ギャル軍襲来と妹の部屋へ決死の特攻
和哉の部屋で、俺と佐藤は机にノートを広げて怪異の対策会議を再開していた。だがその矢先、一階の玄関が騒がしくなる。
「ただいまー。ねえマジうける、ウチらのTikTokバズりすぎじゃね?」
ドスドスと階段を上がってくる複数の足音。日和がギャル仲間のユナとあゆっちを連れて帰ってきたのだ。二階の廊下で鉢合わせた瞬間、日和は俺たち二人を冷酷極まりないジト目で一瞥した。
「チッ。……ねえ、ウチの兄貴マジきもいから視界に入れないでね」
「ウケるー、お兄さん友達いたんだ」
容赦ない陰口を叩いてゲラゲラ下品に笑いながら、ギャル軍団は日和の部屋へと消えていく。
その間、佐藤は生まれたての小鹿のように白目を剥いてガタガタと震えていたが、ギャルたち一人、ユナの背後を見た瞬間、その眼鏡の奥の目が霊能者のそれに変わった。
ギャルの最後尾を歩くユナの背中に、巨大なドス黒い異形の腕が巻き付いていたのだ。壁を削りながら蠢くその怪異は、今にもあの子を食い殺しそうなほど凶悪な呪気を放っている。
ギャル軍団のドアが閉まった後、俺は冷や汗を流しながら佐藤を振り返った。
「……なぁ、佐藤。見たか? あの最後の子に乗ってたやつ」
「ああ……見たよ。この街の霊脈を汚すレベルの、極めて凶悪な一級怪異だね」
「どうする? あれ。放っておいたらあの子、マジでヤバいよな……?」
俺の問いかけに、佐藤はすっと眼鏡のブリッジを人差し指で押し上げ、死んだ魚のような目で言った。
「まあ、僕の霊力を込めた秘術を使えば何とかなりそうだけど、――断る」
「おい見捨てる気かよ!?」
「無理だ! 呪いを解くにはあの子の体に直接触れる必要がある!ギャルの体にタッチ?確実に社会的自殺だ!僕は怨霊に殺されるより、警察に捕まる方が怖い!」
霊能者としてのプライドより、ギャルへの恐怖が完全勝利していた。
だが、隣の部屋からはギャルたちの笑い声に混ざって、怪異のギチギチという骨の軋む音が漏れ聞こえてくる。あの子の時間は残り少ない。助けられるのは俺ら以外にはいないのだ。
俺は深くため息をつき、覚悟を決めて佐藤の肩に手を置いた。
「……仕方がない。お前ができないのなら、俺がやるよ。どうやればいいのか教えてくれ」
俺の言葉を聞いた瞬間、佐藤の死んだ魚のような目が、今日一番の輝きを放った。彼はガシッと俺の両手を力強く握りしめ、感動に震える声で叫んだ。
「え、君がやるの!? じゃあ、全力で協力しよう!!」
「お前、自分が接触する必要がないと分かった瞬間にプロの顔になるのやめろよ!」
佐藤が俺の右手に霊力を集束させると、そこが淡く光って見えた。おそらく、これは俺や佐藤のような霊感が強い者にしか見えないのだろう。
「いいかい、一ノ瀬君。僕の術式を君の右手に宿した。君があの子の体に触りさえすれば霊的バイパスを使って僕が霊波を注入する! 大丈夫、僕は部屋の外から君の無事を祈り続けるよ!」
「祈るんじゃなくて一緒に戦えよ……」
俺は意を決して日和の部屋のドアノブに手をかけ、勢いよく開けた。
「おい日和、ちょっと――」
瞬間、俺の思考が完全に停止した。部屋の中では、日和を含むギャル三人衆が、ちょうどチア部の衣装に着替え中の真っ最中だったのだ。肌色が視界を埋める。
「……は?」
「ギャァァァアアアア!!! マジ変態!!! きもっ!!!」
ギャルたちの鼓膜を突き破る悲鳴が響き渡る中、廊下の陰から佐藤の必死な囁き声が聞こえた。
「一ノ瀬君!君の右手を彼女にタッチすればいいんだ!簡単なことだよ、頑張れ!」
簡単なのだ。霊的な手順としては、あの子の体に右手をポンと触れさせるだけ。超イージー。
――いや、そうか?
チア部の衣装に着替え中の女子高生の体に、男子高校生が強引にタッチする。手順は簡単でも、社会的には一発でゲームオーバーである。
「アンタ、マジで死んで!」
生爪にきらびやかなネイルを光らせた日和が、般若のような形相で右ハイキックを放ってきた。
ドゴォッ! という鈍い音とともに、俺の身体は派手に宙を舞う。
――痛ぇ! だが、これで射線は通った!
吹き飛ぶ視界の先、恐怖に顔を引き攣らせるターゲットが見える。俺は空中で無理やり身体をひねり、必死に右手を伸ばした。
傍から見れば、チア服の女子高生に空中からダイビングアタックをかます完全無欠の性犯罪者かもしれない。だが、知るか、これで警察に捕まってやる!
「うおおおおおお、警察がなんぼのもんじゃあ!!」
俺はそのまま、怪異の憑いたチア服ギャルのユナにめがけて一直線に衝突した。衝突の瞬間、俺の輝く右手がユナの右肩に接触する。――同時に、指先からドス黒い呪気が反動となって襲いかかってきた!
(繋がった……!)
霊的バイパスを通して、部屋の外にいる佐藤の膨大な霊波が、俺の右手を経由して彼女の身体へと一気に流れ込む。直後、日和の部屋全体を包み込むような、神々しく圧倒的な聖なる光が激しく溢れ出す!
――ギエェェェェエエエエエエエッッッッ!!!!
ユナに取りついていた一級怪異が、光の激流に呑まれて瞬時に消滅していく。彼女は救われたのだ。
まあ、その光が見えたのと怨霊の断末魔が聞こえたのは、霊感がある俺と佐藤の二人だけだったのだが。
「ギャーッ!この人、アタシの胸触った!!」
「え、胸じゃなくて、肩だけど……」
「日和、お兄さんマジ無理なんだけど!警察!早く警察呼んで!」
光が収まった部屋には激怒するギャルたちと、スマホで通報し終えた日和の姿だけが残されていた。
廊下の陰では、佐藤が自分のスマホで「最寄りの警察署の住所」を検索し始めていた。




