短編「後輩クール」
お久しぶりな投稿です。
長編っぽいのを考えていたら上手くまとまらないので、ss風を投稿です。
「現在、車内トラブルにより、大幅な電車の遅れが出ております。非常に車内混み合っておりますので・・・。」
などと言ったアナウンスが満員の電車内で響いていた。
部活も終わり、帰宅の為に乗った電車だったが、運悪く前の車両が起こしたトラブルにより鮨詰め状態となっていた。
蒸し暑い電車がは普段の効きすぎた冷房でも意味を為さず、不快さだけを運んでいる。
だがしかし、彼は次の駅で降りる為あと数分の我慢でここから解放されると安堵していた。
ノロノロと進む満員電車は見慣れた景色を眺める余裕も、スマホすら触る事のできない状態で、人が溢れかえる駅へとたどり着く。
電車の中程にいた彼は人を掻き分けるように降りるが、微かな声を聞いた。
「すまない、降りるんだ。通して欲しい。」
そこには、人を搔き分けようとする色白の腕があった。
人が強引に乗り始めた今、彼女はきっと降りられないかもしれない。そう思うと彼はその腕を引っ張った。
自分の場所を譲らないオヤジが居て邪魔をしていたが、彼は少々強引にどかし、「すみません」と小さく謝りつつそのまま駅へと降り立つ。
電車のドアが閉じ、ある程度スペースのある場所でようやく引っ張った相手を見た。
色白でしなやかなスタイルは、不健康に見える訳ではなく、凛とした顔立と相まって、一瞬見惚れてしまいそうになってしまうが、何とか言葉をひねり出す。
「悪い、引っ張ってしまったんだけど・・・痛くは無かったか?」
彼女はこちらを真っ直ぐ見つめると、凛とした表情を崩し今度こそ本気で見惚れてしまう笑顔を向けて答えた。
「ありがとうございます。痛くはありません。おかげで電車から降りられました。」
彼は完全に彼女に見惚れていた為に次の言葉が出てこない。
そんな彼をよそに、彼女はスカートのポケットからハンカチを取り出すと、彼の額に滲んだ汗を拭う。
そのあまりにも自然な流れで拭かれた汗に、ようやく硬直が解けた。
「えっ、ちょ、そんな汗なんて汚いから拭かなくても良いって!」
「いや、電車内は蒸し暑かったから、汗をかくのは仕方ない。」
どこか的外れな返答にまたしても固まりそうになるが、何とか堪えカバンから取り出したタオルで顔をゴシゴシと拭き直した。
そんな様子を彼女は未だに真っ直ぐと見つめていた。
「あ、あのさ。何か顔についてたりする?」
もしかして、さっきのハンカチも埃か何かを取ろうとしていたのかと思い聞いた。
「あぁ、いや、違う。私を電車内から出してくれた男の子があまりにも好みだったので思わず眺めてしまったのだ。」
彼女は今何と言った?好みと言ったか?と自分の耳へと疑いをかける。
しかし自分の耳は正常と訴えているので、話した本人に聞き返した。
「好みって言った?」
彼女はまたしても、自然に、何の気負いもなく答えてくれた。
「私の好みの男の子で少し驚いたのだ。」
いやいや、生まれてこの方部活に明け暮れる高校生だ。同じ歳くらいの女の子がこんなに素直に好意を伝えるのか?いや、ない。
じゃあ目の前のこの状況はなんだ?
そんな自問自答を繰り返している間約1秒。彼女の質問は飛んでくる。
「良ければ、名前と連絡先を教えて欲しいのだが、少し場所を変えないか?」
そうである、まだ人混みになりつつある駅のホームだ、退かなければならない。
「あぁ分かった、どこに行こう。」
「私の家が近くなのだが、どうだろう?」
あぁ家ね。うん、ゆっくりできるね。
「家っ?!」
「なに、遠慮する事はない。両親は不在だし、姉も今日は遅いはずだ。」
「いやいや、初対面でそんないきなり。」
そう言いつつも、今度は彼女に腕を掴まれ、引っ張られて行くのだった。
駅を出ると彼女は名前を教えてくれた。
「私は来栖 雪音だ。」
「俺は、稲荷 和穂。」
「和穂先輩と呼んでも良いだろうか。」
「え、なんで先輩なんだ?」
彼はそこでようやく気がついた。彼女の着ている制服は一個下の学年のリボン色をしていた。
駅から5分ほど歩くとそこは高級住宅街で、大きな門構えの純和風な家の前にたどり着いた。
「もしかしてここ?」
「仰々しい家だが、それほど気にしないで欲しい。」
もう、心を決めて入るしかなかった。
「お邪魔します。」
彼女の部屋に通されたようだが、よく整理された初めて入る女の子の部屋にドキドキしながら落ち着かない様子で座っていると、彼女はすぐに飲み物を運んで来てくれた。
「麦茶しかないのだが、良かっただろうか?」
「大丈夫、ありがとう。」
緊張で乾いた喉によく冷えた麦茶は非常に美味しかった。
きっと麦茶もこの家同様、お高いのかもしれない。
「スーパーの特売の麦茶なのだが、夏はやはりこれだな。」
あ、すごく庶民派でした。親近感が湧きました。
麦茶を味わうことに集中していると、彼女は色々と質問してくる。
部活や趣味趣向、住んでる場所等々・・・。
「先輩は彼女とか、親しい女性はいるのだろうか?」
もちろん後輩の女の子にふらふらと着いて行ってしまう自分に彼女なんて者はいなかった。
そう聞くと彼女は少しだけ嬉しそうに、また凛とした顔を崩した。
「先輩の好みの女性はどのような人なんだ?」
少しだけ答えを考える。
「私のような少しだけ男勝りな喋り方をする後輩は好みではないか?」
なんて正直に自分を売り込むんだろうと少しだけ驚きながら、正直に答えることにした。
「嫌いなことはのない、むしろとても綺麗で好みだと・・・思う。」
彼女の色白の肌が少し紅くなったように見えた。
あぁなんて綺麗なんだろう。僕は彼女の顔へと手を伸ばそうとするが、まだ出会って数時間も経っていない女の子に何をしようとしているのだと、手を引っ込めた。
「先輩が良ければどこを触っても良いぞ。」
どこを触っても・・・?
なんなんだその甘美な響きは。でも、ここで紳士的に行動しなくては今後に支障が出るかもしれない。慎重に行こう。
再度伸ばした手は彼女の頬に触れ、そのまま艶やかな髪を撫でる。
心臓が飛び出しそうなほど高鳴っていた。
「先輩の手が私に触れると、頭が痺れてくるほど心地が良い。」
そう言って彼女は手を重ねてくる。
「私の一目惚れだ。私を彼女にしてもらえないだろうか。」
重ねられた手をそっと握り返し答える。
「よ、喜んで。」
こんな綺麗な子に、こんなにも正直に好意を伝えられて断る訳がなかった。
「よろしく頼むぞ先輩。私は先輩のことをもっと知りたい。」
こちらこそ、もっと君のことを知りたいが、今後は自分が腕を引っ張られることになりそうだと思いながらも、それも悪くはなかった。




