【レイ能力】チート――という夢を見た
「以上をもちまして、カズヤ・ミッドランド第三王子の『能力鑑定儀式』を終了します」
神官の厳かな声が、大理石の謁見の間に冷たく響き渡った。
(マジか。せっかく異世界転生したってのに、この仕打ちはないだろ……)
俺――日本でごく普通の高校生をやっていた一ノ瀬和哉は、心の中で深くため息をついた。
俺が気づいた時には、中世ヨーロッパ風の異世界にある『ミッドランド王国』の第三王子に転生していた。そこまではよかった。
だが、現実は甘くない。
この世界では十五歳になると、神から固有の能力『ギフト』を与えられる。
長男は【聖剣術】、次男は【大魔導】。
輝かしい兄たちに続き、俺の頭上に浮かび上がった文字は――。
【レイ能力】
聞いたこともない能力だった。
「レ、レイ能力……? 鑑定水晶にも詳細が出ん。攻撃魔法でもなければ、肉体強化でもない……カズヤ、これは一体何の役に立つ能力なのだ?」
玉座に座る実の父親――国王が、あからさまに失望した視線を向けてくる。
隣に座る王妃も、まるで汚いものでも見るかのように扇子で顔を覆った。
「分かりません、父上。しかし、何か新しい可能性が――」
「不届き者が! 王家に生まれながら、戦う力も守る力も持たぬ無能など、我が国には不要である!」
国王の怒号が響く。
このミッドランド王国は魔王軍との戦いの最前線。使える能力を持たない王族など、ただの穀潰しでしかないのだ。
「カズヤ・ミッドランド。貴殿を本日をもって王位継承権剥奪、および国外追放処分とする。行く先は、魔物が跋扈する最果ての地『グラハロ平原』だ。二度とこの王都の地を踏むな」
こうして俺は、ろくな荷物も与えられないまま、人が住まないと言われる死の辺境へと追いやられることになったのだった。
ガタゴトと激しく揺れる、窓もない薄汚れた馬車。
これが見捨てられた第三王子である俺に与えられた、唯一の移動手段だった。
向かうは魔物の巣窟、死の辺境グラハロ平原。
「はぁ……。さて、これからどうしたもんかね……」
一人きりの車内でため息をつき、頭を抱えようとした――その時だった。
「ちょ、ちょっとあゆっち、足踏まないでよ! 狭いんだけど!」
「あーしのせいじゃないしー!ユナがデカい荷物持ってきすぎなんだって!」
「しょうがないじゃん!ひよりんの化粧水とか着替えとか詰めたらこうなったの!」
馬車の奥、ボロ布や木箱が積まれた荷台の影から、聞き覚えがありすぎる声が響いた。
ガサゴトと荷物が崩れ、そこからずるりと現れたのは――。
「ぷはっ!死ぬかと思ったー!……って、おにぃ!」
派手に着崩したドレスを誇るように胸を張ったのは、ヒヨリ・ミッドランド。
俺の最愛の頭痛の種――ギャルな実妹だった。
そしてその背後からは、同じく王宮のまともな制服を大胆にミニスカ改造した侍女コンビ、ユナとあゆっちが顔を覗かせる。
「マジで最悪なんだけどー。超ホコリっぽいし、あーしの髪死んだわー」
「あ、お兄さんおつでーす。なんか追放とかウケるんですけど」
「……は?え、お前ら、なんでここにいるんだ!?」
俺はひっくり返った声を上げた。
「なんでって、おにぃが辺境に行くからに決まってんじゃん!」
「決まってんじゃん、じゃない!グラハロ平原は人が住めない極悪な環境なんだぞ!?魔物も出るし、飯だってまともに食えるか分からないんだ。いいからお前ら、今すぐ馬車を止めて王都に帰れ!」
必死に説得する俺に対し、3人は声を揃えて「はぁ?」と不満げな顔をした。
「帰るわけないじゃん。ねー、ユナ、あゆっち?」
「当然ー。お兄さんがいない王宮なんて、ジジイばっかで退屈だし」
「そうそう。アタシら、ひよりんに一生ついてくって決めてるしー。絶対帰んなーい」
全く悪びれる様子のない侍女たちに頭を抱えていると、ヒヨリがふいにつかつかと歩み寄ってきた。
そして、狭い座席に座る俺の太ももに、当然のように自分の頭を乗せて寝転がった。
「ちょ、ヒヨリ!?」
「いーの!絶対おにぃと一緒なんだからね。置いてこうとした罰!」
膝の上から、上目遣いでジロリと俺を睨みつけてくるヒヨリ。
その瞳は、冗談なんかじゃない、何があっても兄と共に行くという強い意志で満ちていた。
こうなったら、テコでも動かない。
「……はぁ、もう勝手にしろ」
「最初からそう言えばいーんだよ。おやすみ、おにぃ……」
ヒヨリは満足そうに目を閉じ、俺の膝の感触を確かめるように小さく頭をすり寄せた。
