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16 分からない


「イニが大変だと聞いたのだが。」

タイラーがルーカスの部屋に入ってきた。


そして涙で濡れる瞳で、私はタイラーを呆然と見つめる。ずっと、どんな時でもタイラーに会いたかったが、今だけは彼に会いたくなかった。

彼の気を引きたいがために、悲劇のヒロインを気取って居たと気付いたのだ。どんな顔で会えば良いのか分からない。


どんどん私に近づいてくるタイラーから、私は目を背けた。顔を見ることが出来なかった。


そしてタイラーの陰に私がスッポリと入ると、彼はしゃがんで私と目を合わせた。そしてそれは美しい指で、私の目元を拭う。


「…イニを泣かせたのは誰だ。」

彼は静かに言葉を放つ。


その落ち着いた雰囲気が酷く怖かった。

少しでも触れたら中に渦巻くマグマが噴火しそうな、嵐の前の静けさ、ともいうべき何かが彼の中に感じられた。


その声を聞いたルーカスは、やはりピクリと反応して震えだす。

(あぁ、その反応はダメだろ。)


私は目の前に居るタイラーの首元を抱き締めた。

先ほど気づいた物とは違う意味で、彼の気を引きたかったからだ。そう、何も悪くないルーカスを守ろうとしたのだ。


「イニ…今はルーカスと大切な話があるんだ。」

(あぁ、精霊お願いだ。)


“ ソフィアが泣いてるのは、ルーカスをいじったからだよー、困らせる為に嘘泣きをしたのー、”


「なっ、いじられてたのですか!?友達だと言うのは…いえ、何でもありません。」


ルーカスは、静かにショックを受けていたけれど、今私の心境はそれどころではなかったので、後でフォローしようと決めた。


それに気づいてかは分からないが、タイラーは私に本当かどうか目で聞いてきた。私はそれにコクリとゆっくりと頷いて、反応を伺った。

(冗談とかノリって通じるのか…?)


「…ルーカスがうっかり傷付けてしまったのかと思ったが、イニが傷付いてないなら良い。イニが大変だと言うものだから、急いで駆けつけてきたのだが。」

(は?そんな理由で来たのか?と言うか…いつ聞いたんだ?もしかして水甕に入れたのって、転送する魔法とか?)


詳細も知らされてないのによく来たなと驚いた。

またそれが嬉しかった。悲劇のヒロインを気取らなくとも、独り占め出来なくとも、私は確かにタイラーの『特別』なのだ…多分。


私は嬉しさでパッと立ち上がり、タイラーの分の紅茶も自分のついでに用意した。タイラーは私の隣に腰掛けた。


「この男は誰だ?」


タイラーは目の前に座る、ムキムキの男を指差す。タキシードのようなスーツを着ていても、溢れる筋肉を隠すことはできていない。

(細マッチョって感じだけどな。)


「俺は…」

ロウファンが話そうとしたのを、紙を投げ付け阻止した私は、タイラーに私が説明すると目で伝える。

(私が説明した方が説得力あるからな。無駄なイザコザは少ねぇ方が良い。)


〈こ児院で昔お世話になったロウファンだ。今日から私のしつじとボディーガードをけんにんするらしい。あやしいヤツじゃない。ただ口調は私みたいだけど、かまわねぇか?〉


「なるほど、口調は気にしないから大丈夫だ。」


私はホッと一息ついた後、ロウファンに目配せをした。それにロウファンも安心したように頷き、話そうと口を開くが、タイラーがそれを手で制する。


「挨拶は要らない。それよりもイニがどんな風に大変なのかの説明が欲しい。」


タイラーはルーカスを見る。ルーカスはそれをまっすぐに見つめ、説明をする。


「先程廊下で転んでいるソフィア様を見かけ、緊急の用事があるのか尋ねたところ、殿下に会いに来たらしい彼女は、少し後に首を横に振りました。」


「なるほど、緊急の用事があったのだな。」

(…なんか釈然としねぇんだが。否定しただろ。)


「はい。ここでその内容を聞こうとしたのですが、一向に口を割らないのです。そこで殿下にであればお話下さるのではとお呼びしました。」

タイラーはそれに深く頷くと、私を見つめた。


「イニは話したくないのか?」

その問いに、私の顔は一瞬で熱を帯びる。


「顔が赤いぞ、熱があるのか?」


「いや待て。本気で言ってんのか?顔が赤くなってんのは恥ずかしいからに決まってるだろ。どうして恥ずかしいかは、知らねぇけどよ。」


ロウファンが信じられないと声を出す。私もそれに激しく同意する。だが今は羞恥を知られたくなかったから、余計なお世話である。

(一瞬で風邪なんか引いてたまるかっつの!)


“ ソフィアー、なんで話さないのー?死んじゃったら終わりなんだよー?僕たちともぅ、何もできないんだよー? ”


精霊が不思議そうに私に質問をする。

(バッ!タイラーにバレるだろ!)


