壱ノ巻
「エゾ……確か日の国の北に位置する雪の島……」
「それぐらいは、知っておるかぁ」
「話だけは聞いていた」
以前、身を置いていた日の国と交易は盛んだったので覚えている。来たことは無かったが、神々が住まうと言うことは人伝に聞いた事があった。
「だが、何故俺はここに……」
「気になるか、そうじゃろうなぁ……。付いてこい……面白いものを見せてやろう」
言うと老人は出てきた所とは違う、別の洞窟に入って行く。さっきとは違い、ゴツゴツとして非常に荒い岩肌。
何やら不吉な空気が充満し、まるであの世を思わせる。
「蛍石を出しておれ……ここは先の場所のように、明かりは無いのでな」
「……分かった」
「迷わんように、しっかりついて来い……」
鵺は蛍石を出し、同じように白狐も蛍石を出して手に持つ。辺りが照らされ視界が確保できるが、それでも前も後ろも闇ばかり。
所々に見た事の無いようなあるような草が生えているが、それ以外には何も無い。
「ここにはな……貴重な薬草が生える。だからワシはここに来る。
さぁ、到着じゃ……」
「―――これは?」
歩みを止めた鵺の横に並び初めて気付いた。
川が流れている。
しかしながら不思議なことに、水の流れる音がしない。それも不思議だが、この川の流れは逆なのだ。下から上に向かい、流れている。
「……不思議じゃろ?この川には、憑かれて死んだものが、魂が流れて行く……」
「……何処に流れてるのだ?」
「分からん……あの世か、別の世か……流されてみれば分かるかもな……。
とにかくだ、お前さんはここの川辺に倒れていた」
黒々とした川。
水の音の代わりに呻き声が聞こえそうな不気味さ、背に嫌な汗が流れる。
ここに自身は倒れていたのか。
「俺は……死んだのか?」
「いんや、お前さんは生きとる……。そうじゃ、右の手の包帯、ちょっと解いてみ」
言われて解き、目を見開いた。
まるで蛇が締め付けているかのように、白い肌に青黒い痣ができている。袖を上げてみれば肩の辺りにまで届いていた。
「藍憑き……怨念が流れず、世に邪気が溢れとると、憑き物が強力になる。その一種が藍憑き……それ程の物を見るのは、ワシの長い人生の中でも二度しかない……。
お前さん……いったい何と戦いよった?」
言われて思い出そうとするが思い出せない。
だか、思い出せない何かが自身をここに流れつかせた原因だろう。
「……これがあると、どうなる?」
「藍憑きはどの憑き物より強力じゃ、普通は死ぬ……じゃが、お前さんは生きとる……おかしき事じゃ」
鵺は来た道を戻り、白狐も包帯を巻きながらあとを追う。
「しかし憑き物という物は……何も悪い事ばかりではない……。どんな憑き物でも、宿主にいろんな形で、力を与えよる」
「力を与える?」
「まぁ、死ななければの話じゃがな」
「ならば都合がいい……俺には倒すべきものが居る……」
洞窟を出て、白い息を吐きながら強く言う。
忘れることの無い、忘れられない敵の姿が脳裏に浮かんだ。
「俺は古の都に戻らなければならん……」
「古の都、京か、なるほどな……その藍憑きに、鍛えられた身体……穢れ狩りじゃろ、お前さん?」
「……そうだ」
「それで京とくれば、九尾の狐じゃな?」
無言を貫くが、最早意味はない。
老人は面白いものを見るような目で此方を見つめてくる。そこには感心した様な、呆れたような感情が混じっていて、読み取れない。
「……ふむ、自信はあるようじゃな。……ならひとつ、頼まれてはくれんかのぉ」
「頼み?」
「この近くには村があってな……最近、困っておるそうじゃ。だからお主に頼む、身体解しも兼ねた……穢れ狩りおな」




