8 イーストエンド 終わりと始まり
「さあ、これでイーストエンドへ一っ飛びよ」
「また、跳ねるの」
ハルカがたずねると空をあるくのよとウェストは言った。
「跳ねるには遠いの。空を歩いていけばいいの。つまり、飛んでいくのよ」
「箒なしで?」
「あれは長距離長時間用だもの。第一、持ってきていないから。もしかして、箒で飛びたかった」
ハルカは苦笑いしながら、ちょっとねと答えた。本当はすごく乗ってみたかったのだ。けれど、とりあえず、すべての呪いが解けたのだからいいと思った。
(家へ、お父さんのところへ帰りたい!)
ウェストはハルカのそんな願いを知ってか知らずか、手を握る。
「さあ、空中散歩のはじまりよ。準備はいい?」
楽しそうなウェストの声にハルカは大きくうなずいた。そして、二人はぽんと跳ねて空中に舞い上がる。あしもとにはさっきまで銀色だった森が、今は緑の葉をまるで手を振るように揺らしていた。
(どうやら、すべての呪いが解けたらしいな)
男は水面に映ったウェストとハルカを見ていた。男の名はイースト。東の魔法使いだ。長い白髪をゆるく三つ編みにしてたらしている。年齢は三十代といったところか。イーストは水盤と呼ばれる魔法道具の水面を人差し指で叩く。ゆらりと波紋が広がり、水面には黒猫の姿が映った。
『よぉ、イースト。どうやら、うまくいったらしいな』
「やはり、ゼロス様もごらんになっておいででしたか?」
『一応な。また、世界戦争でも起きたら面倒だからな。それで、時間軸と世界軸はどうにかなりそうか?』
「ええ、あの秘宝がそろえば、私たちが帰りそびれたときよりはずっとましな結果になるでしょう」
『そうか……』
なぜか、ゼロスの声は沈んでいた。それはイーストにもはっきりとわかるほどに。だが、イーストは何も聞かなかった。おそらく、ハルカのことだろう。
「そろそろ迎えにでます。それでは、また……」
ゼロスはおうっと答えて、水面から姿を消した。
(さて、出迎えねばな)
イーストは家を出て、玄関先でウェストたちを待っていた。
空を歩くのは、なんだか心もとない感じだとハルカは思った。ウェストは見えない道があると思って歩くのよと、コツをおしえてくれたけど、どうしてもハルカの足は、一歩踏み出すたびに深く沈む。
「なんだか、泥沼に足をつっこんでるみたい」
「まあ、最初はそんなもんよ。ああ、でもハルカは最初で最後だから慣れる必要はないわ。ほら、みて」
ウェストが指さす先に大きな湖とその真ん中に小さな真っ白の家が見えた。ウェストは少しだけ速足になったので、ハルカは半分引きずられるように空を歩いた。だんだんと家に近づくと、白髪の男が手をふっていた。
「彼がイーストよ」
ウェストは嬉しそうに手をふり返す。そして、やっと桟橋のような場所に、二人は降り立った。
「やぁ、いらっしゃい」
イーストはにこやかに微笑む。ハルカもお邪魔しますと笑顔で答えた。
「聞いてイースト!ハルカったら、全部解いたのよ。すごいと思わない?」
ウェストは子供のようにはしゃいだ。イーストは穏やかに見ていたよと微笑む。すると、やっぱりねと拗ねたようにウェストは口をとがらせた。
「ハルカ、呪いをといてくれてありがとう」
「お礼なんて……ただの偶然だと思います」
ハルカはイーストを見てドキドキしていた。髪はまっしろなのに、顔はとても若々しくてかっこいいお兄さんだった。ウェストとゼロスの話を聞いていて、てっきり、意地悪なおじさんを想像していたからだ。
「さあ、おいで。君を帰す準備はできている。もう、魔女見習いの帽子も服もいらないから、それは脱いでかまわないよ」
イーストはすねるウェストの頭をぽんぽんと叩きながら、ハルカに向ってそう言った。ハルカは大急ぎで帽子とワンピースを脱いでウェストに返した。
「ありがとう」
「何いってんの。お礼をいうのはあたしのほうよ。ありがとう。ハルカ」
ウェストはすっとかがんで、ハルカの頬にキスをした。
「これでお別れなのは寂しいけど、仕方ないわ」
「あたしも寂しいよ。だけど、帰りたい!」
ハルカは必死の表情で帰りたい気持ちを伝えた。ウェストはにこりと笑う。