「イニが…死ぬ…?教えてくれ。そんな私は頼りがないだろうか?お願いだ。教えて…くれよ。」


タイラーは不甲斐ない自分に怒っているかのように声を絞り出して、私に教えてと頼む。それに対してカッとなった私は、紙に思いをぶつける。


〈じゃあ、私にも教えてくれよ!けんこーじょーたいをいしゃが見にくるけど、どこまでかいふくすれば呪いを解けるのか、体力付ける以外に何が出来るのか〉


〈ちっとも教えてくれねぇじゃねぇか!私は、分からない。何をどこまで伝えれば良いのか、どんな事が知りたいのか、何も、何も分からないんだよ!〉


私はフーフーと息をあげながら、その2枚の紙をタイラーに投げつける。私は子供だけど、どんなことでも知りたかった。


けれど、私に教えるのにも、私が伝えるのにも、誰かの時間を犠牲にしている。時間がどれほど大切なのかを知っているからこそ、私は言えなかった。こんなゴミみたいな私なんかに、時間を割くのは酷く勿体無いと思ったから。


私は悪魔さんのため、体力を付けた。

けれどどこまで回復すれば良いのか分からなかった。ゴールもなくひたすら体力をつけると言うのは、終わりが見えなくて酷く怖いものであった。


何も分からないから、次に何をすれば良いのか、私に何ができるのか、何も推し量れない。

今どう行った状況が分からないから、こちらも何も言うことができないし、聞くことすら出来ない。質問すれば、言いずらそうな困ったような表情をするから。


子供に辛い話を聞かせたくない事は理解出来る。けれど私からしたら、何も分からない事の方が辛かった。彼等は善意で良くしてくれるけど、その感情を知らない私には、不安で仕方がなかったのだ。


利益故の行動であれば、利益を与え続けられる存在で限り、助けてくれるという事実は酷く理解出来た。だが優しさから助けてくれるのであれば、私はどうしようもなかった。


ただ嫌われないように、良い子でいようと思うしかなかった。何を言えば好かれるのか、嫌われないのか、全く分からなかった。困ったような表情を向けられたら、何も聞くことなど出来なくなった。頼ったら、泣いたら、面倒な子だと思われて、捨てられると思ったから。私だけの命であれば、今の立場にあまり執着はない。ただ悪魔さんのため死ねない私には、呪いがある限り今の立場に居続けなければならない。


私の体調にしても、捨てられるにしても、どちらにしても私は死ぬのだ。

ーーそれならどうすればいい?

ーー何をすれば良かった?

(分からない、分からないんだよ!)


私の精神は限界だった。

大泣きしながら、私はタイラーの胸を何度もグーで殴る。行き場のない不安を、悲しみを、恐怖を私はタイラーにぶつける。


タイラーも怒れば良いのに、いっそのこと嫌ってくれたら諦めもつくのに、彼はそれを受け入れた。


しばらく経って、私は床に崩れ落ちた。

(八つ当たりを…しちゃったな。)


「イニ、大丈夫か?」

(何で…心配するんだよ。)


「ちょっと良いか?俺には何がなんだか、全く分からねぇけどよ。面倒だから、2人でしばらく話し合え。俺等がいたら話しにくいだろ?俺たちはお菓子でも食ってるからよ。」

「俺たちって、私もですか!?」

「お前は何の事か理解出来てんのか?」

「いや、理解してませんが、」

「なら問題ねぇだろ。あ、でも殿下。変な気は起こすなよ、まぁ8歳で何かあるとは思えねぇけどな。」


ルーカスが言い淀むと、ロウファンはテーブルへと腰を下ろして、奥の寝室を示唆した。王宮の間取りはどこも大体同じなので、私でもそこが寝室であると理解出来る。


「?…そうだな、そうする事にしよう。」


そして私は半ば強引に、奥の扉へと連れて行かれた。やはりそこは寝室のようで、広いベッドに2人隣り合って腰を掛ける。


「ではまず、謝らせてくれ。何も伝えなかった事、本当に済まなかったと思っている。

イニの言う通りだ。何も知らなければ、何を言って良いのかも、何をすれば良いのかも忖度出来なくて当然だ。

今更ではあるが、説明させて欲しい。

イニの体力は歩ける様になった時点で十分であったんだ。だけど解呪する方に問題があり、それを伝えて背負わせてしまうくらいなら、まだ体力が足りないと思わせて、先延ばしにしようという事になったんだ。

呪いの種類は少ないから、調べればすぐに解呪出来るはずだった。けれどイニの胸元に記されていたマークは、封印のマークだったのだ。封印などは詳しい文研もなく、封印を解いた後に何が起こるかも、呪いがどう影響を及ぼすかも検討が付かなく、仮に封印を解けたとしても危険だったのだ。

最近ようやく、ふくが封印を解くのでは無く、別の媒体にそのまま移す魔法を開発して、現時点でそれが成功するか、ネズミを使って検証し、それからイニに処方する予定だったのだが、それはイニの命が十分余裕がある場合だ。それ無くして、検証など行っていたら本末転倒だ。だからイニの話や体の現状次第では、明日にでも実行しようと思う。」


