短編「すくーるが目覚めくーる」
短編と言いつつ少し長くなってしまったかもしれません。
ひと気の無い放課後の教室へと足を運ぶ彼女の足取りは重たかった。
結果の見えている会話と、律義な自分の性格を面倒に感じながらも教室の扉を開ける。
「来てくれたんだ。ありがとう砂尾さん。」
教室で待っていたのは確か同じクラスの……佐藤……いや、斉藤と名乗っていたはずだ。
「えっと、斉藤君。突然スマホで教室に呼び出されたけれど、何の御用ですか?」
少し離れた窓際にいる男子は、少し顔を赤らめ、もじもじとした様子から何か決意したようにこちらへと向き直る。
「あの、クラスのグループから個別のメッセ送ってごめん。でも、どうしても伝えたいことがあったんだ。」
彼女は黙ったまま男子の続きを待つ。
「俺、砂尾さんのことが好きだ!付き合って欲しい」
男子生徒は真っすぐにこちらを見続けていた。
(あぁ、またこれか。返事を待つこの表情。これならメッセで言われた方が楽だ。)
「すまない。付き合うと言うことに興味がないんだ。お断りします。」
彼女は軽く頭を下げ、教室を後にする。
相手の男子生徒の顔は見ない。見たところで何とも思わないのだが、私が悪い気がしてくる。
帰宅するために、下駄箱へ向かうと友人のスーが待ってくれていた。
「やっぱり早かったねクゥちゃん」
クゥちゃんと呼ばれた私は目を細めジト目で睨む。
「クゥちゃん怖いよぉ」
友人は全く怖がる様子もなく。早く帰ろうと促してくる。
「クゥちゃん今月何人目?」
彼女は指を折り数える。
「6人」
「ほぉ~。さっすがクゥちゃんモテますなぁ」
「興味が無いのにモテても困る」
「もったいないなぁ。クゥちゃんモデルさんみたいにスタイル良いし、綺麗だし、選びたい放題より取り見取りだよぉ」
「他人事だからってスーはそうやってすぐに茶化す」
むぅっと少し頬を膨らめる。
「クゥちゃんクラスでもそうやって表情豊かにしてたらもっと人気が出るよっ!」
親指をグッと突き立て拳を突き出す。
「別に要らない」
少し拗ねた様子でそっぽを向く。
「まぁまぁそんなに怒らないでね」
「怒ってる訳じゃない」
よしよしとあやすように頭を撫でてくる友人を仕方なく許す。
「今はクリスマス前だからみんなそういう相手が欲しいんだろうねぇ」
「クリスマスだからとその場の雰囲気で人と付き合う理由が分からないな私は」
「クゥちゃんは大人っぽいなぁ。彼氏いると楽しいよ毎日?」
「スーの彼氏は幼馴染だろう?気心が知れていて良いな」
「良い事ばかりじゃないけれど、安心できるから良いよぉ」
スーの惚気が始まってしまい、この話は長引きそうだと諦めて聞き役に徹する。
毎回同じ聞き飽きた惚気話が続き駅に着くと、スーは改札を通りホームへと向かう。
「また明日ねクゥちゃん」
「あぁまた明日」
スーが見えなくなると私は、自らの家へと向かうために繁華街への方向へと進む。
いつの間にか繁華街はイルミネーションで彩られ、スーの言う通りクリスマス直前の雰囲気を否応なしに感じさせた。
彼氏がいて何が良いのだろうか?
同い年の女の子の話題と言えば、誰がカッコいいとか、誰と彼が付き合ったとか別れたとかばかりだった。
正直よくわからない。
告白してもらえることはきっとありがたいのだろうが、何と答えて良いのかわからない。
分からないことをぐるぐると頭の中を巡っていた。
考え事をしながら歩いていると、名前を呼ばれた。
「おい、砂尾!」
そんな風に乱暴に呼ぶ知り合いはいないがとりあえず振り返る。
かなりやんちゃそうな風貌の3人組がいた。
「お前この間俺のダチのショウ君振ったらしいじゃん何様だよ」
「ちょっとかわいいからって生意気なんだよ」
「ショウ君傷ついちゃったらしいから、ちょーっと詫びがてら遊んでくれよ」
完全に柄が悪い連中に絡まれてしまった。
そもそもショウ君って誰だ。
「すまないが、遊んでいる暇はないし、振ったことと君たちは関係ない筈だ」
男たちは揃って舌打ちをする。
「やっぱり生意気だなお前」
「ちょっと脅せば大人しくなるんじゃね?」
「うわーケン君悪だなぁ」
ジリジリと詰め寄る三人組から早々に立ち去ろうとすると、男の一人が腕を掴んでくる。
「痛いのだが、離してくれないか?大声を出すぞ?」
「みんなこんな奴らとかかわりたくねぇから避けて通ってるぜ?」
「意外と世間は冷たいんだぜぇ」
周りは見てみぬふりをしながら通り過ぎていく。
(あぁ、面倒なことになった。本当に世間は冷たいらしいが、さすがに大声を出せば誰かしら……)
掴まれた腕はギリギリと痛みを増していく。
声を出そうと息を吸い込んだ時、別の手が腕を掴む男の肩を掴んだ。
その手は、プラカードを持ったトナカイの着ぐるみだった。
出そうとした声は、驚きで寸前で止まった。
「なんだてめぇ?」
掴まれた男はトナカイに対して凄みを利かせる。
トナカイからは男の人らしき声がした。
「その子は離してくれと言っている。」
男たちは腕から手を離すとトナカイを囲み威圧する。
囲まれたトナカイは両手を上げると「平和的にいきませんか?良ければクリスマスケーキの予約もいかがですか?」と少しだけ下がる。
「てめぇ、口出ししといて舐めたこと言ってっと、トナカイみたいにテメェの中身の鼻真っ赤に腫らすぞ?」
3人組のケン君と呼ばれていた男が拳を振り下ろす。
しかし、トナカイはその手をそのまま受け流すと、足を払いもう1人の男の方へと転がし、2人まとめて地面へと沈む。
そのまま驚きの表情で固まっていた残りの男の袖を引っ張りバランスを崩させると、同じ様に2人に重なる場所へ転がした。
3人からくぐもった声が漏れていた。
そうして3人が折り重なり立ち上がれずにいると、トナカイは私の手を取り駆け始めた。
「逃げよう!」
私はされるがまま、繁華街の人混みに紛れ込む。
その時の気持ちはなんと表現したら良いのだろう?