「大丈夫、心配ないわ」
「そうだよ、大丈夫だ。ハルカが無事に帰れるように最善をつくすよ。ウェスト、三つの秘宝を貸してくれ」
ウェストは鞄の中から、真っ赤なルビーの骸骨と金色のライオン像、そして最後に銀の薔薇をとりだしてすべてイーストに渡した。すると、彼はいきなりそれを湖に投げ込んだ。
「何?なんで」
「大丈夫よ、ハルカ。これから大きな魔方陣ができるの」
そう言われて、ハルカの胸はドキドキした。水面にはオーロラのような不思議な光がうごめいている。あたりはだんだんと暗くなり、蒼かった湖はいつの間にか真っ黒に染まっていた。そこに魔方陣が浮かび上がる。金色の円の中は銀色に輝き、そこには赤い五芒星が浮かび上がった。そして、その中心に青色の骸骨が一つちょこんと転がっている。
「さあ、二人ともおいで」
イーストに導かれるまま、二人は魔方陣の上にたった。真中に向って歩くイーストについていく。歩くたびにいろんな色の光がきらりと光っては消えた。イーストが骸骨を拾い上げると、よく検分する。
「うん、世界軸は問題ない」
「時間軸は?」
「誤差一日ぐらいだよ。心配ない」
ウェストとハルカは同じタイミングでため息をついて、お互いに苦笑いを浮かべた。
「それじゃあ、ハルカ。これを両手でしっかり持って」
ハルカはイーストから青色の骸骨を受け取る。骸骨は発光しはじめて、ハルカは思わず落としそうになった。それを支えるようにウェストがしっかりもってといい、真剣なまなざしを向けた。
「帰るんでしょ」
「うん。絶対帰る」
ウェストはうんと頷いて、そっとハルカのそばを離れた。そして、イーストとともに空中へ舞い上がる。
「綺麗な赤の五芒星ね」
「彼女に縁のある魔方陣だよ。彼女はちゃんと帰れるから心配はいらないよ」
「そうね」
ハルカは二人を見上げたが、何を話しているかはわからなかった。それにすぐにイーストから魔方陣の真ん中に立つように左に右にと指示をだされた。
「よし、そこだ。そこから動かないでくれ。いいかい。ハルカ。これから私たちは呪文を唱える。何がおこっても決してその骸骨を離さないように。胸の前で抱き込んで」
ハルカはそういうわれて骸骨をぎゅっと胸に抱きしめた。
「いい子だ。それじゃあいくよ」
イーストとウェストは向かい合わせになり、ハルカの頭上でお互いの額をつけて、呪文を唱え出した。それはまるで何かを歌っているようにハルカには聞こえた。
(ああ、そうだ。オズの魔法使いの歌に似てるんだ)
ハルカがそう思った瞬間、強い風が彼女の周りで渦を巻く。そして、あっというまにハルカを包み込んで空中の二人から見えなくなってしまった。風がおさまると、魔方陣の真ん中には透明の靴が一足のこっていた。二人は魔方陣の上におりたち、それを拾い上げる。
「これ、ハルカの履いてた靴だわ」
「水晶になっているな」
「そっか、これがこの世界の新しい秘宝になるのね」
ウェストは、いや、だぶだぶの赤いドレスをきた少女はうっとりと水晶の靴をながめた。
「君はドロシーにもどってしまったようだが、大丈夫なのか?」
「問題ないわ。師匠の所でもう一度、魔女として修行しなきゃならないけど。イーストだって髪が黒くなってるわよ」
「そうかい、私は髪の色が戻ったのか」
ウェストことドロシーは、イーストの三つ編みを手にしてまじまじと見つめた。
「オズにもどったわけじゃないのね」
「ああ、もう私は西の魔法使いだからね。君は東の魔女になるんだろう?」
「ええ、赤い靴はほらこの通り、あたしの足にぴったりはりついてるわ」
ドロシーは、スカートをつまんでつま先でビタビタと魔方陣を叩いた。イーストは苦笑しながら、それじゃあ、ウェストエンドまで送ろうと言って、ドロシーの手をとった。
ハルカはいろんな痛みで目が覚めた。
『先生、患者さんが起きました』
『意識レベルの確認を』
ハルカはぼんやりとする頭で、たくさんの管と白い壁に囲まれた部屋にいることが分かった。そして、名前と生年月日を聞かれている。
「ゆっくりでいいですよ。お名前は?」
「矢萩……ハルカ……」