私は確かにと頷く。所々難しい単語が多くて理解が追いつかなかったものの、今どう言った状況であるのかを大体は理解する事が出来た。


「私は話した。次はイニが聞かせてくれ。今日私の所まで来ようとしてくれた理由は何だ?」


〈精れいから、私がもうじき死ぬ事を聞いて、タイラーの声を聞いて安心したかった。〉


私は嫌われない様なものだけを綴った。それを見て、一瞬手を止める。そしてそれをタイラーに見られていたのにもかかわらず、クシャッと潰し、新しい紙に包み隠さず全て書き綴る。

(母を妹に取られた兄みたいで恥ずかしいけど、全部伝えるよ。助けてくれたタイラーに、嘘ではないが本当の事は黙ってるなんて、絶対にダメだ。)


〈私は、お前を独りじめしたかった。心配してもらうことでお前の頭を私だけにしたかったんだ。だから私は悲げきのヒロインをきどろうとした。最初のも〉


〈うそじゃ無いけど、今のが1番だったと思う。お前に優しくされるたびに、嬉しさよりも、得意だったんだよ。そして嫌われるだけで壊れてしまう〉


〈その関係が怖かったんだ。それを何とかつなぎとめようとして、私は良い子のフリをして、何も言わずにメンドーな子だと思われないように〉


〈お前にだまってたんだ。私のために頑張ってくれてるのも知ってたけど、私はもっと、私を見て欲しかった。そのために今日、かわいそうアピールをしに〉


〈お前に会いに行った。なのに私は、さっきお前のせいにした。一番楽だったからな。悪まさんを本当に思って、自分の命を大切にするなら誰かに頼るのが〉


〈一番だったし、もっとタイラーを信じれば良かったんだ。出来る事を聞いて、考えて行動すれば良かったんだよ。自分でもどうして上手く行動出来なかったのか〉


〈分からない。だけど多分いっぱいいっぱいだったんだ。お前は良い奴だから、そんな事しなくても助けてくれるって知ってたけどやっぱり怖かった。〉


〈私には良い所がないし、お前に何も返せない。精れいとかじゃなくて、私自身に何か特別な価値があれば安心できたんだけどな。けーべつしたか?〉


タイラーは黙って私の文面を凝視した。私は事の成り行きを人ごとの様に見守る。この後どうなるかなど何も思い浮かばない。私は素直に全て話したのだから、解釈や今後の私の未来はタイラーに全て委ねられる。


「…イニは、日毎ひごとに衰弱している。だから今に精一杯で、上手く行動出来なくて当然だし、8歳のイニが背負う物を既に超えているんだ。だからそんな事で軽蔑したりはしないし、私は君が考えてるほど良い人じゃない。イニだからこそ助けたいと思うんだ。でもイニ、まだ話してない事があるだろう?ふくが今の状況では、副作用があってもおかしくないと言っていたぞ。…私は辛いのに平気だと笑って頑張るイニだからこそ心配したいし、いつでも私の頭の中はイニでいっぱいだ。絶対に失いたくない。だから私に、どんな事でもいい、絶対に嫌わないと約束するから、教えて欲しい。」


タイラーはいつも通りの無表情を携えて、真剣な目で私を見た。我儘で面倒だと知った上で、彼は私を知りたいと言ってくれているのだ、嬉しくないはずがなかった。


〈楽しい話じゃねぇし、私が面倒な子供だと知るだけだぞ。それでも聞きたいか?〉


「あぁ、聞きたい。」

タイラーは躊躇ちゅうちょなく答える。

私は今になってタイラーが私を「失いたくない」と言ってくれた事に嬉しくなりつつも、ある提案をした。


〈なら悪まさんに習って「とうかこうかん」といこう。お前が質問を一個したら、私もお前に一個質問する。交互に質問し合うんだ。〉


「分かった。それで構わない。」

了承を貰ったので、私は出来るだけ客観的に書く事に気を使いながら、ルーカスから受け取った小さいメモ用紙に綴っていく。


〈1週間ほど前から、古い物から順に記憶が消えて行ってると気づいた。今は、2年前くらいまでの記憶なら残っている。他は体がすいじゃくしてる事くらいだと思う。〉


「………だが昔、孤児院でロウファンにお世話になったのだろう?古い物から順に記憶が消えているのであれば、それは可笑しいのではないか?2年前より最近にお世話になったのか?調べた時にそんな情報は無かったし、何より辻褄が合わない。」


その疑問に私は答えずに首を横に振り、〈それは次の質問だ。〉と書いたメモを見せる。タイラーはもどかしそうにしながらも了承してくれた。


〈どうしてタイラーは、私を大切にし、良くしてくれるんだ?さっきも言った通り、私には失いたくないなんて言われるような素晴らしい要素はない。〉


「信じられないな。」

(え…。これはどう解釈すれば良い…?)

お読み頂きありがとうございます!


しばらくこんな内容が続きますが、なま温かい目で見てくれたら嬉しいです。

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