御者が馬に鞭を入れる鋭い音が響き、馬車がガタリと大きく揺れて加速する。
王都の門を出たのだ。もう引き返せない。
無能と罵られ、すべてを失ったはずの辺境への旅路。
だが俺の隣には、やかましくて、最高に愛おしい3人のギャルが揃っていた。
(……まぁ、なんとかなるか)
俺は、自分の手のひらに宿る目に見えない未知の力――【レイ能力】をそっと握りしめた。
王都を出て数日。
馬車は人が立ち入らない危険地帯へと差し掛かっていた。
「ねぇ、なんか急に寒くなってこない……?」
「あーしも思った。っていうか、外の景色ヤバくない?もや、超かかってんだけど」
窓の外を見ていたユナとあゆっちの声が震える。
その直後、ヒヒィィン!と御者の悲鳴と共に馬車が急停車した。
『ギシャァァァァァッ!!』
鼓膜を突き刺すような不快な咆哮。
霧の向こうから現れたのは、巨大な影――この世界で最も恐れられる巨大な『怪異』だった。
物理攻撃も魔法もほとんど通じず、並の冒険者が数人がかりでようやく倒せるかどうかの災厄だ。
「キャーーッ!?なにアレ、マジ無理!!」
「おにぃ、危ない……っ!」
ヒヨリが怯えながら俺の服の袖を掴む。
怪異の冷気が馬車を包み込み、誰もが死を覚悟したその瞬間。
――熱い。
俺の右腕が、突然カッと眩い光を放った。
(なんだ、この力……。身体の奥から勝手に湧き上がってきやがる……!)
【レイ能力・消失】。
引き寄せられるように、俺は怪異に向けて右手を突き出した。
「消えろ――ッ!!」
ドンッ!と、大気を震わせる衝撃波のような聖なる光が右腕から撃ち出された。
光に触れた瞬間、あれだけ禍々しかった怪異が、断末魔の悲鳴を上げる暇さえなく一瞬で消し飛ばされたのだ。
「え……?」
ヒヨリが呆然と声を漏らす。
ユナもあゆっちも、開いた口が塞がらない様子で俺の右腕と、怪異がいた空間を交互に見つめていた。
「お兄さん……今の一撃、何……?ウケるを通り越して引くレベルなんですけど」
「おにぃ、今の光……超カッコよかった……!」
冷や汗を拭いながら、俺は自分の右腕を見つめた。
そのとき、全てを理解した。
これが俺に与えられたギフト――【レイ能力】の真の姿だ。
この世界における「怪異」を、消滅させることも、逆に己の配下として従わせることも自在にできる、唯一無二のチート能力。
(無能どころか……これ、世界をひっくり返せるレベルの力だぞ)
◇
それからさらに数日後、俺たちは目的地である辺境『グラハロ平原』に到着した。
そこは、草木も生えぬ荒野とゴツゴツとした岩肌が広がる、まさに死の土地だった。
「うわー、マジで何もないじゃん。ここから生活するとか詰みゲーじゃね?」
あゆっちが絶望的な声を上げる。だが、俺は不敵に笑った。
「いや、むしろ最高の素材が転がってる」
俺の視線の先には、岩石が意志を持って動いているかのような巨大な怪異――『アースゴーレム』の群れが数体、こちらを睨みつけていた。
「おにぃ、危ないよ!」
「大丈夫だ。ちょっと、俺の言うことを聞いてもらうだけだからな」
俺は右腕をかかげ、レイ能力の波長をゴーレムたちへ向けて放った。
【レイ能力・使役】。
すると、凶暴だったゴーレムたちの動きがピタリと止まり、次の瞬間、巨体を震わせて俺の前に一斉に膝をついた。まるで、絶対の王に忠誠を誓う騎士のように。
「……マジ?ゴーレムが大人しくなった……?」
ヒヨリたちが目を丸くする。
「よし、ゴーレムたちよ。そこに転がってる岩や土を使って、俺たちの『街』を作れ。まずは頑丈な家と、綺麗な外壁からだ。頼んだぞ!」
俺が命令を下した瞬間だった。
ズズズズズ……ッ!と大地が鳴動し、ゴーレムたちが目にも止まらぬ速さで岩を削り、土を盛り上げ始めた。
普通の人間が何ヶ月、何年もかけて行う建築作業が、レイ能力で強化されたゴーレムたちの手によって、信じられないスピードで進んでいく。
ほんの数時間後。
そこには、荒野だったとは思えないほど立派な、白石造りの邸宅と、それを取り囲む強固な城壁、そして整備された美しい街並みが完成していた。
「な、何これーーーっ!?もう、アタシらの家できちゃったんだけど!?」
「お兄さん……これ、もう要塞都市じゃん!?」
目の前に広がる、白石造りの立派な邸宅と美しい城壁。
荒野に突如として現れた「街」の光景を前に、ヒヨリも、ユナも、あゆっちも、完全に言葉を失ってポカンと口を開けていた。
