートン令息、大声を出して」
「キャンデル伯爵令嬢が、この木の枝で、アナを襲おうとしたんだ!」
騒ぎに気づき、離れた場所で苔の採取をしていたセシリオまで、戻って来てしまった。
セシリオはジャレッドの言葉に、私が持つ木の枝を見た。
疑われてしまう。
アナに嫌がらせをしようとしたと。
そう思われたら、これまでみたいにセシリオは、私に話しかけてくれなくなるだろう。
軽蔑されたくない。
否定の言葉を発しようとした。
でも……声が出ない……!
嫌がらせの場面において、シナリオの流れに反する言葉は、発することさえ許されないの!?