短編「大雨くーる」
「依然として強い勢力を保った状態で非常にゆっくりと北上を続ける台風18号は現在関東全域を強風域に収め……。」
テレビから流れるニュースは僕らの住んでいる場所の頭上を進む台風について淡々と状況を伝えていた。
台風の影響で学校が休校となる連絡が来たのは、今から30分ほど前だった。
両親は息子の休校を羨ましそうにしつつ先ほど出勤して行ったところだ。
そんな時に突然、家の呼び鈴が鳴る。
はいはい、とインターホンを手に取ると画面の向こう側にはレインコートを着た小柄な人影があった。
風雨が打ち付ける音の中、聞き慣れた幼馴染の声がした。
「すまない、早めに入れて欲しい。」
急いで玄関を開けると強い風に玄関を持っていかれそうになりながらも幼馴染を招き入れた。
「入れてくれてありがとう。隣の家に行くだけでこの有様だ。」
レインコートでは隠しきれない部分がずぶ濡れである。
「なんでこんな日にわざわざ来たんだお前。」
「君のお母様が、息子を頼むとメールをくれたのでな。君の世話を焼く事がやぶさかではない私はこうしてやって来たのだ。」
ずぶ濡れの前髪から水滴を落としながら腰に手を当てた幼馴染はドヤ顔でそう言った。
ドヤ顔で決めたが、今日は肌寒く雨に濡れた幼馴染の身体は正直だった。
「クシュン」と、小さなくしゃみをする。
「まったく、とりあえずシャワー浴びてこい。」
幼馴染は少しだけ嬉しそうな顔をすると、「Tシャツを貸してくれると助かる。」とだけ言う。
「わかった、用意しとくから。そのままお風呂場へ行ってこい。」
お風呂場からシャワーの流れる音が響いていた。
「おーい、Tシャツとタオルここに置いとくぞ。」
シャワーが止まる。
「ありがとう。すぐに上がるからタオルを広げて待っていてくれても構わないぞ。その際に見えてしまう私のあられもない姿をいくらでも目に焼き付けてくれ。」
「はいはい、また今度な。」
いつものことだと、適当な返事でその場を離れた。
しばらくするとバスタオルで頭を拭く音を立てながらながら上がってきた。
「お風呂ありがとう。」
「どういたしまして。」
とりあえず、幼馴染の方を見ずに答える。
「なぜ、こちらを見ないんだ。」
「お前Tシャツ以外何も着てないだろ。」
「ソンナコトナイゾ。」
わざとらしいカタコトの言葉で返事をされた。
「下着が見えない程度に服を着たら向いてやろう。」
「まぁ、君のサイズのTシャツは私にとってワンピースの様な物だから問題ない。」
チラッと後ろを振り返ると大きめのTシャツは本当にワンピースの様になっていた。
「君も相変わらずお堅いな。君にならいくらでも見られても構わないのに。」
そう言うのは恥じらいが大事なのだと心の中で思いながら、じっとりとした目で幼馴染を見つめる。
幼馴染は見つめられると、敢えて腕を組み、自慢の胸を持ち上げる様なポーズをとる。
「なぜ、胸を強調する。」
「小さな積み重ねが明るい家族計画に繋がるのだ。」
「もう、うちの家族計画は明るいから、コーヒーでも入れてくれ、お湯は沸かしてあるから。」
「そうか、もう明るいか。」と小さく呟く。
「何か言ったか?」
「いや、なんでもない。コーヒーだな?すぐに用意しよう。」
まるで自宅の慣れたキッチンかの様に自由に動き、コーヒーを淹れる姿に少しだけ明るい家族計画の未来が重なるのだった。