「生年月日は?」
ゆっくりと尋ねる看護師にハルカもゆっくりと答えた。そうしているうちに、意識がしっかりしてきた。そして、ここが病院だということを理解する。確か、急に竜巻がおきたのだと、ハルカは思い出す。
「みんなは……」
「大丈夫、無事よ。すぐにお父さんがくるからね」
看護師はにこりと笑った。その顔が誰かに似ているようで、思い出せない。ハルカはなんだか長い夢を見ていたような気分だった。
話をきくと、竜巻に巻き込まれて林の中にはじかれたそうだ。発見が早くて、命に別状はなかったけれど、かなり重体だったらしい。ハルカは意識が戻るのに三日かかったそうだ。それから、脳の検査して異常がないことがわかった。あとは、怪我を治すために三ヶ月ほど入院しなければならないそうだ。そして、右足にずっと違和感があった。そのことを父に話すと、右足の神経が一部切れていると言われた。
「それって……右足が動かないってこと?」
「いや、動くよ。リハビリがいるけど」
父はハルカの顔を真っすぐにみていた。だが、その瞳は何かを悲しんでいるように見えた。ハルカはその表情で自分に何が起きたかわかったような気がした。
「リハビリしたらサッカーできるよね!」
ハルカはなんとなく答えをわかっていて、父にしがみつく。
「わからない……先生はそう言っていたよ」
父は、ハルカをそっと抱きしめて背中をさすった。ハルカは自分でも気が付かないうちに涙をながしていた。
「がんばってリハビリしたら、きっとサッカーできるよね」
父はハルカの問いに答えてくれなかった。その代り、ずっと握っていたよといって、骸骨のついたペンダントをわたした。ハルカはそれを手にして、じっくりと見た。蒼く透き通った骸骨の後頭部には、銀色の薔薇と金色のライオンがわずかに重なるように中に埋め込まれていた。
何かが頭の中に浮かんではきえたけれど、はっきりとはしなかった。ただ、これはとても大事な物だとそれだけははっきりと分かった。それを握りしめ、ハルカは泣いた。どうしてそんなに涙がでるのか自分でもわからないくらい泣いた。その間、ずっと父が抱き寄せて背中をさすっていた。
それから、ハルカは三ヶ月間の入院生活を終えた。ハルカの右足はしびれたような麻痺したようななんとも表現のしにくい感覚があり、まだ、松葉杖なしてでは歩けない状態だった。
リハビリを始める前に、医者はどこまで回復するかわからないと言った。右足に残った大きな傷跡。その傷がアキレス腱にまで影響し、手術をして成功したもののアキレス腱以外の神経がきちんと動いているかどうかわからないという。確かに、ハルカには右足がしびれているような感覚しかない。
「サッカーできなくなりますか?」
ハルカは不安そうに医者にたずねたが、それはリハビリ次第だと言われた。ハルカは骸骨のペンダントをにぎりしめ、深く深呼吸をして言った。
「リハビリ、がんばります。あたし、もう一度サッカーがしたいんです」
「そうですか。そこまで回復するには時間がかかります。頑張れますか?」
ハルカは大きくうなずいた。その日から、長い長いリハビリが始まった。
「ねぇ、お父さん」
「なんだい」
「サッカーできなくなっても、お母さん悲しまないかな」
「さあ、ハルカはどう思う?」
「あたしは悲しまないと思う。あのね、お母さんがいってたの夢を追いかけて走っていても、その途中で一生大事にしたい宝物を見つけることもあるって。それが、お父さんであたしだよって言ってた」
「ハルカ……」
「だからね……だから、あたしリハビリはする。サッカーも止めない。だけど、これから夢は少しだけ変わるかもしれない。お父さん、ごめんね。なでしこは目指せない」
「ハルカ、そんなことはいいんだよ。お前がサッカーが好きなら、続けたいならそれでいい。違う夢をみつけたら、それを追いかけていいんだ。お父さんはお母さんの分までちゃんと応援してるんだからな。今は、リハビリを頑張ろう」
父はハルカの頭を優しくなでた。ハルカは、うんと強くうなずく。不安なことはいっぱいあるけれど、きっとなんとかなるとハルカは思った。