高揚感?いや、世に言う不整脈かもしれない。
とあるケーキ屋さんの店舗裏へと逃げ込むと、そのまま中へ通された。
「ごめん無理やり連れてきちゃって」
トナカイはスタッフルームらしき場所で椅子を勧めてくれると、被り物を取った。
その顔には多少見覚えがあった。
「君は確かクラスの……?」
男子は首を横に振る。
「いや、隣のクラスだね」
「そうそう隣のクラスの上野君?」
「いやそれも駅なら隣だね、稲荷だよ」
私の他人に対する興味の低さを少し自覚した。
なぜの隣の駅なのか分からなかったが、その名前は忘れないようにしようと思えていた。
「ごめんなさい、自己紹介とかを過去にしていたら。あまり人の名前って覚える気が無くて」
「いや、初めて話すから気にしないで」
良かった、学校は同じでも初めて話すらしい。
「思わず手を出してしまったけれど、大丈夫だった?もしかして実は友達だったとか?」
「いや、知らない人達に絡まれていたから助かったよ稲荷君。それにしても、ここは勝手に入ってしまって大丈夫なのかい?」
「あぁ、ここは自分の家だから気にしないで。うちはケーキ屋でね」
「そうなのかい?ここのケーキは毎年クリスマスと誕生日に食べているけれど知らなかったよ。」
目の前の男子は少しだけ嬉しそうにすると、「ご贔屓にありがとう」と照れくさそう頭を搔く。
「そう言えば君はすごく強かったけれど、何かしているのかい?」
男子は少しだけ焦った様子になる。
「あれは秘密で!普通の人投げ飛ばしたなんて爺ちゃんに伝わったら何をされるか分かんないから!」
彼女は無自覚だが、少しおかしそうに目元を緩めた。
「あ、砂尾さんってそんな風に笑うんだ」
今自分がどんな表情をしているか分からず自分の顔を触る。
「おかしな顔をしていたかな?」
「いや全然そんなことないと思うけど、学校じゃ見たこと無いかも」
普段の私はどんな風に見えているんだろう。
それほど多くない友人達の前では自然にしているつもりだが、その他大勢の前ではどうも自分の表情が分からなかった。
「学校での私はどんな風に見えているんだ?」
男子は腕を組み「うーん」と唸り始める。
そんなに難しく考えないと分からないほど印象に残らないのだろうか?
