二ノ巻
「村があるのか?」
「あぁ……7日に二度程、薬と食べ物を交換に行く村じゃ」
話を聞きながら案内される。
森を抜け崖端から下を見れば、合掌造りの家が何件も並んでいる。
「中々に栄えている村だな……」
「そうじゃろ……さて、あっちから降りるぞ」
「……立派な門だな」
坂を下り降りれば村の入口があり、そこを護るように弓を持った二人の男が立っている。
此方に気付いたのか男が歩み寄ってくると、鵺も三歩前に出て何やら話し始めた。
数十秒程の会話が終わり、男に案内され村に入る。
「綺麗な所だな……活気づき、人が明るい」
「ここの飯は美味いぞ……ワシのとは比べ物にならん」
それは良いことを聞けた。少なくとも、楽しみが一つは増えた。
案内する男は一際大きな建物、村の長が住む家に二人を通した。木で作られている室内には蛍石が吊るされて明るく、四角い箱の灰の中心で燃える火は冷たくなった手足をじんわりと温めてくれる。
「待たせましたな、鵺殿」
「そうでも無い……気にするなアバリ」
入ってきたのは大柄な男だ。
白い肌、短く整えられた黒い髪に、岩から掘り出したかのような顔つき、眼光も鋭い。何より目を引くのはごつい体に、丸太の様に太い手足。
長に相応しい風格だ。
ドカッと床に胡座をかいて座ると、火にかけてあった鉄器から茶を注ぎこちらに渡してくれた。見た目からガサツな男ださかと思ったが、気遣いの出来る男のようだ。
「話は粗方伺いました。で、そちらの方が穢れ狩りを引き受けてくれると?」
「そうじゃ……此奴が例の小僧じゃ」
「白狐だ」
「これは申し訳ない、先に名乗らせてしまった。私の名はアバリだ、宜しく頼む」
アバリと名乗った男の目が変わったのを白狐は見逃さなかった。まるで値踏みをするかの様な鋭い目付きをした後に、何かに納得したかのようにウンウンと頷いた。
「かなり強いのが憑いていますな」
「藍憑きじゃ、ワシも驚いた」
「藍憑き!?それはまた、なんとも……」
驚きの声の後に、哀れみに似た感情が混じっているように感じたのは気の所為だろうか。
「アバリよ、少しお前から憑き物に付いて説明してやってくれんかのぉ?
知っての通り、ワシは口下手でなぁ」
「分かりました。では、簡単に」
アバリは両腕に巻かれた布を解いて見せた。そこには赤い、痣と言うよりも彫り物が隠されていた。
炎の様に色が変化しているようにも見える。
アバリは見せ付けるように手を突き出すと、その先を優しく燃える火に向ける。
「憑き物の事を外の方々は呪いの様に言われていますが、我々はこれを神より授かり神紋と呼んでおります。私は火の神より授かった。故に火を出し、炎を操る」
念か気か、とにかく見えぬ何かの力を感じ取ったと同時に、静かに燃えていた火は火柱を上げて轟々と唸る業火に変わる。
アバリは躊躇うことなく炎の中に手を突っ込むと、驚いたことにその炎をすくい上げた。
「こんな風に常人には出来ない力がさずけられるのだ。紋の数だけ、様々な能力が存在している。君のその憑き物も何かしらの力を宿しているはずだ」
「その力がどのようなものか知るには?」
「精神を研ぎ澄まし、極限の状態に入るのが一番早いと伝えられている。戦いや狩り、命のやり取りの場に身を置くのが好ましい」
炎をかき消して布を巻き直しながらアバリが言うには、とにかく切っ掛けが重要らしい。
その切っ掛けが無ければ、憑き物を持っていても能力を一度も使えること無く一生を終える者も多いようだ。
「我等の一族では穢れ狩りが最も手早い方法だと言われている。だが、今の村に出払える者が居なくてな、丁度都合が良かった」
「待ってくれ。穢れ狩りなら既にやった事があるのだが?」
「エゾの穢れはなぁ、少し勝手がちがう。やり合って見れば直ぐに分かるがな」
「……分かった」
疑問は残ったままだが、これは聞いても意味の無い、若しくは分かり得ない事柄なのだろう。実際に行ってみなければ分からない、そんな事はいくらでもある。
そんな白狐の事を気遣ってか、アバリは笑顔を浮かべてバシバシと肩を叩いた。
「心配は要らん。鵺殿の頼みだからな、出来うる限りの協力をさせて貰う。藍憑きを持っている者は私も始めてみるからな。
興味がある!」
これから何をするのか分からない白狐にとって、たとえ嘘であろうと嬉しかった。
だが、その言葉にふと聞いてみたい疑問が浮かんだ。
「貴方は、この憑き物に付いて知っているのか?」
アバリは顎に手を当て、少し考えた後に口を開ける。
「先にも言った通り、見たのは初めてだ。だが聞いたことならある」
「どんなことだ?」
「伝承だ。それもかなり古い物で真偽は分からん、一人だけ……君と同じ様に例の洞窟から出てきた者が藍憑きを持っていたらしい」
「……その者はどこに?」
「伝承と言ったはずだ。本当だとしてももう死んでるであろう。いや、まて……」
ふと何かを思い出そうと首を捻る。
そして少ししてから思い出したように話し始めた。
「これも本当の話か分からん。だが、何かしらの事を成したとは聞いた」
「何を成した?」
「……悪しき事だ、そう聞いていた。
しかし、鵺殿が以前に話していた藍憑きは世に平穏をもたらした」
鵺に視線を向ければ茶を啜っると、ウンウンと頷いている。今の話に嘘は無いらしい。
だが、良き人間も悪しき人間もいつの時代にも居るものだ。知りたかったことでは無かった。
「そもそも藍憑きは持てば死ぬ、持つ者も無しと言われていて、持っている者が生きていること自体がまず無いのだ」
「だが、鵺は二度ほど見た事があるのだろう?」
「ある、恐ろしきものよ……。少なくとも常人が扱えるものでは無いな」
出来なければどうなるか分からないぞ、と言われた様である。
だからこそ、白狐は藍憑きの事をより詳しく知らなければならない。
「さて、ではこの話はこの辺りにして・・・
本題に――――」
会話を切るように開け放たれた部屋のドアを通り、先程に見た門兵の一人が部屋に転がり込んでくる。
浮かべる表情が、只事では無いことを物語っていた。




