教室の向こうのリア充オーラ
カラオケボックスでプライドと衣服をすべて引きちぎり、命がけの熱唱除霊を敢行した次の日。
俺の身体と精神は、文字通りただの屍と化していた。
昨夜、他校のギャルを呪いから救い出したことへの達成感など、目覚めた瞬間に襲ってきた猛烈な自己嫌悪の前に消え失せていた。シャツのボタンは全て引きちぎれて無くなっており、予備のシャツを引っ張り出して、なんとか重い足取りで登校したのだ。
一時間目が終わり、移動教室のために廊下へ出た、その時だった。
「ねえマジ受けるんだけどー!」
「それなー!」
廊下の向こうから、いつもの派手でアゲアゲな笑い声とともに、日和たちギャル軍団が歩いてくるのが見えた。
俺の全身に緊張が走る。
すれ違いざま、日和は、俺の顔を見るなり「チッ」と露骨極まりない舌打ちをした。だが、それ以上は何も言わない。昨夜リビングで突きつけられた、あの冷酷なジト目のまま、俺の横を通り過ぎようとする。
しかし、地獄の追撃はそこからだった。
軍団の一人であるあゆっちが、自身のスマホの画面をこれ見よがしに俺の目の前に突きつけ、ケラケラと下品に大爆笑したのだ。
「お兄さんマジ神w!カラオケの動画、ユナから送ってもらったし!マジ爆笑なんだけど。今度あーしにもTikTok撮らせてくんねw」
「……っ!」
えぐり込むような煽り。
そこに映っていたのは、サイケデリックな照明のなか、顔を真っ赤にして必死の形相で汗だくになりながら、半裸になってシャウトしている俺の姿だった。
さらに、その後ろからユナもニコニコと無邪気な笑顔で言葉を重ねてくる。
「お兄さん、話題もちきりだよ。今アタシらのグループで一番注目されてっから」
「……」
ユナの口から出たその言葉を聞いた瞬間、俺の視界は、別の意味で真っ暗になった。
昨日、カラオケボックスの外でユナが俺にくれた、あの除霊への素直な感謝の言葉。
そんなものは、彼女たちの生きるスクールカーストの絶対的なルールの下では、綺麗さっぱり消滅していた。
一ノ瀬の兄貴がカラオケで突然脱ぎ出す、最高にウケる一発芸――。
オカルトなんて誰も知らない彼女たちの世界においては、俺の命懸けの除霊は、100%のエンタメとして完全処理されていたのだ。
ユナは、ただ、日和の兄の『最高にオモロいネタ動画』として、無自覚に動画を横流ししただけだった。
「……あはは、機会があればね」
社会的信用が、完全にすり潰されていくのを感じながら、血の涙を流してそう答えるのが、今の俺にできる精一杯だった。
「じゃーね、お兄さん! 次のライブ(笑)あーし、楽しみにしてっから☆」
「マジ神、いつでも動画送ってねーw」
あゆっちとユナは満足そうに手を振ると、アゲアゲなノリのまま廊下の先へと歩き出していった。
そのギャル軍団の最後尾。日和が、すれ違いざまに一度だけ冷酷に振り返った。
日和は、俺の予備の制服をジロリと見つめ、骨まで凍りつくような冷徹な声で、最後の警告を言い放った。
「つーか、コイツが勝手にカラオケに乱入してきたら追い出していいから。警察呼べば?」
彼女の放つリアルなカーストの冷気が、俺の周囲の空間を容赦なく遮断して通り過ぎていった。
全校生徒から「おもしろ変質者」として指をさされ、実の妹には絶縁一歩手前まで詰められた俺。
魂が抜けた抜け殻のようになって、重い足取りで自分の教室へと戻った。
教室の扉を開けて中に入ると、隣の席の前田が、今日はやけに爽やかな笑顔で俺の机へと近づいてきたのだ。
「おい、一ノ瀬! 見たぞ。お前カラオケですげーマッスルな一発芸やったな」
「前田……お前までその話を……」
もう駄目だ。いよいよこの学校に俺の居場所はない。
絶望して机に突っ伏そうとした俺に、前田は声をさらに弾ませて言った。
「いや、違うんだよ! 感謝してるんだ!」
前田は、対角線の端の席にいる高橋さんの方をチラリと見た。
いつもなら俺の姿を見ただけで悲鳴を上げて机を遠ざけていた高橋さんが、心なしか、俺を見る目が少し柔らかくなっている。
怯えの視線ではなく、珍獣を見るような生温い目に変わっていた。前田が、俺の肩を親しげにガシッと叩く。
「いやさ、お前の覗き魔疑惑の件、俺はお前が不憫で仕方なくて『あいつはただのドジなやつなんだ』って、高橋に必死に説得してたんだよ」
「……説得、してくれてたのか」
「おう! そしたらその流れで、週末、高橋と二人で飯食いに行くことになって……ぶっちゃけ、付き合うことになったわ! マジでお前のおかげだ、ありがとな!」
「……は?」
脳の血管が何本か、音を立てて派手に弾け飛んだ気がした。
俺が社会的死亡を繰り返して怪異から少女を救い出したその代償が、俺を嫌っていた女子と目の前の友人との、等身大の青春を実らせるための、都合のいい切っ掛けにされていた。
前田は満面の笑みで、足取りも軽く高橋さんの席へと戻っていった。二人は教室の向こう側で、楽しそうにイチャつきながら、こちらを見てクスクスと笑っている。
世界は、俺を中心に回っていない。
俺が命を懸けて戦う地獄の裏で、周囲はただの高校生として勝手に恋愛を成就させ、勝手に青春を謳歌している。
「……一ノ瀬君、素晴らしいじゃないか」
前の席から、佐藤がすっと眼鏡のブリッジを押し上げた。
「君の社会的な犠牲は、クラスの男女一組を幸せにするための尊い生贄となったわけだ。級長として、クラスの融和を心から歓迎するよ」
「……佐藤……」
俺は何も言えず、机に深く突っ伏した。
教室の向こう側から放たれるリア充の眩しいオーラに、俺の心の叫びは虚しくかき消されていった。
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