そもそも初めて話す相手に私は何を聞いてしまっているのだろう。
「あの、すまないおかしな事を聞いてしまった。」
「え?そう?」
「初めて話すのにこんな事聞かれても困るだろう?」
「まぁ普通はそうかもね。でも砂尾さんって学校でも割と有名人だから、そんな風に気軽に聞いてくれるのは嬉しいよ」
優しそうな雰囲気で嬉しいと言ってくれた稲荷君を見ていると、少しだけ鼓動が早くなっていく。
「砂尾さんっていつもキリッとしていて、勉強も運動もいつも上位にいて高嶺の花って言葉が似合う感じかな。美人で男子人気も高いからみんな話たがってるよ?」
(みんなか……)
「稲荷君はどうなんだい?その……私と話したかったりするのか?」
自分に対して話したいか?とは、なんと自意識過剰な女なのだろうと聞きながら思ったが、どうしても聞きたかった。
「え?僕?そりゃ……砂尾さんみたいな人と話せると楽しいよ」
少しだけ目を逸らしながらも答えてくれる稲荷君は少し可愛らしくもあった。
「そ、そうか。良ければこれからも話したりしてもらえないだろうか?」
いつもの自分であれば、こんなにも相手と関わろうとするなんて考えられないが、聞いてしまったからには仕方ない。
返事を待つわずかな時間がずっと続くようだった。
「僕なんかで良ければもちろん良いよ」
目の前の稲荷君は完全に視線を横に向けながらもしっかりと答えてくれる。
この反応は何と言うかとても可愛い。
ざわざわするこの感覚は何なのだろう。
自分が抑えられなくなりそうだった。
「君は今の姿もそうだが、可愛らしいしのに3人組を投げ飛ばす姿はとてもカッコ良かった」
これじゃあまるで私が口説いているようじゃないか。
「投げ飛ばした方は絶対に秘密でお願いします」
深々と頭を下げる稲荷君は、可愛いと言われたことは完全に流すようだった。
まぁ今日のところは良いだろう。
これから仲を深めていけば良いのだから。
「秘密にするのは構わないから、その代わり……」
連絡先が欲しいと言い掛ける前にガチャリとお店側のドアが開く。
「あら、やっぱり帰ってきてたのね。ってそちらの子は確か砂尾さんちの娘さんだったかしら?」
普段ケーキを買いに来るときに見かける店員さんが入って来た。
顔を覚えられていたらしい、年間で数回しか会わないはずだがなぜだろう。
取り合えず極力丁寧に挨拶をしておく。
「お邪魔しております」
「あらあらご丁寧にどうも、この子の母です。息子の……お友達かしら?」
私と稲荷君を交互に見る母親は少し含み笑いのような顔で見つめられた。
「彼とは仲良くさせて頂いております」と丁寧に頭を下げる。
彼のお母様なら当然仲良くしておくべきだろう。
「せっかく来たんだからお店に出せないケーキでも良ければ食べて行ってね」
「いえいえ、それほどお構い無く」
「良いのよ、どうせ家じゃみんなケーキなんて飽きて誰も食べないんだから」
「それでしたら……」
「うふふ、ちょっと待っててね」
お母様はにこやかに笑うと息子の方へと目を向ける。
「さっき近所でトナカイがやんちゃな3人組をまとめて投げ飛ばしたって噂になってるんだけど何か知らない?」
一瞬の沈黙が周囲を包むと稲荷君はガッと立ち上がり外への扉へと向こうとするが、それよりも早く私の横を腕が伸びた。
女性らしい小さな手のはずだが、その手はがっちりと稲荷君の肩をギチギチと締め上げる。
「逃がすと思ったのかしら?」
「ハイスミマセン」
「後でお爺様のところに行きなさいね」
「ハイ」
「それじゃあケーキ持ってくるからあんたちゃんともてなしなさい」
「精一杯オモテナシイタシマス」
その言葉を聞きいれるとお母様はお店へと戻っていく。
私は目の前の光景に完全に圧倒され「すごいな」と感想を漏らす。
「あぁ、あんなの勝てるわけがない……」
遠い目をした稲荷君は少し不憫だった。
しばらくし、紅茶とケーキを持ってきてくれたお母様へとお礼を言うと、
「あらあら良いのよ親なんてこれくらいしかしない方が良いのだから」と優し気に笑いかけてくれた。
何か私にできることは無いだろうか、少しでも仲良くしておきたかった。
「あの、クリスマスの売り子お手伝いしましょうか?」
「あらホント?でも、良いのかしら、クリスマスよ?」
「大丈夫です、私に予定はありませんので、お手伝いさせてください。」
「あらあら、助かるわぁ」
メモ用紙へ、電話番号を書き、お母様は本当にバイトしてくれるならと連絡先をくれた。
「それじゃあ、連絡よろしくねぇ。当日はもちろんその子もトナカイさせるから」
やっぱり稲荷君も一緒にお手伝いができそうだった。
稲荷君の連絡先よりもお母様の連絡先を先に手に入れてしまったが、特に問題は無いだろう。
お母様が出て行ったあと、稲荷君は尋ねる。
「本当に良いのか?クリスマス何て一年間で一番忙しいから大変だよ?」
「せっかく稲荷君と過ごせそうなんだ。それぐらいの苦労はかまわないかな」
ハトが豆鉄砲を受けたような顔で、口が開いたままとなっている稲荷君はちょっとおもしろい。
「あんまりからかうなよ……」
「別にからかってるわけじゃないさ。少し君に興味が湧いたんだ」
「後々残念な気分になるぞ」
彼はどうやら心配してくれるらしい。手放しで喜ぶわけではなく、私の心配をしてくれているのだ。
私自身の心のざわめきは少しだけ暖かく感じた。
「きっとそうはならないよ」
私にはその確信があった。
これほど気持ちがそわそわとする事なんて初めてだったから。
しばらくは稲荷君を側で眺めてみよう。きっとこの気持ちがのざわめきがその内わかる気がするから。
クリスマス前日の土日は、過去最高のケーキの売り上げを見せつけた。
その原因として、とてつもなくクールビューティ―な可愛らしいサンタが売り子にいると話題になり、
買わなきゃ姿を現さないと言うことで一斉に買いが入ったのだ。
その日の仕事終わり、サンタは自らがプレゼントだとトナカイに迫るのだが、
それはまた別のお話なのでした。
昨年に引き続き今年も25日はお仕事デス。