完全に固まっている3人に向けて、俺は右腕の光をスッと消し、何でもないことのように肩をすくめてみせる。
「ま、とりあえずこんなもんかな?」
その言葉が合図だった。
ハッと我に返ったヒヨリが、猛烈な勢いで俺に突っ込んできた。
「おにぃぃぃぃぃっ!!」
「おっと、うわっ!?」
ドサリと、凄まじい勢いで胸元に飛び込まれる。
ヒヨリは俺の首にぎゅっと腕を絡ませ、満面の笑みで頬をすり寄せてきた。
「凄すぎる!マジで一瞬じゃん!さすがウチのおにぃ、世界一カッコいいーーっ!!」
「ちょ、ヒヨリ、苦し……っ」
驚く俺の背後から、さらに二つの柔らかい感触が同時に飛び込んできた。
「ちょっ、ヒヨリ、ズルい!お兄さん、あーしらもハグしていいですか!?っていうかもうしてまーす!」
「ズルイし!お兄さん、アタシ、マジでリスペクト!もう一生ついてくってか、結婚して!」
「ぶふっ!?ユナ、あゆっちまで何すんだよ!」
右からユナ、左からあゆっち、そして正面からはヒヨリ。
至近距離から漂うギャルたちの甘い香りと、容赦なく押し付けられる女の子の柔らかい感触に、俺の脳細胞は一瞬でキャパシティをオーバーした。
俺は一気に顔が熱くなるのを感じながら、だらしなく鼻の下を伸ばしてしまった。
「お兄さん、顔ニヤけてんじゃんー?ウケる」
「おにぃ、鼻の下伸びすぎー。でも、ウチらを守ってくれたから許してあげる!」
「ご、ゴホン! ……あー、まぁ、これくらい大したことじゃないよ。俺の能力なら朝飯前っていうか?これからもっと色々作れるしな!」
腕を組んで、わざとらしくフンスと胸を張る。
そんな俺の分かりやすい態度を見て、3人は「あはは!」と楽しそうに顔を見合わせて笑った。
王宮の連中は、俺の力を『無能』と呼び、ゴミのように切り捨てた。
だが、そんなことはどうでもいい。
俺の力を信じて、こんな世界の果てまでついてきてくれた可愛い妹と侍女たちが、こうして笑ってくれている。それだけで、この力を手に入れた価値があるってものだ。
「よし、家の中に入ろうぜ。まずは部屋割りだな!」
「「「はーい!」」」
俺たちはゴーレムたちが開いてくれた重厚な門をくぐり、俺たちの新しい『城』へと足を踏み入れたのだった。
ピピピピ、ピピピピ――。
耳障りな電子音が、俺の意識を強制的に引き戻した。
重い瞼を開けると、目に飛び込んできたのは白石造りの天井ではなく、見慣れた安っぽいビニールクロスの天井だった。
「……夢、か。……我ながら、都合のいい夢だな」
ベッドの上で上半身を起こし、呆然と呟く。
だが、夢ではない、最悪な『現実』がそこにはあった。
ギチ、ギチ。
部屋の隅。クローゼットの隙間から、『何か』が蠢いている。
「…………」
俺は見なかったことにして、ゆっくりと布団を頭まで引き上げた。
見える。バッチリ見える。
ギチ、ギチ、ギチ。
「……頼むから、朝っぱらから出てくんなよ」
もちろん返事はない。
そりゃそうだ。こいつらと会話が成立したことなんて、一度もない。
布団の中で息を殺し、ひたすら気配が消えるのを待つ。
こいつらは、何を考えているのか分からない。こっちが何もしなくても襲ってくることはあるし、逆に何事もなかったように消えることもある。
だから、下手に刺激しない。それが、俺が何年もかけて身につけた唯一の処世術だった。
三分。五分。十分。
……よし。いなくなった。
ようやく物音が止んだところで、俺はそろそろと布団から顔を出した。
「はぁ……」
朝から寿命が縮んだ気分だ。
こんなものが見えるようになって、もう何年になるだろう。
いい加減、慣れた。慣れたけど、怖くなくなったわけじゃない。
そう、俺には霊感がある。それも、『霊感100%』だ。
ただし、怪異を倒す力なんてない。夢の中の俺みたいに右腕からビームを撃つことも、怪異を従わせることもできない。
ただ、見えるだけ。
しかも、霊感のない普通の人間には、こいつらの姿が一切見えない。
……まったく、割に合わない能力だ。
「おい、いつまで寝てんの!遅刻すんぞ」
バンッ!と音を立てて、自室のドアが廊下から容赦なく蹴られた。
もう一つ、夢じゃなかったこと。
実の妹である一ノ瀬日和が、絵に描いたようなクソ生意気な『ギャル妹』であることだ。
「……おう、今起きる」
俺は大きくため息をつき、現実の重い制服に袖を通した。
この呪われた日常が、また今日も始まる。




