八ノ巻
頭上に上げて、力一杯振り下ろす。
再び振り上げて、再び振り下ろす。
「ふん!!」
もう一度振り下ろされた斧により、巨大な丸太は手頃な太さの薪にされて行く。朝靄が陽光を拡散させ幻想的な風景を醸し出す中、白狐は一人で黙々と斧を振っている。
静かな晴れ空に薪割りの心地よい音が響く。
身体の調子は悪くない。寧ろ今まで以上に好調で、力が有り余っている様にすら感じる程だ。
「ふむ、元気そうで安心したぞ!!」
「アバリ殿か」
「鵺殿に身体を動かす為にここに居ると聞いてな」
普段通り話すアバリの肩には白狐が振るっている斧より二回りほど大きな斧と、逆の肩にはその斧の三倍程の長さがある丸太を担いでいる。
「朝に身体を動かすのは良いことだ。体全体に気が満ちていく」
アバリは丸太を地面に置き、両手持ちに持ち替えた斧を高く振り上げる。勢い良く振り下ろされた斧は寸分の狂いもなくたったの一撃で丸太を叩き切った。
思わず白狐は目を丸くした。
あれだけ立派な丸太を楽々と担いで来たのもそうだが、その丸太を大根でも切るように扱える力強さ。この男、本当に人間なのか知れば知るほど疑わしくなってくる。
「凄まじい剛力だな」
「ハッハッハ、何時もこうして鍛えているからな!それに神紋が力を貸してくれる」
「神紋、憑き物が力になるのだな?」
「種類にもよるだろうがな!なんなら試してみればいい。聞けば先日の穢れ狩りで、藍憑きが何たら言ってただろう?」
ほら、と差し出された斧を受け取れば想像以上の重さが両腕を襲う。よくよく観察してみれば、この斧は刃の部分から持ち手に至るまでのすべてが金属で出来ている。
頑丈差を求めた結果がこうなったのだろう。これは常人には振るうことの出来ない代物だ。
だが、ここに居る二人は常人には当てはまらない。
「良い重さだろう?無理に持ち上げるな、その右手の藍憑きを使え」
「どう使えばいい?」
「なんだ分からんのか?
簡単に言えば違和感を感じ取れ。難しく考えるなよ。違和感を感じたらそれを腕全体に引き伸ばすんだ、順に上半身、身体全体に張り巡らせろ」
一旦斧を地面に置く。
藍憑きの右腕に意識を強く向けてみれば、巨狼と戦った時同様の違和感が強くなる。
あの時は無意識だったが今度は自分でその違和感を操作しければならない。腕全体を満遍なく覆わせ、次に肩から胴、次いで逆の腕と下半身に伸ばしていく。
何か分かるのか、アバリは面白そうに笑みを浮かべてながら言う。
「その憑き物は当たりの様だな。さぁ、もう一度斧を持ってみろ、驚くぞ」
改めて斧の持ち手をしっかりと掴み、持ち上げれば何ともすんなりと持ち上がった。重さを感じない訳では無いが、まるで自身に見えない筋肉が増えたような感覚だ。
片手持ちに持ち替えてみても問題は無く、軽く振ってみても身体が斧により振り回されることも無い。
「試して見てもいいか?」
「思いっきり振ってみればいい」
なんとも言えない好奇心が白狐の心の中で渦巻いている。直ぐにでも試してみたい思いを胸いっぱいに膨らませ、丸太の前に立ち大きく斧を振り上げた。
「ふんっ!!」
大きな音が鳴り硬い感触が手につたわってくるがそれは一瞬、まるで豆腐でも着るかのように丸太を二つに切り離した斧は地面をも深く切り裂いた。
余りの威力に驚き次いで興奮が心を満たす。
「流石だ!素晴らしいぞ!!」
喜ぶアバリにバシバシと強く背中を叩かれて転げそうになる。
予想以上の威力にまだ実感が湧かないがこれがこの藍憑きの威力なのだろう。鵺が言っていたことは嘘ではなかった。
「だが、まだまだ危なっかしいな。兎に角その力に慣れることだ。薪割りでもしてな!」
「アバリ殿もこの薪割りで練習を?」
「そうだ!何だったら競い合うか?まぁ、俺が勝つことは決定してるがな」
「ほう、なら受けて立とう」
お互い斧を持ち、振り上げて振り下ろす。
日が真上に登りきるまで続いた勝負だが、結局アバリの勝利が覆されることはなかった。
◎
「何をしとるんじゃお主は」
頭上から呆れた声が降ってくる。
疲れて横になっていた身体を起こせばいつの間に居たのか鵺が立っていた。
「ハァ、ハァ、アバリ殿と少々丸太割りの勝負を」
「それで結果は?ん?」
「大敗だ。ハァ、ハァ、勝てる気がしない」
「当たり前じゃ、アバリに体力勝負で勝てると思うな。勝ちたければ鍛えることだな」
そう言って鵺は竹筒を此方に投げる。どうやら水が入っているようで、栓を抜きガブガブと一気に流し込む。
「どうじゃ?藍憑き、少しは使えるようになったか?」
「アバリ殿に教えられた身体の強化なら多少は使えるようになった。しかし、藍憑き固有の能力はまだ掴めてない」
「穢れの消失の事か……。まぁ、アレは穢れを狩るしかないのぉ、それ以外に試す方法は無い」
巨狼を倒した時に起きたあの現象は鮮明に覚えている。剣を突き刺したことにより巨狼から穢れが消え去った現象を、鵺は藍憑きによるもの、白狐に宿った藍憑きの能力と話した。
しかし、それについては確証が無い。
「日の国に渡るより前には、確実に理解しておきたいのだがな」
アバリが海の村に送った使者が帰ってくるまで二日三日掛かるらしい。それまでに藍憑きの能力を理解しておきたかったが難しいだろう。
それ以外にも思う事はある。
鵺の話していた件だ。穢れを何者かが強くしている。出来ることなら解決したい案件ではあるが、白狐にとっての優先順位は日の国に渡ることだった。
「少し申し訳ない気もするが、俺は日の国に渡る」
「好きにすればええ。お主の選択は間違ってはいないのだからな」
「あぁ……」
だが、事は白狐の思うように進まない。
三日後、帰ってきた使者により思いもよらぬ知らせを聞く事になる。
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