短編「写真クール」
1枚の写真に写る2人の人物。
1人は屈託の無い笑顔の少年で、もう1人はぎこちなく口角を上げた不慣れな様子で写る少女だった。
2人に共通した点があるとすれば、泣き腫らし擦った目元が赤くなっていることだった。
10年ほど前に撮られた写真を片手に、当時ぎこちない表情をしていた少女がとある家の前にいた。
彼女はためらいがちにインターホンに手を伸ばす。
押すと暫くしてインターホンのスピーカーから声が聞こえた。
「どちら様ですかぁ?」
微かに聞き覚えのあるマイペースな響を持つ女性の声が耳に届き少し安堵する。
「先日ご連絡させていただきました、来栖です。」
「あらあら、菜穂ちゃんね。今開けるわぁ。」
その直後に玄関がガチャリと音を立てて開いた。
「遠くからわざわざ良くいらっしゃいましたぁ。あらあら?まぁ!菜穂ちゃん綺麗になってぇ。私ドキドキしちゃうわぁ。ささっ、上がって上がって。」
有無を言わせない勢いで何も言う間も貰えず、彼女は居間へと通された。
でも、久しぶりにお会いするのだ、これだけは渡さねばと彼女は思い立ち、手に下げていた紙袋を女性へと差し出した。
「つまらない物ですが、本日は突然のご招待ありがとうございます。」
「ご招待なんて大層なものじゃないのよぉ。ずっと会いたかったんだらぁ。また御近所さんになれるんだから宜しくねぇ。」
あらあらご丁寧にと言った様子で受け取ってくれて一安心しかけたが、女性の話は止まらなかった。
「引っ越しは明後日だったわよねぇ。うちの一家総出でお手伝いさせて貰うから何でも頼ってねぇ。」
「はい、ありがとうございます、えっと・・・。」
なんと呼んで良いかわからずに一瞬言葉に詰まる。
その様子を察してか、女性は手を頬に添え答える。
「おばさんでも、ママさんでも、智香瑠ちゃんでも良いわよぉ。」
目の前の女性は間違いなくおばさんと言った風貌ではないため、名前で呼んだ方が良いだろうと判断する。
「そうですね、それでは智香瑠さんと呼ばせて下さい。」
「お母義さんも捨て難いけどぉ、焦る必要も無いわねぇ。」
おかあさんと呼ぶには少々段取り的に早さを感じているので、ここはあえて微笑むのみで返事とさせて貰った。
「ねぇ菜穂ちゃん、息子なんだけどまだ上で寝ているのよねぇ。起こしてもらえるかしらぁ?」
写真の彼は不在かと思っていたが、どうやらまだ寝ているらしい。もうすぐ11時だと言うのに仕方の無い。幼馴染のよしみとして起こさねばならないな。
そう自分に言い聞かせると、「起こしてきますね智香瑠さん。」と返事をして過去の記憶を頼りに、彼の部屋へと向かう。
居間を出ようとする私の背中へ、智香瑠さんはこうも言っていた。
「既成事実はいつでも大歓迎よぉ。」
智香瑠さんの呟きに、私も小さく返事をした。
彼の部屋の前でドアノブに手を伸ばすが、一瞬思い留まり、小さくドアをノックする。
「かず君、かず君。起きてますか?起きないと部屋に入りますからね。」
あえて聞こえるかどうか分からない声で、入室の許可を勝手に取った。
改めてドアノブに手を掛け、ゆっくりとドアを開く。
ベッドには気持ちの良さそうに寝息を立てる彼が寝ていた。
彼女はそっと寝顔を覗き込むと、彼の顔をくすぐりそうになる髪を掻き上げた。
起きてしまっては勿体無いと彼女は注意しながら彼の顔を間近で観察する。
寝顔の彼はどこかあどけなさを残しつつも、男の子を意識させる顔立ちに成長しており。目が離せなかった。
しばらくの間じっくりと眺めた後に、手荷物からカメラを取り出した。
部屋に寝息とシャッター音だけがしばらく響いていた。
もう少しだけ近づいても大丈夫かと、油断したところで彼が目を覚ましてしまった。
レンズ越しに目覚めた彼と数秒間見つめ合い、躊躇わずにシャッターを切った。
カシャンと言う軽快なシャッター音が響く。
カメラを持つ手を彼が掴み、口を開いた。
「こら、何勝手に撮ってる。てか誰だお前。そして、なんでニヤニヤ後ろで見つめてるんだ母さん。」
彼はこの目の前に見覚えの無い女の子が写真を撮っている状況に冷静なツッコミを入れた。
「あらぁ〜起きちゃって残念ねぇ、菜穂ちゃん。」
「いえ、起きた瞬間もしっかり押さえました。家宝にします。」
彼のツッコミには誰も答えず、彼の母親と見知らぬ女の子は会話を進められた。
「こらこら、俺を置いてきぼりにするんじゃ無いよ。そして、カメラを持つ君は状況説明しなさい。」
彼は騒がずに冷静な眼差しを私に向ける。
思わず彼の格好良さに、彼に掴まれた腕ごとその表情をカメラにおさめていた。
すると彼に掴まれた腕が引かれた。
これは抱きしめられるのかと、一瞬覚悟を決めて目を閉じると、額に衝撃が走った。
ペシッ!
「痛いじゃないか。」
彼がくれたものは抱擁でもキスでも無く、デコピンだった。
それも割と痛いし、良い音がした。
「見ず知らずの奴から写真を撮られてそれで済んでいるんだ。優しい方だろう。」
彼としては、目が覚めたら目の前に10人中10人が振り返るであろう綺麗な女の子がこちらを見てカメラを構えていた為、しばらく夢かと呆然としてしまって対処が遅れていた。
彼女は仕方ないと言った雰囲気でポケットから写真を取り出した。
かつての少年はしげしげと写真を眺め手に取り目の前の彼女と比べる。
昔からそれなりに可愛らしくはあったが、あまりにも表情が乏しく、友達が自分くらいしかいない少女を思い出した。
「お前もしかして、菜穂か?」
かつての少女は当時と異なり、優しげに口角を上げた。
「菜穂、可愛く笑えるようになったんだな。」
「当然だ、君の笑顔を見て練習したからな。」
笑顔を練習したと言う割には、もう表情は澄ましたような、涼しげな表情になっていた。
「それでも真っ直ぐこっちを見てくる時の、その無表情っぷりは変わらないんだな。」
少しはにかみながら、意地悪をする幼い子供の様に彼は少女の成長を褒める。
「君は相変わらず、少し意地悪なのだな。」
そう言ってさっきの練習したと言う完璧な笑顔よりも、もっと自然で、自分だけに見せてくれていた笑顔になると、彼は少し顔を赤くして背けた。
そこで部屋の入り口に立っていた母親は、自分の存在をアピールする様に声を掛けてきた。
「あらあらぁ〜。お母さんは邪魔みたいだから、3時間くらいお友達のお家にでも行ってようかしらぁ。冷蔵庫の中身もお風呂も好きに使って良いわよ菜穂ちゃん。」
彼の母親は彼女に向かって意味深な言葉を投げかけ、彼女は親指をグッと立て答える。
「智香瑠さん、私決めてみせます。」
彼は思う。
どうやら自分に逃げ場は無いらしいことを・・・。
この後メチャクチャ・・・
思い出話しの花を咲かせて、お昼ご飯の用意までしてあげた。




